35・30周年記念誌

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UMIN 30周年・35周年に寄せて

UMINセンター特任助教
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野特任助教
岡田 宏子

 私とUMINとの出会いは、UMINセンターに併設される医療コミュニケーション学教室の大学院生の時であった。当時、開発室の隣に大学院生室があり、そこで院生時代の5年間を過ごした。夜型生活だった私は毎日22時頃までは研究室におり、同じく21時過ぎまで働く隣室のSEさんの姿に勝手に励まされていたのを覚えている。附属病院に勤務していた期間も含めるとかなり長い年月を東京大学で過ごしてきたが、UMINセンターは、大学の他のどの場所とも違う「異質な空間」だった。医学と情報学とコミュニケーション学、学問領域としてはそれぞれ別領域である3つが同居したセンターの構造に、自身の中にある既存の物差しでは全体像が把握しきれない落ち着かなさと、想定外の何かが生まれそうな期待感とで胸がざわついた。

 科学という言葉は、「科に岐れた学問」という原意を持つ。我々は言葉の通り、物事を細かく分けて条件を整理して実験し、理論化することで科学や技術を発展させてきた。一方で、長らくこの傾向が続くことで細分化が進み、それぞれの分野が境界線を固持することによる弊害も明らかとなってきた。医学においては、人間の生物学的側面への利益を求める一方で、それらがもたらす心理社会面への不利益からは目を背けてきた時代がある。他にもAI問題や環境問題など、ある分野の著しい発展により放たれた光により、単領域では解決できない複雑な影が生まれることが表面化してきた。このような時代の流れを経て、2011年頃から、学術分野間の連携や、学際的な研究による「知の統合」の必要性が叫ばれるようになった。しかし、これまで長い年月をかけて構築されてきた領域間の高い壁をなかなか超えられない研究者も多い。私自身、長い医学・保健学領域での引きこもり生活で築いてきた壁をなかなか越えられなかったのだと思う。科学がまだ細分化される前の17世紀頃は、科学は哲学の一部として扱われていた。現在においても、博士号はどの分野で取得しても「Doctor of Philosophy」である。学術領域の源流は一つであるということ、このことを学位取得時に木内教授から教わった時、UMINセンターに医学、情報学、コミュニケーション学が同居することによる胸のざわつきからようやく解放された。同時に、3領域の「知の統合」を図り、UMINを生み、育て上げてきた、時代の先駆者とも言える先生方に畏敬の念を抱いた。

 時は経ち、UMINセンターに特任助教として就任して早くも5年が経過した。同居中の大学院医療コミュニケーション学分野も兼担している。この間、医療と情報とコミュニケーションとが研究、教育、技術開発を通じて融合する場に何度も立ち会ってきた。そこで見てきたものは、それぞれの放つ光の輝きが、それぞれの光によってもたらされる影をも照らす様子だった。そして、それが同時に、もしくは連続的に起こることは互いに光り続けることの可能性を感じさせるものであった。

 医学研究におけるランダム化比較試験(RCT)は、厳密な計画のもと、それに忠実に実行することで医学の進歩に強い光が差す。その傍で、計画やデータの適切性におけるブラックボックスの存在や、複雑な研究情報を理解できないまま被験者となる患者の存在に影が生まれる。UMIN-CTR(臨床試験登録)やINDICE(医学研究データセンター)は研究者が適切にRCTを行うことを、技術的に、また教育的にもサポートしている。研究が確かな方法論で行われること、透明性があることは被験者の安心につながる。研究結果を診療へと活かそうとする医療者の判断にも影響を与える。医療コミュニケーション学分野の大学院生の1人は、CTRへの登録内容と、出版された論文の内容とを比較する研究を行い、RCTの臨床試験登録から実施におけるブラックボックスを洗い出した。臨床試験に参加する患者がどのように伝えれば研究の内容を理解しやすいかということも研究されてきた。医学研究の光は、情報技術による基盤と、医療コミュニケーションによる人間理解の光に支えられることで実用可能なものとなり、新たな臨床実践の構築へとつながっていく。

 医学教育にも光が当たった。2020年に、医師臨床研修制度が改訂されて以降、研修医の評価票が全国で標準化され、研修医はどこの臨床研修病院で研修をしても、同じ評価票の項目で評価されるようになった。この評価を支える情報基盤であるEPOC(臨床教育評価システム)では、評価対象となる研修医による自己評価と併せて、上級医、医療従事者、患者、患者家族による評価が入力され、研修医は多側面から評価される。臨床実践に対する患者、家族の評価には、確かな技術に対する評価と同じくらいコミュニケーションに対する評価が含まれるだろう。ここでも医学教育の光に、どこにいても同じ基準で様々な立場から評価することを可能とする情報基盤と、患者中心の医療を実現するためのコミュニケーションが共存する。EPOCに蓄積されたデータを2次的に分析することによって、医学教育、及び評価システムの改善に役立てようとする動きもある。医学教育を照らす3領域の光によりできた新たなる影、もしくは照らしきれていなかった部分を見つけ出すことができれば、持続的な成長へとつながるだろう。

 最後にUMINは、利用者の皆様からいただくご支援ご協力の光によって照らさている。サービスを適切な方向へと導く燃料ともなる利用者の皆様からの日々のご協力に感謝するとともに、医学×情報学×コミュニケーション学による学際的な基盤を持つUMINのサービスが、未来における患者、医療者、研究者の光を支える存在であり続けることを願う。