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十年史(平成11年から平成20年まで)

 本稿では、平成11年度から平成20年度までのUMINの正史を記載する。
*昭和63年度から平成10年度までの歴史については、UMIN10周年記念誌をご参照ください。「http://www.umin.ac.jp/umin10/」にオンライン版が掲載されています。


平成11年度
 UMINのサービスは、平成11年度には、既に1)Webを主体とした情報サービス、2)多数のUNIXサーバによる分散型のシステム構成等、現行の運用形態に近いものとなっていた。
 本年度から、UMINの内規が大幅改訂され、正式名称も大学医療情報ネットワークから大学病院医療情報ネットワークへと変更となった。
 本年度、1999年と2000年の間にかかる年であり、UMINでも西暦2000年対策のため、プログラムの見直しが行われた。西暦の切り替わる大晦日には、スタッフは徹夜で待機して、事故がないかどうか見守った。幸い、何のトラブルも見られず、円滑にシステムは稼動していた。
 本年度に運用開始した重要なサービスとしては、インターネット医学研究データセンター(INDICE)、ホームページサービスへのバーチャルホスト機能追加がある。インターネット医学研究データセンターは、現センター長の木内が研究としては世界に先駆けてインターネットによるデータ収集を提案し、大きな反響を呼んでいたが、米国政府による暗号規制のため、日本国内では本物の臨床試験を実施できずにいた。この間に米国では、インターネットによる実際の臨床試験が実施され、既にこの時期には一般的になりつつあった。米国政府が1999年12月に暗号の輸出規制を緩和したことによって、日本でも128ビット以上の強力な暗号が利用可能となり、ただちにインターネット医学研究データセンターのサービスを開始した。
 バーチャルホスト機能とは、同じサーバに複数のドメイン名を割り当てることができるサービスである。例えば、「http://plaza.umin.ac.jp/indice/」というURLに「http://indice.umin.ac.jp/」というURLを付与することが可能となる。上記の2つのURLは、同じホームページを指す。これによって、UMINでホームページを開設する利用者の利用上の自由度が増したことになる。
 薬剤小委員長に鈴木正彦(山梨医科大学医学部附属病院副薬剤部長)、検査小委員長に菅野剛史(浜松医科大学医学部附属病院検査部長)が就任した。6月には、UMIN10周年記念式典、記念講演、記念パーティが盛大に挙行されたた。

平成12年度
 本年度は、初めて登録者数が10万名を突破した。利用者・利用件数の増加に伴って、Web、メールともレスポンスが悪くなり、利用者に迷惑をかけた年である。翌年度がリプレースに相当するために、本年度12月から、資料招請の官報公告を始める一方、各社の製品の資料等の調査を開始した。翌年度のリプレースまでの暫定対策として、Web用のPCサーバを導入する等の施策がとられた。
 本年度開始された新しいサービスとしては、各種助成等公募情報システム(FIND)とオンライン演題登録システムへの学術雑誌論文の登録機能が挙げられる。 本年度は、西利夫に代わり、事務小委員長に溝口陸奥夫(名古屋大学医学部附属病院医事課長)が就任した。

平成13年度
 本年度は、第4回目のリプレースの行われた年度である。新システムは、コスト削減と処理能力の増大を目指して、1)パソコンサーバの全面的採用、2)オープンソースのLinuxの全面採用を特徴とした当時としては革新的なものであった。パソコンサーバは、外資系の某社製を採用したが、これだけまとまってパソコンサーバを導入するのは前例がないそうで、日本支社の社長案件となったと聞いている(インターネットの著名サイトでパソコンサーバを使っているところは当時も多かったが、利用の増大にあわせて少しずつ買い足していくのが通常で大量のまとめ買いは一般的でなかった)。大規模な商用サイトでも、パソコンサーバで運用されている例は当時も多かったが、通常はアクセスの増加に応じて少しずつ買い足すのが通例であったようで、UMINのように5年に一度まとめ買いするのはめずらしかったようである。作業は、予定どおり、年末年始の休暇中に実施されたが、一般系のデータベースサーバがほぼ1、2日に1回程度ハングアップしてしまうという障害が発生した。このため、一度全面移行したデータベース上のデータをもう一度旧データベースサーバに戻すという作業をせざるを得なかった。数ヶ月に渡って調査したが原因が特定できなかった。ハードをSUNに、OSをSolarisに変更することで、ようやく安定して稼動するようになった。
 法人化を控えて、UMINの将来について、元運営委員長等の関係者による非公式な会合がもたれるようになった。この中で、国立大学法人化後には、UMINの予算は、東京大学に配分される運営費交付金の一部となり、必ずしも全国へのサービスの利用が保証されないことになる。これを防ぐためには、UMINの経費と定員を中央医療情報部から独立させることが議論されるようになった。そして、平成13年度中から、概算要求に向けての検討が、東大病院院内でも始まり、概算要求を挙げることで了承が得られた。暫定的にUMINを院内措置で独立させて、大学病院医療情報ネットワーク研究センターが開設されることになった。
 本年度から、東京大学内におけるドメイン運用基準の緩和によって、UMINホームページサービスで独自ドメインの使用が可能となった。従来、東京大学内で勝手に学術集会のドメインを立ち上げる者等がいたが、これを取り締まるのは非常に難しかった。一方で、独自のドメインを使って情報サービスを提供することは、東京大学の在籍者のメリットにもつながると考えられた。このバランスをとって、部局単位でドメインの使用の可否を判断できるという決定であった。理工系の人が中心となった判断であるが、非常に実用性があり、柔軟な判断であると考えられた。他にもリンク集作成に際して、営利・非営利区別することなく、有用と判断するものはリンクするという東京大学の判断のしかたを聞いて、UMINも同様の対応とした。  本年度は、鈴木正彦に代わり、西村久雄(島根医科大学医学部附属病院医薬品情報主任)が薬剤小委員長に就任した。

平成14年度
 本年度は、東京大学医学部附属病院に大学病院医療情報ネットワーク研究センターが4月1日付で院内措置で設置された。5月16日付けで木内貴弘が助教授のままセンター長に就任した。また 東京大学医学部附属病院への大学病院医療情報ネットワーク研究センター設置の概算要求が、東大病院から、文部科学省を経て、財務省に提出された。文部科学省と財務省の折衝の結果、財務省原案として内示され、国会の審議を経て、正式に設置が認められた。これに伴い、大学病院医療情報ネットワーク研究センターの教授選考が開始された。
 本年度の主要な新サービスとしては、人事・消息情報(Personal)、永久保存ホームページサービス(Memorial)が挙げられる。また主要な機能追加としては、各種助成等公募情報システム(FIND)と教職員・学生等公募情報システム(ROCOLS)の新規掲載情報のメール配信サービスが開始された。
 本年度は、溝口陸奥夫に代わり、板橋博(北海道大学医学部附属病院医事課長)が事務小委員長に就任したが、年度の途中で人事異動のため板橋博が退任し、佐藤優(北海道大学医学部附属病院医事課長)が事務小委員長となった。また西村久雄が健康上の理由により退任し、平野栄作(島根医科大学医学部附属病院副薬剤部長)が薬剤小委員長に就任した。

平成15年度
 4月1日付けで東京大学医学部附属病院に大学病院医療情報ネットワーク研究センターが正式に予算措置され、設置された。運営委員長として、櫻井恒太郎に代わり、五十嵐徹也(筑波大学附属病院医療情報部長)が就任した。その任期は、国立大学法人化後の中長期計画(5ヵ年)終了時までとされた。3月には、木内貴弘が東京大学医学部附属病院大学病院医療情報ネットワーク研究センター長・教授に選出された。   
 本年度にオンライン臨床研修評価システム(EPOC)が新規に運用開始された。 また平野栄作に代わり、市原和彦(高知大学医学部附属病院副薬剤部長)が薬剤小委員長に就任した。

平成16年度

 4月1日付で、木内貴弘が東京大学医学部附属病院大学病院医療情報ネットワーク研究センター教授に昇任した。また助教授のポストを助手に流用して、松葉尚子が助手に就任した。
 本年度6月に、UMIN利用登録者が20万名を突破した。
 本年度は、佐藤優に代わり、野中定雄(京都大学医学部附属病院企画室長)が事務小委員長に就任した。また入村瑠美子に代わり、榮木実枝(東京大学医学部附属病院看護部長)が看護小委員長に就任した。

平成17年度
 6月に、UMIN臨床試験登録システム(CTR)の運用を開始した。また1月より、オンライン歯科臨床研修評価システム(Debut)の運用を開始した。2月には、UMIN臨床試験登録システムが、国際医学雑誌編集者会議(ICMJE)の臨床試験登録サイトとして正式に認定された。年度末をもって、松葉尚子助手が退職した。
 本年度は、野中定雄に代わり、菅原豊彦(筑波大学附属病院企画管理課長)が事務小委員長に就任した。

平成18年度
 本年度は、UMINシステムの全面リプレースが実施された。今回は、特に大きなトラブルなくリプレースが完了した。また従来からの計算機室のある旧中央診療棟北側の建物が取り壊しの対象となっていたため、旧中央診療棟南側の新しい計算機室に移動した。
 4月1日付で、米国テキサス大学より、青木則明が助教授に就任した。
 電子メール関連では、4月には、UMIN2台目メールサーバ(umin.netサーバ)が稼動した。このサーバは、外部からSSL-POPとSSL-SMTPで利用するようになっており、クライアント電子メールソフト間とメールサーバ間の通信はすべて暗号化されているのが特徴である。5月には、従来からのumin.ac.jpサーバで、SSL-POPが使用できるようになった。8月には、メーリングリストサービス(Million)の運用件数が5千件を突破した。3月に省力化のため、教職員・学生等公募サービス(ROCOLS)の掲載申込をオンライン化した。
 本年度は、菅原豊彦の人事異動に伴い、佐藤久(筑波大学附属病院経営企画課長)が事務小委員長に就任した。

平成19年度
 学校教育法の改正により、青木助教授の職名が准教授に変更となった
 新規システムとしては、オンライン論文査読システムの運用が開始された。電子メール関連では、umin.ac.jpサーバでの平文POP通信が廃止され、SSL-POPもしくはWebメールでの利用のみとなった。これによって、パスワードが平文でネットワーク中に流れることがなくなった。POPの廃止は、困難を極めた。たびたびのアナウンスに関わらずPOPからSSL-POPへの移行が進まないため、当初7月廃止の予定を9月に延長せざるを得なかった。2月には、umin.ac.jpサーバ、umin.netサーバとも、サブミッションポートへの対応を実現した。3月には、UMIN教職員・学生等公募情報(ROCOLS) 、UMIN人事・消息情報(Personal) 、臨床試験登録情報(UMIN CTR)、新着情報(NewLink、Nuhs)で RSS配信が開始された。
 本年度は、佐藤久の人事異動に伴い、原忠篤(筑波大学附属病院医事課長)が事務小委員長に就任した。

平成20年度
 8月末で青木准教授が退職した。准教授ポストを助教に流用して、9月1日付で、西内啓が助教に就任した。 新規サービスとして、7月には、UMINオンライン投票システム(Vote)と国立大学病院インターネット会議システム(UMICS)の運用が開始された。8月には、UMINファイル交換システム(UpLoad)の改造によって、ファイル保存期間を無制限に設定可能となった。7月には、利用登録者が30万名を突破した。また12月には臨床試験登録システムへの臨床試験登録件数が1,500件を突破した。  本年度は、原忠篤の人事異動に伴い、廣瀬和幸(筑波大学附属病院医事課長)が事務小委員長に就任した。


注記:この10年史は、関係者はじめ多くの人の記憶と、事務局に残された資料をもとに作成したものです。できるかぎり正確を期すよう努力したつもりですが、万一事実と異なる点があった場合にはご容赦ください。尚、お気づきの点があればUMIN事務局までご指摘くだされば幸いです。