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UMINを活用した大規模臨床研究

国立国際医療センター総長
桐野 高明
NTT東日本関東病院脳神経外科部長
森田 明夫


 UMIN20周年記念にあたり、我々が利用させていだいた大規模臨床研究におけるUMINの有用性について述べさせていただきたいと思います。

研究の背景
 近年予防的治療の適否が大きな問題となっています。特に脳神経外科領域では未破裂脳動脈瘤の治療方針決定が困難な場合に多く遭遇します。従来未破裂脳動脈瘤の破裂率は全体で年1%程度、治療合併症は5%以下であると報告されてきました。そして、わが国では治療の合併症の発生率をそれ以下に抑えつつ治療をすることができれば、未破裂脳動脈瘤の予防的治療には臨床的な価値があるものと考えられてきました。しかし1998年に欧米から10mm以下の小型動脈瘤の破裂率は従来のデータ(年1%)に比較すると実はきわめて破裂率が低く、一方治療合併症率はかなり高いと報告されました(1)。この結果、北米を中心として、未破裂脳動脈瘤の治療ガイドラインが公表され、そこでは10mm以上の瘤や特殊例を除くと、未破裂脳動脈瘤は治療の対象にならないとされました(2)。しかし、このような低い破裂率と高い合併症率は、わが国での経験とは大きく異なるものであり(3) (4)、未破裂脳動脈瘤の自然歴に関して、わが国のデータに基づく再評価が必要と考えられました。
 ちょうどその時期に、いくつかの事故をきっかけとして、厳しい社会の目が医療に向けられるようになりました。医療者自らが行っている医療の根拠を証明しなければ、今後の予防的医療の妥当性は失われる時代となりました。未破裂脳動脈瘤の自然歴を明らかにしない限り、自信を持ってその治療を担当することができなくなったとも言えます。
 実際には、未破裂脳動脈瘤は一様な病態ではなく、これまで報告されているデータから、瘤の大きさ、部位、家族歴、喫煙歴、性別、年齢また瘤の形状等にその自然歴は影響されることが報告されています。しかしこれまでの報告はそのほとんどが後ろ向き研究であり、また個々の報告は症例数が少なく独立した破裂因子を確定することは困難でした(5)。破裂そのもののEVENT発生頻度は平均1%台と低めであり、細分類ごとに予後に影響する独立因子を確定するためには大規模な前向き症例研究が必要となりました。
 また日本では、症例が多施設に分散しているという医療事情があり、また未破裂脳動脈瘤は入院治療ではなく外来ベースで経過観察されることも多い疾患であることが精密な調査を困難とする要因となりました。さらに、できる限り悉皆的に症例を登録しないと、本疾患の自然歴をバイアス少なく解析することができないと判断されました。簡便かつ正確に症例を登録できるシステムが研究実現に重要な要素となりました。

大規模臨床研究におけるネットワークの必要性
 東京大学医学部脳神経外科が中心となり、未破裂脳動脈瘤の自然歴を調べる前向きのコホート研究を始めることになりました。有益な結論を導き出すためには、少なく見積もっても数千例の症例の調査が必要となります。当時大規模症例登録研究は紙ベースでフォームに記入し、FAXや郵送で集計しデータを入れなおして解析する手法が中心となって施行されていました。これを5,000例を超える症例群の数回以上にわたる経過観察に用い、集計し解析するには大きな労力と時間を要し、漏れの少ない正確な登録を行うのは困難と考えられました。そこで当時一般的に普及が進んだオンラインで登録ができるようになれば、外来中や日常多忙な臨床医にも多数例の登録が可能となり、また迅速な症例の解析も比較的容易となるであろうと考えました。UMINのご支援とご協力がなければ、このような登録システム(EDC: Electric Data Capture)は可能ではありませんでした。
 症例登録が簡便であること、確実な必要項目の入力、定期的経過観察登録を確実なものとすることなどを要件としてUMIN事務局と登録システムを構築させていただきました。自由記載項目をなくし、すべてラジオボタンでの項目選択式とし、必須登録項目を設定することでデータの欠損を減らすことができました。また一方、オンライン登録システムとE-mail発送はリンクを組むことが可能となっていましたが、これをデータ登録の確認通知、予定登録時期の通知に用いることができました。さらに新機能として予定日が近づいた、また超過したことを登録担当者に自動的に連絡するE-mail reminderシステムを構築することで、多くの患者を担当する医師でも経過登録漏れを最小限にすることができました。また調査開始後、登録条項の変更や削除、さらに患者転院時の登録施設変更などをさまざま発生してくる臨床的事項にその都度対応していただきました。図1Aに登録の手順、Bに登録内容の例を示します。
 このような臨床研究を日本脳神経外科学会の事業として、UCAS(Unruptured Cerebral Aneurysm Study) Japan の名称で開始することになりました。そこで、UMINに上述のような登録システムを構築していただき2001年1月の症例より患者登録を開始しました。日本で未破裂脳動脈瘤を治療している405施設が当初登録を同意し、その後倫理委員会の承認などを経て305施設が実質的に患者登録を開始し、経過観察を登録しました。図2は登録開始後4年目の登録状況ですが、毎月180~200例ほどの患者が登録され、3年間の登録期間に6,600例が登録されました。その後3ヶ月、12ヶ月、36ヶ月と定期的経過観察、破裂や死亡時の緊急入力が登録され、初期登録例の約80%以上の患者が定期的に登録されてゆきました。その間UMINシステムを用いたメーリングリストにより全国施設に定期的な登録状況の報告と短期解析結果を報告していきました。このような働きかけにより全国的にもまれに見る詳細な症例情報と前向き観察データが集積されてゆきました。

Electric Data Capture(EDC)Systemの功罪
 EDCシステムの決定的有用性として、記載情報がないために、すべてのデータはUMINシステムからデータベースとして電子化された情報で抽出でき、手入力やその他の記載内容の訂正作業なくそのままコンピューターで解析が可能となったことが挙げられます。これは大幅に費用と時間の短縮につながりました。またE-mail reminderシステムは本研究から新たに構築されましたが、定期的観察の入力漏れを防ぐために大きな役割を果たしました。
 その一方で、前向きにラジオボタン式データベースを作るためには、なるべく多くの予想される事項をあらかじめ選択肢に組み入れておかねばなりませんが、項目が多くなればなるほどデータベース入力手順は冗長となり、登録にも時間がかかるようになるという問題が生じました。そこでできるだけほとんどの例に該当する最小限の質問内容と記載項目、また必須登録項目を選択しなければなりませんでした。この作業が今にして思うともっとも大切な作業であったと考えます。UMIN事務局のUCAS担当者と何度もメールをやりとりしながらこの作業を進めました。
 一方で、そのように限られたデータ内容ではやはり経過中ヴァリアンスの多い臨床例においてはあらかじめ設定された選択項目に当てはまらないデータがあったり、逆に選択肢が複数項目に当てはまり選択に困る事例が発生しました。その内容については各症例を担当する研究者からメールでUCAS事務局と連絡してもらい、事務局にその症例の逸脱データを残しておくことにした。また動脈瘤破裂をきたした例、治療後破裂した例、治療中の破裂や、瘤の拡大や変形が認められた症例などは特殊なフォーマット化した紙情報として特別に情報を収集することでEDCとの相補性を確立していきました。

Source Document Verification
 以上のような登録状況が実際の患者の診療情報とどれくらい整合性あるかを判断することも重要でした。一方で、全登録症例を確認するのは症例数が5,000例を超過するため不可能であると判断しました。そこで、2003年および2005年の2回にわたり登録症例数が50症例以上の施設から無作為に21施設956例を抽出し、研究班から現地調査委員を派遣し、各施設での整合性チェックを行いました。動脈瘤サイズの1mm以上の計測ミスが2.9%、術後のRankin scaleの2ポイント以上の誤記が1%の症例に確認されましたが、調査のデータの解析結果に影響するような問題は確認できませんでした。このようにして、EDCは大規模な症例のデータ収集において、極めて有効かつ正確に機能することが実証されました。

最後に
 本UMINシステムによるデータ登録システムがなければUCAS Japanの症例登録は不可能であったと思われます。また現在はさらに同システムを改良しUCAS IIとして紙情報(SCANNERでpdfに変換)や文書情報、画像情報などを各症例について100MBまで登録できるファイルアップロードシステムを構築しました。これにより、QOLや高次機能テスト、診療費情報など、画一的なデータとはしにくい内容も患者データとしてコンピューター上で管理できることになりました。また同様なシステムは症例登録研究のみならず無作為比較試験などにも応用されさまざまな分野で有効に用いられています。
 以上にまとめたように、現在わが国における症例研究や臨床試験のシステム中核としてUMINが果たす役割はますます大きくなってゆくと考えます。これからも開かれたUMINとして限られた予算で臨床試験を運用せざるを得ない日本の研究土台のなかで、世界に向けたデータを発信するため貢献していただきたいと希望します。

謝辞
 未破裂脳動脈瘤調査UCAS JapanおよびUCAS IIにおいてUMINの活用を可能にしてくださったUMINセンター長の木内貴弘教授、UMIN事務局、UMIN側の調査の窓口となってくださった北村奈央さん、現在それを引き継がれた入江真弓さんに深く感謝の意を表します。



1. Unruptured intracranial aneurysms--risk of rupture and risks of surgical intervention. International Study of Unruptured Intracranial Aneurysms Investigators. N Engl J Med. 1998 Dec 10;339(24):1725-33.
2. Bederson JB, Awad IA, Wiebers DO, Piepgras D, Haley EC, Jr., Brott T, et al. Recommendations for the management of patients with unruptured intracranial aneurysms: A Statement for healthcare professionals from the Stroke Council of the American Heart Association. Stroke. 2000 Nov;31(11):2742-50.
3. Yasui N, Suzuki A, Nishimura H, Suzuki K, Abe T. Long-term follow-up study of unruptured intracranial aneurysms. Neurosurgery. 1997 Jun;40(6):1155-9; discussion 9-60.
4. Orz YI, Hongo K, Tanaka Y, Nagashima H, Osawa M, Kyoshima K, et al. Risks of surgery for patients with unruptured intracranial aneurysms. Surg Neurol. 2000 Jan;53(1):21-7; discussion 7-9.
5. Wermer MJ, van der Schaaf IC, Algra A, Rinkel GJ. Risk of rupture of unruptured intracranial aneurysms in relation to patient and aneurysm characteristics: an updated meta-analysis. Stroke. 2007 Apr;38(4):1404-10.


図1 A:UCAS Japan登録手順


B:登録例


図2:UCAS Japan症例登録数