UMIN設立35・30周年、誠におめでとうございます。
1989年生まれのUMINの活動を知りたく『UMIN10年の歩み』(1999.6.8)を“WHO”で検索すると、p.32の「検査小委員会」の活動報告として、国際臨床化学連合(IFCC)やWHOが登場します。
また『UMIN20周年記念誌』(2009.1.30)では、p.30に当時の文部科学省高等教育局医学教育課長・新木一弘氏の祝辞として「ICMJEに参加する雑誌に投稿する際には、原則としてWHOの認めるWHO Primary Registry等に登録しておく必要あります。このような状況の中、昨年10月にWHOが認定する治験・臨床研究登録機関として、UMINの臨床試験登録システムを含む『Japan Primary Registries Network(JPRN)』が認められたところであり、国内医療関係者のみならず、各方面から注目され、その期待は大きいものがあると存じます」との記述があります。
UMIN-CTRに登録された日本の臨床試験がWHOの International Clinical Trials Registry Platform(ICTRP)にも掲載されるようになったのは、この2008年からです。
国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors: ICMJE)は、14の雑誌の編集長からなります。そこには一流誌の編集長のみならず、WHOの6地域(Regions)の雑誌の中からも選ばれており、WHO西太平洋地域からは現在、Journal of Korean Medical Sciencesが入っています。このICMJE では、臨床試験の論文を投稿するには2005年からはその試験が公的な臨床試験登録システムに登録されている必要があるとしました。ICMJEのrecommendationに準ずる(follow)雑誌は数千種あります。
現在、日本の臨床試験関係者の多くにとっては“UMIN”と聞けばすぐに“UMIN-CTR”が頭に浮かぶほど馴染みの深い存在になっており、また臨床試験の国際化とともに日本と各国でのCTR双方の状況をWHOのジュネーブ本部にある”WHO-ICTRP”で探す方も少なくないと思います。2009年に新木氏が述べられた期待にUMINは大きく応えたことになるでしょう。今後の登録数もさらに大きく、その質も高まることを期待します。
そこで本稿では、あまり知られていないUMIN-CTRの初期状況を述べましょう。臨床試験登録制度に関して、日本で最初に動いたのはUMINです。2005年2月2日午後に、東京大学医学部附属病院旧中央診療棟3階のMINCS室で「UMIN臨床試験登録システム シンポジウム」が開催されました。当時はネット社会の創成期で、通信容量がまだ小さく、東大病院の建物の屋上にパラボラ・アンテナがあった時代です。UMINセンター長の木内貴弘先生が座長で、以下のspeakerでした。それぞれのパワーポイントはhttps://www.umin.ac.jp/ctr/symposium20050202.htmから見ることができます。
- 試験登録について.
Dr. A. Metin Gulmezoglu(WHO)
- 臨床試験登録の意義と役割について.
津谷喜一郎(東京大学大学院薬学系研究科医薬経済学)
- 臨床試験のデザインと論文への記載法−臨床研究登録を念頭において
大橋靖雄(東京大学大学院医学系研究科生物統計学)
- UMIN臨床試験登録システムの概要.
松葉尚子(東京大学医学部附属病院UMINセンター)
このうち、1のDr. Gulmezogluはトルコ出身の産婦人科医で、WHOのジュネーブ本部に勤務しており、コクラン共同計画(The Cochrane Collaboration)を設立したIain Chalmersと妊娠・出産に関するシステマティック・レビューなどで協力関係にあった人物です。彼の6枚目のスライドにはChalmersによる的確なコメントがあります。
2のわたしは元来、臨床薬理学を専門とし多くの治験に関与したことがあり、また1984年の暮れから1990年春までWHO西太平洋地域事務所(マニラ)の初代伝統医学担当医官として勤務しました。この伝統医学のスタッフのポストはジュネーブのWHO本部とマニラにしか正式のポジションがない小さいプログラムです。3の大橋先生も4の松葉さんも、また座長の木内先生も臨床試験・治験をよくご存じの方でした。
わたしはWHO勤務時に各地の伝統医と臨床研究の方法論を幾度も議論しましたが、randomized controlled trial(RCT)と言ってもほとんど通じず、現地の政府からはWHOのわたしの上司宛に批判的な手紙が届いたこともある始末でした。当時はまだWHO内部ではemailが使えず、telexかpouchの時代です。帰国後の1991年に、evidence-based medicine(EBM)がカナダのマクマスター大学のGordon Guyattによって初めて提唱され、急速に世界に広がりました。EBMの世界的な興隆をみて、それが伝統医学の分野においてももっと早く普及していればわたしもそう苦労しなかったのにと思ったものです。
伝統医学の中では鍼(acupuncture)が最も世界的に知られています。Medlineを用いた1998年までの調査研究では、鍼群がコントロール群より効いているとする論文の割合は、中国(99%)、ロシア(旧ソ連を含み97%)、台湾(95%)、日本(89%)と高く、英国(75%)とはかなり異なり、パブリケーション・バイアスが強くうかがえられました(Vickers. Do certain countries produce only positive results?Controlled Clinical Trials.1997)。
今世紀になり、臨床試験登録のおかげでこの種のパターンは減りました。鍼の臨床試験の数をWHOのICTRPで調べると、2004年には、全59件でそのうち米国が37件であったのが、2018年まででは全1,758件でそのうち中国が最多で638件と、大きく変化しました(Matsuura. Clinical trial registration and publication in acupuncture studies. 2020)。
WHO退職後の約10年、2001年から日本の医学教育モデル・コア・カリキュラムが作成され、2007年にはRCTが入り、2011年、2016年、2022年と臨床研究の方法論面がさらに充実しました。医療における世代間コミュニケーション向上のためには、旧カリキュラム時代の医師にも、それらの教育を受けるチャンスが与えられるべきでしょう。
今後は、UMINには日本の臨床試験とsystematic review(SR)の質の向上をリードする役割を期待します。