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ロッキー・バルボア

国立がんセンター中央病院放射線診断部部長
荒井 保明


 ロッキー・バルボアとは映画「ロッキー」でシルベスター・スタローンが演じたボクサーの名前。フィラデルフィアの売れないチンピラボクサーが、ふとしたきっかけから世界ヘビー級のタイトルマッチに挑戦することになり、いくら打たれても諦めないというスタイルで、結局はチャンピオンになってしまう(第2話以降)というサクセスストーリー。ご存知の方も多いと思う。ちなみに、ロッキーのあだ名は「イタリアの種馬」。ヘビー級のタイトルマッチなどという晴れ舞台ではないが、僕らの臨床試験組織であるJIVROSG(Japan Interventional Radiology in Oncology Study Group: 日本IVR研究グループ)が臨床試験を始めた当時の状況は、その無謀さの点で、あのロッキーが世界タイトルマッチに挑戦したのと似ていたように思う。
 Interventional radiology (IVR)というのは放射線の装置で体の中を透かして見ながら妙な道具を使って体の外から治療するもので、心臓の血管(冠動脈)が細くなって狭心症や心筋梗塞が起こった時に、血管を通して道具を入れて細くなった部分を拡げるヤツが有名だが、ま、要するにあの類の治療法。そして、JIVROSGはこのIVRのがん治療におけるエビデンスを構築しようと2002年に結成された臨床試験組織。しかし、非常にマズいことに、IVRをやっていた放射線科医というのはこの当時、臨床は一生懸命やっているが臨床試験は見たことも聞いたこともない、勿論やったこともない、という輩だったのである。「多施設共同試験をやらなくては」とブチ上げて競争的研究資金をとり、仲間を集めてみたものの、正直なところ右も左も判らない烏合の衆で、最初の集まりは「エビデンスとは何か」、「何故臨床試験が必要か」を解説したように思う。とは言え、僕自身も多少関わってはいたものの、素人に毛の生えたような程度で、それが説教していた訳。だから、これで多施設共同臨床試験を走らせようとしていたのは、正に「ロッキー、世界タイトルに挑戦」という無謀な状況だったと思う。
 運良く、がん治療の臨床試験ですでに多くの実績を挙げていたJCOG(Japan Clinical Oncology Group)をすぐそばで見ることのできる環境だったので、盗めるものはすべて盗んで真似したのだが、困ったのは症例登録システムだった。初心者の割にはずうずうしく、症例登録のstop & goが必要な第T相試験やランダム化割付が必要な試験も組んでいたため、real timeに対応できるデータセンターが欲しかったのだが、そんなものを作る資金も場所もノウハウもない。困り果てた時に遭遇したのがUMINだった。木内先生を訪問し、「意欲はあるが知識と資金はない」ことを正直にお話した。何故か快く了解して下さったのが今でも不思議だが、あの時UMINに相談に行っていなかったら、あるいは木内先生に断られていたら、と考えると背筋が寒くなる。その後、すぐにJIVROSGのサイトを作って頂き、登録はすべてここからのインターネット登録とするシステムにして頂いた。夜、夜中まで病院内を駆けずり回ってIVRをやっていた連中が、夜中にも登録できたのは、本当にこのシステムのお陰だった。後には、登録後は試験用患者IDのみで運用し、登録時に提供された患者個人情報はすべてUMINのコンピュータ内に保存して頂くようにもして頂いた。「虎の威を借る狐」ではないが、UMINを利用させて頂いていたことと、これにより万全の個人情報保護体制を敷くことができたことは、よちよちと歩き出したJIVROSGがいきなりノックアウトされずにすんだ大きな要因であったように思う。
 あれから6年。JIVROSGの参加施設は60、臨床試験は20を超え、登録例数も600を超えた。2007年からは韓国との共同試験も行っている。勿論、一部の例外的な試験を除き、大部分の試験でUMINを利用、UMIN-CTRにも登録させて頂き、結果の出たものはASCOをはじめとする海外での発表や論文化が順次行われている。そして、気がついてみると、がんに関するIVR(腫瘍IVR)の臨床試験は海外が進んでいるという訳でもないため、登録された腫瘍IVRの試験の数を見る限り、JIVROSGはアジアではぶっちぎり、世界全体で見てもかなり目立つ存在となっていた。
 とは言え、臨床試験組織としてはまだまだ未熟で、問題は山積しているのだが、これはUMINのせいではなく、僕らがこれから解決していかなくてはならない課題。今の状況は、映画のロッキーで言えば、ボコボコにパンチを受けているのに何故かダウンしないで打ち返すので、ちょっと観客が騒ぎ出した、くらいのところだろうか。しかし、兎にも角にも、リングに上がったのは事実だし、何よりも、JIVROSGはUMINの助けがなければ、決してリングに上がることはなかった。UMINの輝かしい成果の中ではほんの重箱の隅かもしれないが、UMINのお陰で本当に世界のリングに上がることのできたグループがあることを、ここに感謝を込めて報告させて頂きたいと思う。
 本当にありがとうございました。20周年をお祝い申し上げるとともに、益々のご発展を祈念申し上げます。