1.はじめに
(1)臨床研究におけるデータ収集
質の高い臨床研究の実施やデータマネジメントの効率化において、EDC(Electronic Data Capture)システム(以下、EDC)の活用は欠かせない。EDCは、電子的に研究データの収集・管理を行うシステムであり、症例登録・割付に活用される。しかし、EDCの利用には、高額の費用が必要になる。そのため低予算の研究では導入が困難である。紙の症例報告書あるいは表計算ソフトを用いたデータ収集は、簡便かつ安価であるものの、データベースへのデータ入力に伴う研究者の労力の増大、あるいは入力ミスによるデータの品質低下が危惧される。
(2)臨床研究センターにおける研究支援
和歌山県立医科大学附属病院 臨床研究センターは、研究者に対する教育研修をはじめ、臨床研究の企画立案時、実施中、実施後の各段階において研究者を支援し、質の高い臨床研究の実施を目指している。その中で、臨床研究支援部門は主にスタディマネジメント業務を担っている。そこでは、臨床研究の立ち上げ、開始後の研究事務局業務などを支援している。その取り組みの一つとして、臨床研究の実施においてEDCの活用を希望した研究者に対して、INDICEクラウドの導入・運営の支援を行った。本稿では、その取り組みについて提示する。
2.INDICEクラウドと本学での活用
(1)INDICEクラウド
INDICEクラウドは、UMINが提供する医学研究支援(症例登録割付)システムでクラウド型の無償で利用できるEDCである。その特徴は、簡単に症例登録・割付画面、経過観察画面の構築が可能であり、研究開始前の画面構築から研究開始後の症例登録・割付、観察データの入力、研究終了後のデータダウンロードまでウェブ上で行うことができることにある。他方、有料のEDCと比較すると仕様上の制約がある。そのため、研究者はその特徴を十分に理解して利用する必要がある。しかしながら、INDICEクラウドは、低予算の研究においてもEDCの導入を可能にする有力な選択肢である。
(2)本学での運用
本学においてINDICEクラウドを活用するに当たり、臨床研究への導入に必要なサポート内容、および、導入支援体制を検討した。
まず、既存の臨床研究の研究計画書に基づき、EDCの画面作成をシミュレートした。それにより、INDICEクラウドを導入するためのノウハウや課題を把握することができた。そして、明らかになった運用上の課題に対する解決策やリスク低減策の検討を行った。明らかになった運用上の課題のうち、画面の複製機能や運用開始後の画面・項目の追加機能がないこと、割付設定の制約は、利用を希望する研究者にとって大きな懸念事項と考えられた。ただし、INDICEクラウドはリリース以降もシステムアップデートが繰り返し行われており、当時のこれらの懸念事項は解消されている。
次に、INDICEクラウドの運営に必要なマニュアルやツールを作成した。INDICEクラウドの利用や画面作成、操作に対しては充実したチュートリアルがホームページ上で公開されており、さらにINDICEクラウド講習会も開催されている。ただし、研究者が運営を行うには、研究事務局や登録事務局用のマニュアルやツールも必要であると考えた。そこで、参加施設に対して行う操作説明用資料などを作成し、依頼があれば研究開始前の全体ミーティングにおいて説明も行うなど、研究実施体制に応じた支援を行った。
さらに、研究者に対して、プロトコル作成支援段階からEDC(症例報告書)作成を意識した指導を行った。研究目的達成に過不足のないデータ収集を行うには、プロトコル作成のときから評価項目の具体的な内容やその定義、測定時期を明確にしておくことが重要である。そのため、EDCの作成に先立ち、研究計画書の作成を支援した。そして、EDCの画面構築において、初回は臨床研究支援部門が中心となり、サービスとして画面構築を行い、研究者と共同で確認作業を行った。
これらの支援により2024年9月現在までに、計8研究で導入支援を行った(運用中3件、終了5件)。
(3)EDC導入におけるINDICEクラウドの活用状況
2020年1月〜2021年10月に、臨床研究支援部門において立ち上げ支援を行った臨床研究のうち、研究開始に至った、または、2021年10月時点で申請準備中の計23研究について、EDC導入状況の背景調査を実施した。EDC導入済み(予定を含む)の研究は低予算の研究を含めて12件であり、うち7件は臨床研究支援部門の支援によりINDICEクラウドが導入された。
多施設研究と単施設研究におけるEDCの導入割合を比較したところ、多施設研究では約91%(11研究中10研究)でEDCが導入されている。一方で、単施設研究では約17%(12研究中2研究)に留まっていた。なお、EDC導入されなかった多施設研究の1件は目標症例数が10例の小規模な研究であった。また、単施設研究でEDC導入された2件は多症例かつ割付ありの研究であった(別紙1)。
次に、EDC導入割合を研究資金別で比較したところ、1研究あたり500万円を超える研究では100%(4研究中4研究)、1-500万円の研究では約38% (8研究中3研究)、研究資金なしの研究でも約45%(11研究中5研究)でEDC導入されていた。特に研究資金なしの研究でもINDICEクラウドにより11研究中4研究(約36%)でEDC導入されていた(別紙2)。
これらのことから、施設数や症例数、割付の有無はEDC導入の判断に影響を与える要因の一つであると考えられる。多施設研究であっても、症例数が少なく割付がない研究ではEDCが導入されていない例があった。一方で、単施設研究であっても、症例数が多く割付のある研究にはEDCが導入されていた。また、研究資金のある研究では、CRO (Contract Research Organization:医薬品開発業務受託機関)、あるいはデータセンターへの外注も有力な選択肢であったと考えられる。
臨床研究支援部門によるINDICEクラウド導入支援はEDC導入に貢献している。また、INDICEクラウドの特徴を理解することにより、”研究資金なし”の研究であってもEDCの導入が可能であることがわかった。
3.おわりに
INDICEクラウドは簡易なEDCとして有用なシステムであるが、その適正や必要性を考慮した上で導入することが重要である。仕様の範囲内で実施可能な研究であっても、単施設研究や症例数の少ない研究では、研究目的によって紙ベースでの運用がより効率的な場合がある。また、研究予算が十分であればCROやデータセンターへの外部委託によるEDC導入も可能となる。あるいは、REDCapなど、施設単位で契約を行いその施設の職員であれば誰でも利用可能なEDCを導入している施設もある。しかし、施設側には初期費用やランニングコストがかかるうえ、サーバの構築や運用、保守が必要となる。このような状況において、INDICEクラウドは研究者にとってEDC導入の有力なツールの1つになると考えられる。
また、利用者側の臨床研究に関する知識や経緯も重要であると考える。INDICEクラウドの機能や仕様上の制約を理解し、効率的に活用するためには、臨床研究の実施経験やEDCの利用経験は重要である。しかし、低予算の臨床研究では、臨床研究の経験の浅い研究者が実施することも多い。そのため、臨床研究を立ち上げる研究者に対して適切なサポートを提供することが望ましい。
INDICEクラウドを活用することにより、低予算の研究においても研究者自らEDCの導入が可能となる。そのため、INDICEクラウドは、EDC導入の有力なツールである。さらに、INDICEクラウドは、リリース後も継続的に機能が拡充され、運用上の課題が順次解消されており、今後もさらなる発展を祈念する。
別紙1
別紙2