1.はじめに
大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)は、35年前に発足しましたが、UMIN eラーニング小委員会が発足したのは、わずか4年前の2021年です。木内先生の医学生時代からの知り合いで、私が医学教育学を専攻していたためか、お声がけをいただき、eラーニング小委員長に就任することになりました。わずかな活動期間でしたが、いろいろと試行錯誤をしながら、UMINで本格的なeラーニングサービスの運用を開始するところまでは、何とか行きつくことができましたので報告します。
2.活動内容
2.1UMIN eラーニングシステムLの概要
当初、医療系の国家試験に特化したeラーニングの新規開発という野心的な案もありましたが、既存のオープンソース(GPLライセンス)のeラーニングソフトを全国で共有して使うことを当面の目標とすることに落ち着きました。そして、このUMIN eラーニングサービスの名称をLとしました。e-learningの頭文字をとると、“EL”になり、これはアルファベットのLと発音が同じになることから、このように名付けられました。
Lの運用を行う上で大きな問題は、Lで利用するeラーニングソフトが複数の施設で共同利用して使うために便利なようには設計されていないことでした。特定の1つの組織(例えば、大学、大学学部、研究所、学会等)で管理者を設定し、その管理者の指定する管理権限やパラメータの設定を行って利用することが前提の設計になっていました。Lを複数の異なった組織で、自由度が高く、安全に使えるようにするためには、同じソフトウェアを使う組織の数だけ別々にインストールする必要があると判断しました(図、表)。このため、利用申請のあった組織のためにシステムを自動インストールして、必要な初期パラメータを設定する等の運用上の工夫が必要であると考えました。こうした事情により、UMIN利用者全員がeラーニングを提供することができ、また利用することもできるeラーニングシステムの提供をまずは目指すことにして、これを「全体L」と名付けました。全体Lは、eラーニングのシステム管理者がUMINセンター担当者になります。そして、特定の組織等の人のみがeラーニングの提供と利用が可能で、組織毎に自由度が高く、安全な運用ができるeラーニングを「限定L」と名付けました。限定Lは、各組織の担当者がeラーニングのシステム管理者になります。
2.2全体L
全体Lを提供するための準備段階では、eラーニングソフトウェアで設定できるパラメータが非常に多く、また独特の用語や管理権限も多く、最適な設定を決定するために試行錯誤を繰り返しました。特にeラーニングでは個人の成績の情報など、配慮が必要な情報があり、コースの責任者のみが成績を参照できるようにアクセス権を設定することに腐心しました。また不具合の修正や機能追加を施した新しいバージョンのリリースもあり、UMINでの運用と照らし合わせてアップデートの必要性を逐次確認していた点や、メジャーバージョンアップされた際にはインターフェイスは変わることがあるため、ユーザへの影響を最小限にすべく、手間をかけて、アクセス権に影響がないかの再検証や、マニュアルの画像の差し替えを実施する等の対応をしています。
eラーニングソフトウェアを、UMIN IDとパスワードを用いて使うために、UMINで提供しているSSO(=Single Sign On)による認証を活用しました。UMIN SSOでは、必要な連携の設定を行えば、UMIN外部のサーバで、UMINのIDとパスワードを用いて認証やアクセス制限をすることが可能となります。これにより、既存のUMIN IDをeラーニング用にそのまま使用できるため、新たにeラーニング用のIDを発行する必要はありませんでした。またアクセス制限についてはeラーニングのソフトウェアの機能を用いて、eラーニングのコース(履修科目)単位で、eラーニング提供者が許可したユーザのみをアクセスさせることが可能です。

図.Lのeラーニングサーバ(ハードウエア・OS)、ソフトウェア、利用者の構成
表.全体Lと限定Lのeラーニングサーバ管理者、システム管理者、提供者、利用者
全体L
限定L
eラーニングサーバの管理者
UMINセンター担当者
UMINセンター担当者
eラーニングシステムの管理者
UMINセンター担当者
各組織の管理者
eラーニングの提供者
すべてのUMIN利用者
各組織の管理者が許可した人
(UMIN IDは必要)
eラーニングの利用者
全体Lのeラーニング提供者が指定した人
(UMIN IDは必要)
各組織の管理者が許可した利用者のうち、eラーニング提供者が指定した人
(UMIN IDは必要)
全体Lの利用を増やすこと、及びその使い方やインターフェイスのサンプルとするために、UMIN自身で、以下のようなeラーニングを用意して、提供しています。
1)医師国家試験過去問eラーニング(提供:UMIN)
2)歯科医師国家試験過去問eラーニング(提供:UMIN)
3)INDICEクラウド管理者用eラーニング:セキュリティ編(提供:UMIN)
4)INDICEクラウド管理者用eラーニング:システム構築編(提供:UMIN)
全体Lのシステム構築の他に、eラーニングのコース作成者向けのマニュアル作成も進めており、コースの作成方法や多肢選択問題や○/×問題等の基本的なeラーニングのコンテンツの作成方法とその管理方法について、詳細に記載しております。eラーニングのソフトウェアのアップデートにより、深刻な脆弱性があった際にアップデートを実施すると操作画面も変更されているケースがあり、マニュアルもメンテナンスが必要となると思われます。
2.3限定L
すべてのUMIN利用者を対象にしたeラーニングである全体Lの構築とサービス提供は2022年中にはできましたが、多くの組織が、自組織に所属している人や料金等を納めた人等の特定の集団を対象としたeラーニングサービスの提供を望んでいます。このため、2023年より特定組織や利用者向け限定のeラーニングのインストールと環境の自動設定を行うシステムの開発を進め、2024年末にはほぼ完成し、現在サービス提供を開始しています(「限定L」)。このシステムの開発のために、eラーニングソフトウェアの詳細な仕様について時間をかけて調査し、利用組織毎のeラーニングソフトウェアを自動インストールし、必要なデフォルトのパラメータを自動設定し、UMIN SSOとIDを自動連携して、eラーニング環境を自動構築するツールを作成しました。このツールによって、これまでソフトウェアをインストールし、eラーニング環境を構築していた時間が、数時間から数分程度になりました。その後、Webベースで特定組織向け限定eラーニングの運用をUMINに申請するための申請フォームとeラーニング提供者向けの管理画面の開発を行い、先に述べたeラーニング環境の自動構築ツールと連携させることによって、専門的な知識がなくとも容易に特定組織限定のeラーニング環境を構築及び管理することが可能となりました。UMINへの限定LのWeb利用申請フォームを用いて、eラーニング環境の構築に必要な基本情報(組織の情報、管理者の情報等)を入力し、オンラインで限定Lの利用申請をすることが可能です。管理画面については、組織毎の限定Lにおけるeラーニングの基本情報等の表示・編集機能や、シングルサインオンによるアクセス制限管理機能、eラーニングへの管理者のためのログイン機能を提供しています。また、全体Lと同様に限定Lのマニュアル作成も行っています。全体Lと限定Lの使い方はほぼ同様ですが、微妙に異なっている部分もあります。このため、両方のマニュアルを別々に作成するのには手間がかかりますが、マニュアルを共通化すると微妙にわかりにくくなるため、利用者の便宜のためにあえて別々に作成を行っています。
3.考察
サーバ性能やインターネットの通信速度は飛躍的に向上しており、1台のサーバで多数の大学にサービスを行うことは十分に可能となっていますが、サーバの運用管理には手間とお金がかかります。eラーニングの運用のためには、ハードウエアの運用管理の他に、バグとセキュリティ対策のためにOSやeラーニングソフト本体のバージョンアップが必須となります。その他に、バックアップの採取、ハードウエアやソフトウェアの障害時の復旧作業等も発生します。UMINのように、信頼性の高く、安全な多数のサーバを運用・管理できる体制は貴重だと思います。
現在、CC-EPOCの利用や共用試験実施機構の動画の参照のために医学生のほとんどがUMIN IDを取得しています。また臨床研修医の9割がPG-EPOCを使用しています。これらによって、大学病院を含む研修指定病院の医師のほとんどがUMIN IDを取得しています。eラーニングの運用にあたって、IDの発行・管理には手間とお金がかかるため、このように既に多くのIDが発行済で、毎年度新規にIDが追加されていくUMINの体制は非常に貴重です。
UMIN eラーニングサービスLは、UMINのサーバやその運用体制とID・パスワードという貴重なリソースを前提のものとして、構築され、提供されています。Lは、大学、学会、研究グループ等、あらゆる医学・医療系の非営利団体が無料で使えるというメリットがあります。今後、広く広報活動を行って、多くの大学、学会、研究グループに利活用していただきたいと考えています。そして、利用者・利用組織からのフィードバックでより使いやすく、より魅力的なシステムにしていければと考えています。またUMIN自身で提供するコンテンツを増やして、Lをより魅力的なものにしていきたいと思います。
UMINでは、EPOC、DEBUT等のオンライン臨床教育評価システムの運用を行っています。現在、UMIN演題登録システムで集めた演題抄録、UMIN INDICEで集めた症例登録の記録等をEPOC、DEBUT等に集積する計画が進められています。そして、UMIN以外の演題登録システムや症例登録システムの記録も標準的なインターフェイスを定めて、EPOC、DEBUT上に集積する予定と聞いています。将来的な追加機能として、eラーニングの受講者リストをオンライン臨床教育評価システムから取得し、UMIN eラーニング内で受講してもらい、その成績のデータをEPOCに取り込むような連携もできるとよいと思います。またUMINの会員制ホームページサービスと連携した限定Lの運用もできるとよいと考えています。将来におけるLとUMINの各システムとの連携は楽しみではありますが、残念ながら、私の役目は今年度(令和6年度)で終わりとなってしまいました。是非、Lの成果を次世代にひきついでいただきたいと考えています。更には、eラーニングだけでなく、もっと広く医学教育のためのUMINの活用に関して、これもやりたい、あれもやりたいというアイディアがどんどん出てきて実現していけば素晴らしいと思います。