医療事故防止のための安全管理体制の確立について

−「医療事故防止方策の策定に関する作業部会」中間報告−

平成12年 5月

国立大学医学部附属病院長会議常置委員会

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中間報告に当たって

 医療は,いかなる場合においても,患者を中心にしたものでなければならない。このことは,医療に携わるすべての人間が了解していることであり,また,近年,インフォームドコンセントやクオリティーオブライフなどの考え方の浸透により,内容的にも一層の深化を見てきている。
 しかし,こうした状況にありながら,医療事故といわれるものがなくならず,それどころか,却って一層多発してきているかの様相すら呈している。とりわけ大学病院は,高度の医療を提供する「特定機能病院」として,一般の病院以上に安全管理体制を整備すべきところ,昨年来,極めて基本的と思われるミスから重大な医療事故を引き起こす事例が繰り返されており,誠に慚愧の念に耐えない。
 本作業部会は,昨年11月に発足して以来,医療の安全性を確保・向上するための方策について種々検討を重ねてきたが,予想を超える厳しい事態の展開に直面し,当面早急に対応が必要と思われることについて,取り急ぎ中間的な報告を取りまとめることとした。 折しも,本年4月から,特定機能病院の制度改正が図られ,事故等の院内報告制度の整備など,医療事故防止のための安全管理体制の充実が求められたことから,本中間報告においても,こうした体制整備の問題をその主要なテーマとして論じている。しかし,現下の厳しい状況において,医療事故の根絶に向けた第一歩は,先ず,すべての医療現場で,あらゆる角度から徹底的な総点検を実施することから始まると考えるので,各国立大学病院においても,是非,病院を挙げて,このための敢然たる行動を速やかに取られることをお願いしたい。
 また,医療事故の防止は,単に事故の発生を如何に防ぐかということにのみ終始する問題ではなく,「医療全体の質の向上」という,より大きな視点で捉え直すことが必要である。根拠に基づく安全性の高い医療の提供や,患者を中心として様々な医療職種が真に効果的な連携を図るための方策,更には医学教育の問題など,本中間報告では十分論ずることができなかった多くの重要な問題について,今後,引き続き検討を重ね,最終報告として取りまとめたいと考えている。本中間報告も,更に現場からの批判を仰ぎ,必要な点は見直しを行いたいと考えるので,併せて,多数の率直な御意見をお寄せいただきたい。
最後に,慌ただしい中,本中間報告の取りまとめに尽力いただいた,作業部会の委員各位に厚く御礼申し上げるとともに,本中間報告が,各国立大学病院における医療事故防止の取り組みに,いささかなりとも寄与することを,心から祈念するものである。

平成12年5月

国立大学医学部附属病院長会議常置委員会
組織の在り方問題小委員会
医療事故防止方策の策定に関する作業部会

委員長 東京大学医学部附属病院副院長
玉 置 邦 彦


         ERRARE HUMANUM EST ,

         SED PERSEVERARE DIABOLICUM .

           人は過ちを犯すものである。

           しかし過ちを繰り返し続けるのは悪魔である。


目  次

1.医療事故防止のための緊急総点検 ………………………………………1
(1)医療の「安全性」の危機
(2)すべての医療現場における緊急総点検
(3)真に患者中心の医療を確立するために

2.医療事故防止の基本的考え方 ……………………………………………2
(1)ミスがあり得ることを前提とした安全対策の構築
(2)事故防止への包括的アプローチの必要性
(3)事故防止システムと事故への対応システムの区別

3.事故防止のための院内体制 ………………………………………………5
(1)安全管理体制の基本的な構成要素
(2)事故やニアミスに関する情報の収集
(3)診療記録との関係

4.事故・ニアミスの分析 ……………………………………………………12

5.事故防止委員会等の整備 …………………………………………………13
(1)事故防止委員会の設置
(2)リスクマネージャーの任命
(3)事故防止委員会による各部門・各職種間の適切な調整

6.職員の教育・研修等 ………………………………………………………17
(1)安全教育を行うに当たって
(2)職員研修の計画的実施と教育・研修内容
(3)医療従事者の卒然教育及び研究の推進

7.医薬品・医療材料等の管理・取扱い ……………………………………18
(1)病院内での管理・取扱いの改善
(2)全国的なシステムの構築に対する協力

8.事故発生時の対応 …………………………………………………………19
(1)患者や家族・遺族への対応
(2)警察署への届出
(3)重大事故の公表
(4)当事者に対する配慮
(5)事故原因等の調査
(6)緊急連絡体制の整備
(7)事故発生時における対応の心構え

9.安全管理の指針・マニュアルの作成等について ………………………23
(1)指針やマニュアルの作成
(2)病院間での相互学習
(3)安全管理体制についての積極的な情報開示

参考文献 …………………………………………………………………………25

医療事故防止方策の策定に関する作業部会 …………………………………26

※ 本中間報告では、「看護婦(士)」について、簡略化のため、すべて「看護婦」と記している。


1.医療事故防止のための緊急総点検

(1) 医療の「安全性」の危機

 「医療の質」が問われる時代であると言われる。各種のメディアが,日々,様々な新しい医療技術や特色ある治療方法等について紹介しており,また一方では,施設のアメニティや職員の接遇なども,患者が病院を選択する際の重要なポイントになっているとされる。しかし,いかなる時代においても,「医療の質」の最も根幹をなすものは,「安全性」を措いて他にないことは論を待たないであろう。
 大学病院は,我が国における高度医療の中核を担う存在であり,当然,医師は,病気の原因の解明や,新たな診断・治療法の開発,外国の先進的な技術の導入などに心血を注いできた。我が国の医療技術の長足の進歩は誰もが認めるところである。また,看護婦,薬剤師等,医療に関わる他の様々な専門職種も,それぞれの分野において理想の実現を追求し,医療の発展に貢献してきた。
 しかし,相次ぐ医療事故の発生は,本来,医療にとって最も重要なものであるはずの,患者にとっての「安全性」が,いまや重大な危機にさらされていることを,すべての医療従事者に思い知らせるものとなっている。自らを患者の身に置き換えて見れば,医療事故のような事態を強く忌避したいと思わない者はいないはずである。医療に従事する各職種それぞれが,専ら医療提供者の視点からの質の向上に意を注いできた一方で,医療の中心に位置すべき患者の視点が必ずしも十分顧みられないという面がなかったか。医療従事者は,強い反省を求められていることを自覚すべきである。

(2) すべての医療現場における緊急総点検

 国民の医療に対する信頼が大きく揺らぎ,患者が安心して医療を受けることが脅かされている現在,直ちに行動を起こすことが必要であり,一刻の猶予も許されない。このため,先ず,院内のあらゆる医療現場で,医薬品・医療材料・医療機器等の形態・用法や管理に係る問題,注射・点滴等の投薬並びに輸血や各種検査等に係る作業手順の問題(とりわけ各種の確認方法や指示等の伝達の確実性),手術に係る諸問題,診療体制や教育・指導体制更には医療従事者間のコミュニケーションの在り方に係る問題など,およそ考えられるすべてのことについて,それらがどのような状況になっているのか,現状を把握し問題点を洗い出す作業を行うべきである。また,できることがあればその日のうちから対策を講ずべきである。
 なお,その際重要なことは,自らを患者の身に置き換えて考えること,実際に事故が起こった場合に患者の身にどのようなことが起きるか考えることである。このことは各自の行為に強い緊張感をもたらすはずである。「この程度なら良いだろう」ということが積み重ねられ,緊張感の弛緩が進行すれば,遂には医療事故の発生を見ずにはおかない。
 また,「日常漫然と行われている行為」,「誰もそれを問題と思わない行為」に

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こそ,思わぬ危険が潜むものである。このことは,最近の大学病院における重大事故の事例を思い浮かべれば明らかであろう。

(3) 真に患者中心の医療を確立するために

 すべての医療従事者,すべての職種が,患者の立場に立って考えることは,医療事故の防止にとって極めて重要である。しかし,本当に「患者中心の医療」を確立するためには,それだけでは十分でない。当然のことであるが,医療の中心に位置する患者自身の意思が尊重されることが何より重要である。患者の意思が中心にあってこそ,すべての医療従事者,すべての職種の間で真に効果的な連携が可能になると考える。ただし,この問題については,患者と医療従事者との協力の在り方を含めて,更に掘り下げた検討が必要であり,本中間報告でこれ以上の言及をすることは差し控えたい。

2. 医療事故防止の基本的な考え方

(1) ミスがありうることを前提とした安全対策の構築

 事故のない安全な医療を提供していくためには,医療従事者一人ひとりが危機意識を持って日々の患者の診療にあたると同時に,医療に係る知識や技術を一定のレベル以上に保つことが不可欠である。しかし,大学病院のような巨大で複雑なシステムのもとで行われている医療においては,よく訓練された経験豊富な医療従事者であっても,うっかりミスや医療事故を起こすことがある。また,ささいなミスがいくつも重なりあうような複合要因によって,重大な事故が引き起こされることも経験されている1-3)。
 病院以上に巨大で複雑なシステムである航空輸送や原子力発電などでは,事故やミスを「独立した個人」の問題としてではなく,「人間とシステム(ハードウエア,ソフトウエア,環境,対人関係)の相互関係」という枠組みでとらえ,システムの中で働いている人間の特性,能力,限界(いわゆるヒューマンファクター)を踏まえた事故防止対策をとっている。すなわち,「人間はエラーをおかす」という前提に基づき,事故やニアミスに関する情報を収集し,これらの分析結果に基づき,パイロットやオペレーターの意志決定に必要な情報支援,人間の感覚に適切に情報を伝える機器やモニターの開発,チームとしての機能強化トレーニングなどを組織として継続的に支援することによって安全性を確保している3-5)。医療界においても,麻酔科では,麻酔事故の原因として早くからヒューマンエラーとシステムに注目し,作業手順や確認の標準化,フェール・セーフシステムを有する麻酔器や優れたモニターの開発などを通して事故を減らしてきた歴史がある6,7)
 しかしながら,これまで一般に医療機関は,医療事故が起こった場合,事故への対応と当事者を処分することだけで済ませることが多く,過去の失敗を「他山の石」と

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して事故の再発予防とする学習メカニズムを有してこなかった3)。そこで,これらからの新しい医療事故防止方策には,エラーの発生メカニズムに関する科学的知見や,医療界以外の領域での事故防止への取り組みを参考にしながら,「予防」を主眼にしたシステムとしての安全性の向上を図っていくことが求められる。すなわち,医療においても「人間はエラーをおかす」という前提に基づき,エラーを誘発しない環境や,起こったエラーを吸収して事故を未然に防ぐことができるシステムを組織全体として整備していくことが必要である9)。

(2) 事故防止への包括的アプローチの必要性

 医療事故の防止は,ある一つの方法で成し遂げられるものではない。本報告書では,システム指向の組織横断的な事故防止体制の構築に必要な事項を中心にまとめるが,このような新しいシステムの構築を待つまでもなく,安全確保のために医療現場で着手すべき課題は多い。また,事故防止のためには,従来からある職種や診療科を単位とした業務や活動を見直し,強化することや,その他の医療の質の向上に関係する様々な取り組みを,積極的に活用,機能連携させていくことが必要である。

@ 臨床的リスク管理(クリニカル・リスクマネージメント)を行うこと
 医療事故は,「医療内容に問題があって起こった事故」と「不可抗力によるもの」とに大別することができ,前者が全医療事故の約3割,後者が約7割という研究報告もある1,10)。「医療内容に問題があって起こった事故」が事故防止の対象となるのはもちろんのこと,その他にニアミスの存在を忘れてはならない。ハインリッヒの法則に示されているように事故は氷山の一角であり,その背後に多くのニアミスが隠れている。ニアミスは頻度も高い上に,そこには必ずエラーが存在しているため,事故防止において取り組むべき重要な課題である。これらの予防可能な事故やニアミスの多くが,病院における様々なシステムの欠陥とそれに関連するヒューマンエラーによって発生しており,これらに対しては組織横断的な事故防止体制によってシステムを改善していくことが必要である11,12)

A 医療従事者の質の保証(クオリティ・アシュアランス)を徹底・強化すること
ア 職種や診療科における取り組み
 システムに起因するミスが数多くある一方,医療の専門家として必要な知識や技術が未熟であったり,経験が不足しているために起こる事故やミスも少なくない10,13)。例えば,診断や治療に関する事故では,医師の診療に問題のあるものが事故の約8割を占めているという報告がある10)。このことは,安全な医療を提供するためには,うっかりミスの対策ばかりでは不十分であり,日々の診療を通して医療従事者の知識や技術のレベルを保証していくことが,非常に重要な前提条件であることを示唆している。
 これまで我が国の病院においては,医療従事者の臨床能力の向上のために,職種や科ごとに,回診,カンファレンスや様々な教育・トレーニングシステムを通

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じて,指導者や同僚による厳しい切磋琢磨が行われてきた。これらは受け持ち患者の診療や看護に直接役立つと同時に,事故予防にもある程度うまく機能してきたともいえる。このような,職種や診療科を単位とした医療従事者の臨床能力の保証や向上のための教育やトレーニングは,医療事故防止にとどまらず広く医療の質を担保するための根本的な基盤である。しかし,現在の教育・トレーニングシステムには様々な問題点があることが指摘されている。手術の合併症・死亡例検討会(Morbidity /mortality conference)を制度化して成果をあげている病院もあれば,統一されたカリキュラムがないため指導教官によって内容や質に大きな差が見られることもある。システムに起因する事故を根絶させる組織横断的なアプローチを「ヨコ糸」とすれば,職種や診療科による専門家としての教育・トレーニングシステムを「タテ糸」と考え,これを見直し,強化していく必要がある。

イ 各種の委員会における取り組み
 多くの大学病院では,院内に,感染対策委員会,薬事委員会,輸血委員会,診療情報管理委員会等を設けているが,これらの委員会で取り上げられる議題の中には医療事故やその防止に関わりの深いものも多い12,14,15)。したがって,事故防止委員会(12頁参照)などを通じてこれらの委員会の情報をうまく共有し,活用することによって,より効率的で効果のある事故防止システムを構築することも検討すべきである。このような委員会が設置されていない病院では,早急に整備することが望ましい。

B 危機管理(クライシス・マネジメント)に取り組むこと
 医療事故は不可抗力によるものも多く,予防が不可能であったり,予見できてもその発生を避けることのできないものもある。例えば,発生頻度が高いために事故防止対策の最優先課題であると考えられる手術や薬剤に関する事故では,不可抗力の事故が約7割を占めるといわれている1,10)。これらに対しては,早期に危機の前兆を発見し対処することのできる,あるいは発生した危機的状況に対して適切に対応できる臨床能力が求められる16)。そのための教育・トレーニングプログラムの開発やチームとしての訓練も,安全な医療を提供する一方策として考慮されるべきである。

C 新しい取り組みを積極的に活用すること
 クリティカル・パス,「根拠に基づいた医療(evidence-based medicine, EBM)」の手順に基づいて作成された診療ガイドラインなどの積極的活用やQC(Quality Control)サークル活動等を推進することは,具体的な業務改善,多職種間での情報の共有やコミュニケーション,診断,治療,看護のプロセスの標準化等を促進し,安全を含めた医療の質の向上につながると考えられ,積極的な活用が望まれる。また,患者に十分な診療情報を提供すると同時に,事故防止にもつながる質の高い診療記録の記載ができるように,診療記録の開示を意識した診療情報管理にも取り組んでいく必要がある17,18)

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(3) 事故防止システムと事故への対応システムの区別

 医療事故やニアミスを予防するためのシステムと,発生した事故への対応システムは異なる。2. 及び3. において,「予防を目的としたシステム」を各病院で構築していくために必要な基本的な考え方や具体的方策を提示し,7. で,事故発生時に求められる対応について整理する。

3.事故防止のための院内体制

 医療事故を防止するためには,そのための効果的な体制が院内に構築されなければならない。その際,医療事故やニアミスに関する情報を適切に収集,分析し,必要な対策を企画・実施するとともに,有用な情報を時期を失することなく現場にフィードバックするということが重要である。病院全体のレベルと各部門レベルのそれぞれで体制を整備するとともに,両者の連絡を図り,病院としての一元的な体制を整備することが望まれる。そこで,事故防止のための院内体制の構築を図る上でのモデルとなるよう,基本的な考え方を以下に述べる。

(1) 安全管理体制の基本的な構成要素

@ 事故やニアミスに関する情報を収集すること
 病院という巨大な組織がかかえている問題を改善していくためには,まず何が問題なのかを把握するところから始まる12)。その方法には,医療従事者からの自主的な報告,カンファレンス等における症例の検討,客観的な指標の使用,診療記録のチェックによるものなどがある。医療事故やニアミスの実態の把握は,通常,当事者やそれを目撃した者による自主的な報告によってなされる。
 この時,事故のみならず,ニアミス情報の収集を忘れてはならない。起こってしまった事故を一つ一つ検証することも大切であるが,事故は氷山の一角にすぎず,ニアミスまで含めた全体像を把握すべきであり,その上で頻度や重大性に基づいて,院内で取り組むべき問題の優先順位を決めなければならない。
米国における事故やニアミスに関する情報収集には,「インシデントレポート」及び「オカーレンスレポート」14,15)と呼ばれる方法が用いられているが,これらは国立大学病院における事故・ニアミス報告体制を考えるうえで参考になると考えられる(11頁参照)。
 また,安全に関係のある情報を病院内の委員会や新聞報道からも入手できるように工夫して,様々な経路から情報が入ってくるようにするべきである。

A 具体的な対策につながる分析を行うこと
 このようにして収集された貴重な情報は,組織的なアクションに役立つ形で分析されなければならない。これまで行われてきた分析は,事故やニアミスの事象を分

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類するにとどまっているにすぎなかったが,近年,病院における診療プロセスやシステムの問題に焦点をあてた,事故の根本的な原因分析(Root Cause Analysis)12)の必要性が認識されはじめている。情報の具体的な分析方法については,「4.事故・ニアミスの分析」で改めて述べる(12頁)。

B 対策の企画・実施を行う院内組織を整備すること
 収集された情報とその分析結果に基づいて,病院内で具体的な対策の企画・実施を行う組織を整備することが必要である。既に多くの病院で,「事故防止委員会」,「安全対策委員会」,「リスクマネージメント委員会」などの名称の組織が設置されており,こうした委員会組織が,院内における安全管理体制の整備にイニシアティブをとり,具体的なアクションを起こしていくことが必要である。委員会組織の在り方については,「5.事故防止委員会等の整備」で改めて述べる(13頁)。

C 現場にタイムリーにフィードバックすること 
 事故防止委員会でシステムの改善を行っていくと同時に,医療現場にタイムリーに情報を提供していくことも必要である。事故やニアミスの中には,事実をそのまま伝えるだけで医療従事者の注意を喚起し,類似のトラブルを予防することが可能なものもある。ただし,医療従事者からの自主的な報告を教材として利用する際には,以後の自主的な報告を思いとどまらせることのないよう,慎重な配慮が必要である。また,事故やニアミス情報とその分析結果のフィードバックのみならず,新しい安全管理体制を構築していくプロセス,事故防止委員会で検討されている事項,具体的な改善計画などをその都度,現場に伝えていくことは,安全管理体制の確立に不可欠である医療従事者全員の積極的な参加につながると考えられる。

(2) 事故やニアミスに関する情報の収集

 従来,看護部の中では相当広範に行われていたが,病院全体としての系統だった事故・ニアミス報告体制を導入することは,国立大学病院においても,未だ少数の大学で,半ば試行的に行われているような状況ではないかと考える。また報告体制のあり方は,病院の特性や規模などによっても異なると思われる。このため,本中間報告では,一つのやり方を定めることはせず,事故・ニアミス報告に関する基本的な考え方と問題点について整理するにとどめるが,各病院で試行錯誤を行い,使いやすい事故・ニアミス報告体制を確立することが必要である。

@ 事故・ニアミス報告を推進するような環境を整備すること 
 自主的な報告によって事故やニアミス情報を収集する際の最大の難しさは,当事者が報告しなければ事故防止システムは機能しないということである。医療従事者が「報告したい」,「報告が報われた」と思えるような環境を構築することが不可欠であり,そのためには,次のようなことが徹底されなければならない15,19)

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ア.事故・ニアミス報告が定着するまで,報告すべき事例について繰り返し教育す ること

イ.事故・ニアミス報告の目的を明らかにし,院内の懲罰や人事管理に用いないこ と

ウ.事故・ニアミス報告書の取り扱いや保管は慎重に行うこと

エ.簡便に報告できるよう報告書の様式を工夫すること

オ.報告に対し適切な対応策をとり,現場にタイムリーにフィードバックすること

 事故・ニアミス報告制度の開始当初には,どのような事態を報告すればよいのかわからないという質問がしばしばなされる。また,「医療事故」という言葉から想定される事態は人によってまちまちであり,うっかりミス,点滴やルートトラブルのようなものは比較的報告されやすいが,特に医師の診療行為においては,「疾病の自然経過における問題」,「適切な診療行為において発生した薬剤や輸血の副作用」,「侵襲的治療に関する合併症」,「診療行為の詳細に関する問題」,「種々の形で発生する予期せぬ事態」などは,事故やニアミスという概念でとらえられないことが多く,また,ミスの有無もはっきりしないため,報告が怠られがちである。しかし,事故・ニアミス報告では,ミスの有無にかかわらず,診療や看護能力,手術技術まで含めた医療の質に関わる問題を広く報告する窓口として機能させることが望ましい。
 また,事故・ニアミス報告は,すべての医療従事者が,お互いの失敗から学ぶことによって,事故を防止することを目的としている。従来,看護婦以外の医療従事者にとっては,事故やニアミスの報告制度は馴染みの薄いものであると考えるが,医師をはじめとして,すべての医療従事者が,適切に報告をするようにしなければならない。
 米国で事故・ニアミス報告のバリアとなっているものとして,自主的な報告が院内の懲罰の根拠とされたり,同僚に知られることによりプロとして失格と思われたり,医事紛争の証拠として用いられたり,患者から個人情報として開示を求められたり,更にはメディアに報道されたりするのではないかという様々な懸念や誤解があることが知られている。医療従事者を防衛的にさせることなく,事故やニアミスを積極的に報告する環境をつくっていくためには,報告についての院内での取り扱い規則などをきちんと定め,こうした懸念や誤解を払拭することが重要である。また,これらの文書の法的な保護の必要性については,社会の理解も必要であると考えられる。真に機能する事故・ニアミス報告を構築するためには,報告者の心理的バリアを克服するための様々な工夫が必要である。

A 事故報告とニアミス報告の区別,報告用紙,報告ルート,報告者,報告事項について検討すること 
 事故・ニアミス報告を開始するに当たってしばしば問題となるのは,「事故」や「ニアミス」の定義と,「事故報告」と「ニアミス報告」を区別するか否かという

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ことである。更にこれらを区別した場合,報告用紙や報告ルートは別に設けるのかどうかについても検討が必要になる。

ア 「事故」と「ニアミス」の定義
 厚生省の「患者誤認事故防止方策に関する検討会報告書」では,「アクシデント(事故)」及び「ニアミス(患者に傷害を及ぼすことはなかったが,日常診療の現場で”ヒヤリ”としたり,”ハッ”とした経験)」という用語が用いられており,この二つを区別している。本報告書ではわかりやすさを期すため,「事故」と「ニアミス」と表現し,「事故」とは患者が傷害を被った事例(病院側の過誤の有無を問わない),「ニアミス」とはミスがあったが幸い患者に何も起こらなかったものや,事前に誤りが訂正されて事故に至らなかった場合を意味することにする。

イ 「事故報告」と「ニアミス報告」を区別しない場合(図の方法1)
 国立大学病院の看護部やいくつかの医療機関では,事故とニアミスを区別することなく報告するようにしている。この方法は,事故やニアミス報告が以前から業務の中に定着している場合や,報告を受けた者が,事故への管理上の対応のみならず,診療や看護における質の問題や教育にまで踏み込めるようなシステムになっている場合にはうまく機能すると思われる。また,事故とニアミスを区別しないため,どちらに分類してよいか困るといった問題は発生しない上に,一つの報告書及び報告ルートでよいことが利点である。
 しかし,現場の担当責任者が速やかに連絡を受け,臨床,教育,管理上の適切で迅速な対応をとる必要のある「事故」報告と,一定期間データを蓄積し,危険要因の全体像の把握,組織として改善すべき課題の優先順位の決定,情報の共有を行うための「ニアミス」報告が,同じように位置付けられてしまうという問題がある。

ウ 「事故報告」と「ニアミス報告」を区別する場合(図の方法2)
 このような報告システムの場合,重大で速やかな対応を求められる事故と些末なニアミスとが区別できる。しかし,患者の傷害の有無によって「事故」と「ニアミス」に分けた場合,どちらに分類すればよいかわからない事例に多く遭遇することが問題となる。また,一般に事故は重大問題で,ニアミスはそれほどでもないと考えられがちであるが,些末な事故もあれば,重大なニアミスもある。例えば,「手術承諾書」を得ないで手術を実施した場合,患者に傷害がないとはいえ重大な診療上の問題である。また,点滴漏れのような患者に傷害があってもあまり重大でないものもある。更に,「子供がベッドから床に転落して頭に大きなたんこぶ(皮下血腫)をつくってしまったが,頭蓋内には問題を認めない」場合のように,報告者によって事故にするかニアミスにするか迷うような状況では,報告されないのではないかということが危惧される。

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図. 事故報告及びニアミス報告のあり方

(参考)米国の病院での事故・ニアミス報告のあり方

 事故とニアミスの区別の曖昧性や重大性の問題を解決するためには,米国の病院での事故・ニアミス報告のあり方が参考になる。米国の病院の事故・ニアミス報告にはインシデントレポート(incident report )があり,これは行ってはならないことをしてしまった場合,起きてはならないことが起きてしまった場合,逆に本来やるべきことが行われなかった場合に,医療従事者が自主的に報告するものである。報告するか否かは報告者の判断に任されているため,事故もニアミスも含まれており,その内容や事の軽重も様々である。そのため,担当責任者や病院として速やかな情報収集と対処が必要となるような重大な出来事については,あらかじめ各診療科や部署で報告事例を定めておき,そのような事故や事態が発生した場合には,必ず直ちに診療科の責任者に報告するというオカーレンスレポート(focused occurrence report)を別に設けている。
 参考までに,米国のある病院で用いられている「手術部におけるオカーレンスレポートで報告すべき事例」を表に示す。手術部以外にオカーレンスレポートの報告事例を定めている部署には,「救急部」「集中治療室」「一般内科/一般外科」「産婦人科」「外来部門」がある。この中には,患者が傷害を被っていないものや,通常,医療事故という枠組みで考られていないようなものも含まれており報告事例の種類も多い。より限定した事例を用いている病院では,下線を引いたもののみをオカーレンスとし,直ち

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に電話で担当者に報告するようにしている。ただし,米国のオカーレンスレポートは医療事故の予防というより,医事紛争の火種の早期把握と調査を目的としてなされているのである。

 米国のある病院の手術部における focused occurrence reportとして報告するべき事項

・術中死亡,心停止 ・予期せぬ再手術やICUへの入室
・術中の神経損傷や術後の神経学的欠損症状 ・予定していない臓器の切除や修復
・患者の取り違え,手術部位の取り違え
・手術器械,ガーゼ,スポンジ,針等の体内遺残や術前・術後での数の不一致
・術創し開 ・誤った手術方法の実施
・予想以上の大量出血 ・手術同意書が得られていないもの
・術中の手術器械の破損
・医療機器の不良による手術の中止や医療事故の発生
・術野や清潔区域の不慮の汚染(ハエの飛来,汗や毛髪の落下など)
・挿管や抜管時の損傷(歯牙の損傷,食道挿管,片側挿管,誤嚥など)
・生命の危機につながるような麻酔事故 ・薬剤投与や輸血におけるエラー
・注射液漏出による組織損傷 ・患者の熱傷及びアレルギー反応
・切除組織の紛失
・手術室への搬入及び搬出中に起きた患者の傷害

(出典:Youngberg BJ. The risk manager's desk reference. Maryland:Aspen Publication;1994:44.)

エ 報告ルート
 事故やニアミス報告は,職種,診療科,病棟,部署などを単位とし,担当責任者に対して紙媒体を用いて行うことが通常の方法であろう。「事故報告」と「ニアミス報告」を区別し,別々の報告書を用いている場合でも,報告ルート及び担当責任者は同じであるところが少なくない。どのような方法を用いるにせよ,事故やニアミス報告が途中で立ち消えにならないよう報告ルートを明示し,必要に応じて病院管理者にまで連絡がなされるような体制を整えなければならない。また,時間内だけでなく,時間外の報告ルートについても整備が必要である。
 事故の場合には,直ちに口頭で担当責任者に一報を入れなければならず,事故報告書も24時間以内に作成することが望ましい。「ニアミス報告」が「事故報告」とは別になされているため報告が緊急を要しない場合でも,事実関係を忘れないよう発生後2日以内程度には報告書を完成するべきである。
 ニアミス報告には,紙媒体以外に,病院のコンピューター情報システムの活用も有用であると考えられる。これによって,分析担当者がデータベースに入力する手間が軽減でき,病院全体の情報を一元化することが可能になるのみならず,一貫した定量分析(全体像の把握や頻度,特徴,時間的な変化などの検討)を継続して行っていくことができる。また,この方法では,報告ルートとして,職種,

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診療科,部署などの担当責任者を経由することなく,医療従事者がコンピューターに直接入力することも可能であり,これは報告への心理的抵抗を軽減することも期待される。ただしこの場合,これらの情報へアクセスできる者は慎重に限定しておかねばならないが,一方で担当責任者はいつでもニアミス情報をチェックできる必要がある。一方,事故報告については,あくまでも紙媒体によって,職種,診療科や部署の担当責任者へ直接報告するべきである(図の方法3)。
 事故及びニアミス情報は,報告書や報告ルートがそれぞれ異なる場合であっても,最終的にはデータベースとして統合され,ともに事故防止対策に利用できるようにすることが必要である。

オ 報告者
 事故・ニアミス報告でなされる出来事は,患者に起こったもののみならず,医療従事者や病院の訪問者が経験したものも対象となることを忘れてはならない。いずれも,事故やニアミスを起こした当事者によって報告されることが原則であるが,医療従事者自身が事故にあった場合や,設備等の問題により訪問者が傷害を被った場合には,関係者やそれらを目撃した者によって報告されることもありうる。指導医立ち会いのもとで研修医が事故を起こした場合など,一つの事故やニアミスに対し複数の報告者から報告があっても差し支えはないが,報告や仕事の効率化を図るため,指導的立場の者が当事者に報告を促すという方法や,逆に指導者が報告するということもあってよいと考えられる。 

カ 報告事項(特にニアミス報告について)
 ニアミス報告は医療従事者の自主性に負うところが大きいため,簡単に報告できるようにその様式を工夫しなければならない。しかし,報告部分をあまりに簡略化すると,詳細な原因分析を行うことができなくなってしまう。そのため,一部はあらかじめ項目を列挙した選択式とし,一部は記述式にすることは有用な方法であると考えられる。
 更に分析担当者が,病院内の構造的欠陥を把握し,事故防止方策に資する知見を得ることができるように,選択項目や記述部分において,ニアミスの表面的な現象のみならず,関連要因やシステムの欠陥に関する情報も,構造的に把握できるような内容や様式が望ましい。そして,ニアミス報告を単なる反省文に終わらせないために,客観的事実や再発防止のための提言が記載できるようにしておくことが重要である。

 以下は,ニアミス報告の対象となりうる基本的な項目である。

・ニアミスの発生/発見日時
・報告者(当事者,関係者,目撃者など)
・当事者の職種,所属部署,経験年数
・ニアミスの対象者(患者,訪問者,医療従事者など)
・発生場所

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・ニアミスの種類(手術/麻酔,侵襲的手技,薬剤,輸血,診断,治療/処置 /看護,医療機器,転落/転倒,患者の行動など)
・ニアミスに関する事実
・ニアミスの要因や背景
・プロセスやシステム改善のための提言など

 患者や医療従事者を特定する情報については,ニアミス報告が実際に起こった事故を対象にしていないこと,報告は個々の事例の調査というよりも,診療プロセスや病院の構造的問題を明らかにすることを目的としていること,現在のところニアミス報告等に関する法的な保護がないこと,当面ニアミス報告を定着させる必要があることなどを考えた場合,必ずしも報告する必要はないと考えられる。

(3) 診療記録との関係

 カルテや看護記録をはじめとする診療記録の記載と,事故・ニアミス報告の作成とは独立して考えるべきである。
 米国では,「オカーレンススクリーニング」15)と呼ばれる,診療記録上で事故やニアミスを検索する方法も用いられているが,診療記録のオーディット(監査)制度が定着していない我が国で,この方法をすぐに導入することは難しいと思われる。また,米国においても,専門職の養成や膨大な人件費と時間を要するわりには検出できる問題点が限られており,情報収集という点で自主的な報告には及ばないことが指摘されている20)
 事故・ニアミス報告の作成は,個々の患者の診療記録とは別に,安全を含めた病院の質を向上することを目的として実施する必要がある。他方,事故・ニアミス報告を行った場合,診療記録の方にはどのように記載すべきかという問題があるが,患者が実際に傷害を負った場合は,当然,その事実関係を診療記録に記載することが必要である。

4.事故・ニアミスの分析

 事故・ニアミス分析において重要なことは,事故の表面的な原因に目を奪われ分類のみに陥ることなく,改善対策につながるような真の事故原因を究明することである。すなわち,事故やニアミスの直接原因には,先入観や勘違い,確認不足,誤った状況認識や判断,知識不足,技術の未熟性,規則違反などがある。しかしこれらの背景には,ミスが起こることを想定していないようなシステム,ミスを誘発するような類似の外観や名称の医薬品や医療材料の存在,人間の記憶やマニュアルチェックへの過度の依存,多種多様な作業手順の存在,不適切な作業環境,過酷な勤務,不適切な人員配置や教育・

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指導体制,医療機器のインターフェイスの悪さなど,診療プロセスやシステムに内在する構造的欠陥が根本的原因としてあり,これらを明らかにしなければならない(Root Cause Analysis)。これらの分析には,徹底性と信頼性が求められ,事故やニアミスの起こった現場をよく知る者によってなされなければならない。また個別の詳細な事例検討とともに,いくつかの事故に共通して見られる問題点を明らかにする視点が必要である。
 現在のところRoot Causes Analysisに関する参考資料は少ないが, JCAHO(Joint Commission On Accreditation for Healthcare Organizations,米国病院機能評価報告書)は「手術部位間違い」「輸血ミス」「危険薬剤による事故」などいくつかの代表的な医療事故に関して,リスクファクターの分析,根本的原因の分析,予防への提言を行っている12)。「Minimum Scope of Root Cause Analysis for Specific Types of Sentinel Events(医療事故に関する根本的原因分析の実例)」では,事故の根本的原因として「患者のアセスメント」「スタッフ」「情報へのアクセス」「設備や在庫」「技術支援」などが挙げられている。これらは,JCAHOのホームページ21)に掲載されており,Root Causes Analysisを実際に行う場合に参考になると考えられる。

       

5.事故防止委員会等の整備

 事故防止の取り組みを効果的に推進するためには,病院全体のレベルと各部門レベルのそれぞれで体制を整備するとともに,両者の連絡を図り,病院としての一元的な体制を整備することが重要である。
このような体制を,具体的に院内の組織として構築する場合の一つのモデルとして,病院全体を統括する委員会(以下「事故防止委員会」と呼ぶ。)の設置と,各部門における事故防止担当職員(以下「リスクマネージャー」と呼ぶ。)の任命を提案する。

(1) 事故防止委員会の設置

 事故防止委員会は,院内の各部門を統括し,事故防止について病院全体の中枢となる組織であり,その役割は,事故防止に関する各種の具体的措置やマニュアル,職員研修,その他事故防止に関する一切のことを検討し決定することである。事故やニアミスに関する各種の情報は,最終的には事故防止委員会に集積され,具体的な事故防止対策に反映されていくことが必要である。
 事故防止委員会を設置する際に重要と思われるポイントを以下に挙げる。

  @ 病院長を中心として事故防止のために明確な権限を有すること
 医療事故以外の事故も含め,本来,事故はあってはならないものであり,事故防止のためにとられる措置は,他のあらゆる事項に優先されるべきものである。した

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がって,事故防止委員会は,規定上,事故の防止に関して,病院としての明確な決定権を有する機関として位置付けられるべきであり,また,その委員長は,原則として病院長が務めるべきである。

  A 病院全体を統括する組織であること
 事故は,病院内のあらゆる部署で発生し得るものであり,その防止には,病院を挙げた取り組みが必要である。したがって,事故防止委員会は,病院内のあらゆる部門・診療科等を統合するものでなければならない。

 このため,事務部長,看護部長,薬剤部長は,すべて事故防止委員会に委員として参加すべきである。

 一方,診療科や中央診療施設,特殊診療施設については,部門の数が多く,すべての部門の代表者が事故防止委員会に委員として参加することは困難である。このため,例えば,外科や手術部,輸血部など,医療事故に密接な関係を有する部門の長が他を代表して委員となることも考えられるが,診療部門全体が医療事故防止の取り組みに参加するという観点からは,全診療科・診療施設が一定のローテーションで委員を出すことが望ましいと考える。

  B 実際に機能を発揮できる組織であること。
 事故防止委員会は,そのままでは単なる会議体である。決定機関とはなり得ても,自ら事故・ニアミス報告等を分析し,必要な対策を検討することは困難であり,委員会の活動に関して必要となる各種の作業を適切にサポートする体制がなければ十分に機能し得ない。委員会の庶務は,医事課(業務課)で行うことが適当と考えるが,事故・ニアミス報告の分析等については医師や看護婦などの協力も不可欠であり,専任スタッフの配置ということも含めて,適切な支援体制を整備することが重要である。
また,委員長を務める病院長のリーダーシップを補佐し,実際の作業を担当するスタッフを適切に指導する存在として,事故防止・安全問題を担当する副病院長等を任命し,事故防止委員会の副委員長とすることも効果的であると考える。
なお,事故防止委員会については,必要に応じて臨機に開催することはもとより,毎月定期的に開催し,常に組織を活動状態に置くことも重要である。

  C 現実の医療事故が発生した場合の当面の対応を扱うものではないこと
 実際に医療事故が生じた場合は,何より迅速な判断に基づく対応が重要であり,患者のプライバシー等の情報管理も必要である。会議体である事故防止委員会は,このような場合の当面の対応を検討する場としては不適であり,実際の事故発生時の対応の在り方については,別に8.で述べるが,病院長が,事故防止・安全問題担当の副病院長等の補佐を得て,自ら対応することが必要である。

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(2) リスクマネージャーの任命

 事故防止委員会は,病院全体の立場から事故防止に関する諸問題を検討し決定する組織であるが,これとは別に,実際に,それぞれの医療現場で事故防止の取り組みを行う体制を整備することも必要である。
 このため,各診療科及び病棟・中央診療施設・特殊診療施設(必要に応じて事務部各課や栄養管理室等を含む)及び薬剤部の各部門で,現場での事故防止・安全問題について中心的な役割を担う職員を,「リスクマネージャー」として任命することを提案する。
  リスクマネージャーは,また,各部門と事故防止委員会とを結ぶ役割を担うものであり,両者の密接な連絡を図ることが必要である。更に,各部門のリスクマネージャーを集めた会議を開催する等により,各部門相互の間の連絡も密にし,常に院内の縦横の連絡を緊密に確保するよう努めることが必要である。

(3) 事故防止委員会による各部門・各職種間の適切な調整

 大学病院には,多数の診療科や中央診療施設,特殊診療施設があり,看護部や薬剤部が存在するが,これらの各部門間の適切な調整を図ることは,医療事故の防止の上でも極めて重要な課題である。診療科間でマニュアルがまちまちであったり,あるいは医師と看護婦との間で共通な了解が存在していなかったりということが,効果的な事故の防止を困難にしている場合も少なくないと考えられる。それぞれの事情に応じて,合理的な「差異」が存在するのは当然であるが,合理性のないものは速やかに改善されるべきであり,事故防止委員会は,各部門のリスクマネージャーとも適切に連携し,病院内の各部門・各職種間の適切な調整を行う役割を積極的に担うことが必要である。

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・病棟においては,医師と看護婦各1名のリスクマネージャーを任命し,両者が協力して 任に当たることが望ましい。

・各診療科のリスクマネージャーは,各診療科の診療内容の特性に即して対応することが 必要な問題について担当し,病棟における問題については,病棟のリスクマネージャー と協力して任に当たるものとする。

・外来については,各診療科のリスクマネージャーが担当するとともに,ある程度の診療 科を包括する単位で,看護婦からもリスクマネージャーを任命し,両者が協力して任に 当たることが望ましい。

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6.職員の教育・研修等

 事故防止の取り組みを進める上で,職員一人ひとりが安全に対する意識を高め,対応能力の向上を図ることが重要であり,そのために職員の教育・研修が果たす役割は極めて大きい。とりわけ大学病院は,研修医をはじめとして経験の浅い医療従事者が常に存在し,また,職員の異動も頻繁であることから,通常の医療機関以上に,各種の教育・研修等の機会の充実を図ることが求められる。

 

(1) 安全管理教育を行うに当たって

 全医療人が事故防止の意識を高め,日々の注意喚起の機会を通してその意識保持を図ること,医療の責任者である医師とともに,看護婦,薬剤師等医療従事者が職分に応じたチェック機能をもつこと,また,明確な治療方針を立て,チーム医療のメンバーと共通認識を形成することが必要である。メンバー同士が相互に指摘し合える人間関係を形成し,縦横のコミュニケーションを活性化していくことは,チームとしてのチェック機能を増強する。また,オープンな発言が可能な医療チームで研修や実習が行われることは,そのこと自体が安全管理教育としての機能を果たすものである。

(2) 職員研修の計画的実施と内容

 医療事故防止に関する組織的な研修を定期的かつ計画的に行うことが望まれる。研修は目的に応じて,対象,期間,内容,方法,講師等を検討し,効果的に実施していく必要がある。

  @ 安全管理に係るシステムの周知徹底
 予防を目的としたシステムと事故発生時の対応システムに関する組織的な取り組みを明文化し,周知徹底していく必要がある。例えば,リスクマネージャーの掲示,簡便なマニュアルの貼付,注意喚起のポスター標語も有効な手段のひとつである。

  A 意識啓発のための,医療事故や医療訴訟に関する講演会等の開催
 医療に直接携わる職員だけでなく,病院内の全職員の参加を促して,一人ひとりが事故防止に大切な役割があるという理解を深める。短時間で意識啓発を図るという点では,外部講師の招聘やメディアの活用等も効果的である。

  B 医療事故防止に関する系統的な学習機会の提供
 特に新規採用職員には,事故防止の基本と安全を確保するために必要な技術指導を行うとともに,事故を起こす当事者になり得ることの自覚を促し,事故に遭遇した際の対応方法や報告手順等について具体的に学ぶ機会を設ける必要がある。
 また,指導的立場に立つ中堅の職員に対しては,個人の事故予防のみならず安全

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確保のための環境整備や指導方法についても学ぶ機会を設ける必要がある。

  C リスクマネージャー等に対する専門的な研修
 リスクマネージャー等安全管理に関する責務を担う者は,事故やニアミスに関する情報の収集・分析を含めた安全管理についての専門的な知識を備えることが必要である。特にこれらの職員については,病院内での研修のみならず,各種の団体が主催する専門的な研修会等にも積極的に参加させることが望まれる。

  D 日々の実践を通して事故予防の意識を培う
 医療行為に伴う危険性を専門的知識と経験から予知し,予防していくことが専門職には求められる。ヒヤリとした経験の具体例や,安全確保のために個々に工夫していることや努力していることを出し合うことで,相互に意識を高めていくことが重要である。また,職種間の横断的なつながりを強化するため,多職種が合同で事例検討を行う合同研修の開催も有効である。

(3) 医療従事者の卒前教育及び研究の推進

 医療従事者の養成過程において,医療事故の防止に関する教育を確実に実施していくことが必要である。卒前教育において,安全で患者に安心感を与える医療の提供は,医療従事者に求められる基本的な責務であることを認識させることが重要である。現在,国公私立大学医学部共通のモデルカリキュラムが専門家によって検討されており,安全管理に関する教育の明確な位置づけに期待したい。
 また,大学病院の特性を十分に踏まえた医療事故の防止に資する研究を推進し,同時に専門家の充実を図っていく必要がある。

7.医薬品・医療材料等の管理・取扱い

(1) 病院内での管理・取扱いの改善

 医薬品・医療材料等の誤認・誤使用は,医療事故全体の件数に占める比率が最も大きいとされ,近年の重大な医療事故にもこれにかかわるものが少なくない。個々の医療従事者,病院全体,更には医薬品メーカーなど,様々なレベルで,医薬品の誤認・誤使用を防止するための取り組みを行うことが必要である。
 個々の医療従事者においては,誤認・誤使用を防止するための各種のマニュアルを遵守することはもとより,医薬品等の整理を徹底し余分なストックを持たないなど,病棟における薬剤の保管を改善することも,誤認・誤使用を防ぐ上で極めて重要である。

 また,薬剤師が患者ごとに内服薬・注射薬(輸液を含む。)のセット渡しを実施し

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薬剤を一元管理することは,誤認・誤使用の防止に極めて重要である。薬剤の使用・管理に関しては,薬剤師の役割が重要であり,病棟における医薬品の管理・取扱い等についても,今後,より積極的な役割を果たすことが望まれる。
 誤認・誤使用を防止する上で,各種のマニュアルや,カラーシリンジ等の器具が重要であることはもちろんであるが,これらについては,病院全体に共通のものとして整備・導入を図ることが重要である。各種の工学的な医療機器についても,できるだけ機種等の標準化を図るべきであり,日頃の保守点検に万全を期す上からも,院内における機器の一元的な管理体制を整備することが重要である。

(2)全国的なシステムの構築に対する協力

 なお,医薬品等の誤認・誤使用を防ぐためには,容器や器具の形状の改善等が極めて重要であるが,この問題については,医薬品メーカーでなければ対応できない。各病院で随時にメーカーに問題点を指摘することも重要であるが,個別的な対応には自ずと限界があり,また,全国的な(あるいは更に国際的な)標準化が望まれるような問題も少なくない。
 現在,厚生省において,「医薬品等関連医療事故防止システム」の構築が進められており,各医療機関から情報を一元的に収集・解析し,業界団体やメーカーに改善を要請する制度が構想されているが,同システムが早期に効果的な形で構築されることを期待するものである。同システムが稼働した際には,国立大学病院としても,積極的に情報提供を行い,容器や器具の形状の改善等に協力したい。

8.事故発生時の対応

 「3.事故防止のための院内体制」において,事故とニアミスの区別の曖昧性や,医師の診療行為上の種々の事態がこうした概念ではとらえにくいことを述べた。事故かニアミスか,事態が病院側の過誤に起因するのかそうでないかということは極めて重要であるが,現実には,明白な単純ミスの場合ですら,当該ミスが,具体的に患者にどのような影響を与えたのか,にわかに判断し難いような場合も少なくない。
 しかし,いままさに対応しなければならない事態を前にして,こうした問題に拘泥しているわけにはいかないし,また,発生した事態への対応に当たっては,あくまで患者・家族等に対する誠実さが基本となるべきことは,病院側の過誤の有無等にかかわらず,同じでなければならないはずである。
 以下では,事故発生の際,当座にとるべき対応の基本的なポイントを上げているが,上記のような事情に鑑み,主として相当に重大な事故が発生した場合を念頭に置きつつ,事故かどうか判然としないような場合も視野に入れた内容としている。また,事故の重大性に関わらず,軽微な事故であっても,本質的には同様であると考えるので,各国立

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大学病院においては,それぞれの項目の趣旨を十分に踏まえ,状況に応じた適切な対応をとっていただきたい。

(1) 患者や家族・遺族への対応

@ 医療上の最善の処置
 医療事故であるか否かに関係なく,重大な事態の発生に当たって先ず第一になすべきことは,言うまでもなく,必要と考えられる医療上の最善の処置を講ずることである。一刻を争う状況の中で,「最善の」判断に基づいた処置を行うためには,現場の医療従事者は,速やかに責任ある立場の医師に連絡し,状況を正確に説明の上,指示を仰がなければならないし,連絡を受けた医師は,自らもまた当事者として最善の対応をとらなければならない。各部門において,常に緊急時の連絡経路を確保しておくことが必要である。

A 誠実で速やかな事実の説明
 医療事故等の事態が発生した場合には,患者や家族・遺族(以後「患者・家族等」と言う。)の身体・精神状態を考慮しつつ,事実を誠実に,かつ速やかに説明することが必要である。また,病院側の過誤が重大でかつ明白なものであれば,しかるべき責任者が,率直に謝罪を行うべきである。
 実際の場面においては,病院側の過誤が明白でない場合も多いと考えられるが,たとえ過誤の事実が明白であっても,そのことが患者の状態にどのような影響を与えたか(あるいは与えるか),直ちに明らかでないことが少なくないし,また,適切な処置により,深刻な影響を与えることを回避できた(あるいは回避しうる)という場合も想定される。しかし,過誤の事実が明白であれば,そのこと自体は正直に説明すべきであると考える。
 患者・家族等に対する説明は,必ず他の医療従事者を同席させて複数で行い,また,説明内容について診療記録に記しておくことが必要である。

B 「心情」に対する適切な配慮
 医療事故は,悲しみや怒りなど,患者・家族等の心に大きなストレスをもたらすものであるが,事故後の医療従事者の対応が,患者・家族等の心に与える影響は極めて大きい。患者・家族等は,隠し立てのない事実の説明と率直な謝罪,事故の再発防止への真摯な取り組みを求めており,こうした思いに誠実に対応することは極めて重要である。求めがあれば,診療録等も開示すべきであると考える。事故の結果について最早取り返しがつかないのであれば,事故後の対応で最も重視さるべきことは,患者や家族・遺族の「心の傷」を,できるだけ拡大させないことであると言っても過言ではない。
 医療行為の過誤の存在について,病院と,患者・家族等とで見解が相違している場合であっても,過度に防御的な態度は厳に慎むべきであり,相手の心情を思いやる節度ある対応が望まれる。

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(2) 警察署への届出

 医師法により,異状死体については,24時間以内に所轄警察署に届け出ることが義務付けられている(注1)。医療事故が原因で患者が死亡した可能性がある場合に,医師法の規定に従い届出を行わなければならないか否かについて,本作業部会が明確な解釈を提示することはできないが,同法の規定は,司法警察上の便宜を図ることを目的としたものであるとも言われることから,医療行為について刑事責任を問われる可能性があるような場合(注2)は,速やかに届け出ることが望ましいと考える。
 判断に迷うような場合であっても,できるだけ透明性の高い対応を行うという観点から,先ずは速やかに警察署に連絡することが望ましいと考える。

注1)医師法第21条
 「医師は,死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めるときは,二十四時間以内 に 所轄警察署に届け出なければならない。」

注2)医療行為について刑事責任を問われる可能性がある場合は,一般に,@患者が死亡するなど結果が重大であって,A医療水準から見て著しい誤診や初歩的ミスが存在する場合であると言われている。なお,患者が既に末期的な状況にあり,当該医療事故は,その死期を早めたに過ぎないと考えられるような場合でも,そのことで法的に免責されるわけではないとされる。

(3)重大事故の公表

  @ 社会に対する説明責任
 国の機関は,すべからく国民の的確な理解と批判の下に運営されることが必要であり,その活動の実態について社会に対する説明責任を適切に果たさなければならない。
 国立大学病院においても,このことは同様であり,重大な医療事故が発生した場合は,すすんで事故の事実を正確かつ迅速に公表することが必要である。具体的にどのような医療事故について公表すべきか,もとより一義的に定めることは困難であり,個々の事故の実状に即して考えるほかないが,およそ警察署に届出ないし連絡するような医療事故については,その公表について検討する必要があると考える。

  A プライバシーの尊重等
 医療事故について公表する場合,患者のプライバシーに最大限の配慮を払うべきことは言うまでもない。患者の秘密について職員が守秘義務を負うことは,刑法並びに国家公務員法にも定めるとおりである。
 しかし,事故の事実関係を適切に説明するためには,患者の病状等について言及することが必要な場合も少なくない。このため,事故の公表に先立ち,患者や家族・遺族ときちんと話し合い,ここまでは公表して良いという範囲を明確に決めておくことが望ましい。
 なお,当該医療事故に関わった医療従事者についても,もとよりその氏名等は公表してはならない。医師や看護婦などの職種名は公表すべきであるが,所属する診

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療科などは,患者の特定につながる可能性もあるので,公表する場合には患者又は家族・遺族の了解を取るべきである。

(4)当事者に対する配慮

 およそ病院において故意にミスを犯そうとする者がいるはずはない。医療事故に関わった当事者は,ミスが明白なものであれば,当然自責の念にかられている。経験の浅い医療従事者等に対して,自覚を促し緊張感を高めるためには,時に厳しく注意することも必要であろうが,感情的な叱責は,事故あるいはニアミスの事実を正直に申告しにくい雰囲気を職場に形成することにつながり,事故の再発防止という観点からは有害である。
 とりわけ,ミスが重大な結果を引き起こしたような場合には,当事者は,患者や家族・遺族に対してはもとより,事態がマスコミ等で大きく報道されれば,病院の他の職員に対してもいたたまれない思いにかられ,通常の精神状態を保つことすら困難になりがちである。こうした当事者の立場をよく理解し,組織として適切な配慮を講ずることは極めて重要である。

(5) 事故原因等の調査

 医療事故が発生した場合は,病院として,速やかに事故原因を調査究明し,再発防止に万全の措置を講ずることが必要である。事故が重大であれば,事故調査委員会を設置し,病院長自らが同委員会を主導して調査に当たるべきである。
 また,事故をきっかけとして,病院の運営体制やそこでの医療従事者の意識など,改めて病院全体の構造的な問題にまで遡って検討を深めるべきと考えるような場合には,病院の在り方そのものについて第三者の率直な批判を仰ぐという観点から,いわゆる外部評価委員会を設置するということも有意義であると考える。
なお,明白な事故ではなくとも,患者が死亡するなど重大な結果が生じたことについて,医療行為の妥当性に疑問が存在するようであれば,病院として,自ら真摯に事実を明らかにし,遺族等に説明すべきである(ただし警察署に届出や連絡をした場合は,以後の対応について当局の指示を仰ぐことは当然である。)。調査に当たっては,客観性を確保するため,遺族の意向も斟酌しつつ,病院と特別な関係を有さない外部の第三者(複数名)の意見を求めることが望ましい。また,病理解剖を行う際には,遺族の了解を得るに当たり,希望するのであれば他の医療機関に解剖を依頼することもできる旨申し添えることが必要である。

(6) 緊急連絡体制の整備

 上記に述べたような対応については,迅速性が求められることはもとより,しばしば高度に本質的な「判断」が求められるものである。警察署への連絡や,重大事故の公表などは,病院の管理者としての病院長の判断が不可欠である。また,学長や大学

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本部に対する連絡なども考慮しなければならない。
 病院長と,病院長を補佐する事故防止・安全問題担当の副病院長並びに事務部長は,重大事故の際の対応に中心的な役割を果たすものであり,常に緊急時の確実な連絡経路を確保しておくことが必要である。

(7)事故発生時における対応の心構え

 前にも述べたとおり,およそ病院において故意にミスを犯そうとする者がいるはずはない。しかし,ミスを隠す行為をとることは可能であり,ミスを犯した後,直接の当事者のみならず,事実が伝わっていく各段階において,ミスの秘匿・隠蔽という形での「故意」が,対応に忍び寄る余地が存在する。
 しかし,故意は過失よりも厳しく処断されることを忘れてはならない。「事故隠し」が発覚した後に悔いても最早手遅れである。このような意味において,医療事故の発生を見た際には,当事者は自己の保身を考慮すべきでないし,幹部職員は病院(あるいは病院内の部門)の評判が傷つくこと等を考慮してはいけない。常に患者や家族・遺族に対する誠実さ,社会に対する誠実さ(事実の公表や警察への届出)を第一に対応することが必要である。

9. 安全管理の指針・マニュアルの作成等について

(1)指針やマニュアルの作成

 本年4月1日より,特定機能病院の制度改正が図られ,安全管理体制の充実を図るため,安全管理のための指針の整備,事故等の院内報告制度の整備,委員会の開催,職員研修の4つの取り組みが,承認要件,管理者の業務及び業務報告事項として位置付けられたところである。
 各国立大学病院においては,これらの事項を遵守することが必要である。本中間報告では,厚生省の通知で求められている,安全管理のための指針や,各部門ごとの安全管理のためのマニュアルについて,具体的な例を提示することはしないが,各病院において,未だこれらを作成していないところがあれば,本中間報告の内容を適切に踏まえ,早急に整備していただきたい。また,すでにこれらを整備している病院においても,本中間報告を参考としていただき,必要な点があれば,是非よりよいものに改訂していただきたい。

(2) 病院間での相互学習

 事故防止・安全管理のための取り組みは,個別の病院の中だけでは,気付かない問題や思わぬ見落としもあり,他の病院の取り組みで参考とすべき点も多いと考えられ

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る。とりわけ事故防止のための具体的な工夫や作業手順などについては,病院間で学び合うということが非常に有益であろう。近隣の国立大学病院間で,職員が相互に取り組みを見学し,率直な意見交換を行うことなども,積極的に企画されてよいのではないかと考える。

(3) 安全管理体制についての積極的な情報開示

 医療機関における医療事故防止のための安全管理体制は,患者にとっても重要な関心事項であり,事故・ニアミス報告などの秘密の保護が必要なものを除き,積極的な情報開示を行うべきである。各国立大学病院においては,安全管理のための指針を含め,本中間報告で述べてきたようなことについて,具体的にどのような形で体制を整備しているのか,見やすい形で小冊子などにまとめ,希望者に対して提供できるよう用意しておく等,適切な措置を講じていただきたい。簡便な媒体として,インターネットを活用することも一つの方法である。

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参考文献

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・ 日本看護協会.組織でとりくむ医療事故防止−看護管理者のためのリスクマネジメントガイドライン−.平成11年9月

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国立大学医学部附属病院長会議常置委員会
組織の在り方問題小委員会
医療事故防止方策の策定に関する作業部会委員名簿

(国立大学関係者)
委 員 長 玉 置 邦 彦 東京大学(副院長)
委 員 伊 賀 立 二 東京大学(薬剤部長)
磯 崎 博 司 岡山大学(中央手術部副部長)
入 村 瑠美子 東京大学(看護部長)
大 澤 進 千葉大学(検査部臨床検査技師長)
尾 首 睦 美 九州大学(看護部長)
斎 藤 憲 輝 鳥取大学(高次集中治療部副部長)
佐々木 正 寿 東北大学(放射線技師長)
佐 藤 直 樹 北海道大学(手術部副部長)
田 中 直 文 東京医科歯科大学(手術部)
玉 井 信 東北大学(副病院長)
鳥 居 修 平 名古屋大学(形成外科長)
中 村 礼 子 東京医科歯科大学(副看護部長)
濱 野 孝 子 千葉大学(看護部長)
吉 澤 靖 之 東京医科歯科大学(呼吸器科長)
(学識経験者)
太 田 秀 哉 弁 護 士
中 島 和 江 大阪大学(大学院医学系研究科社会環境医学)
オブザーバー 深 山 治 久 東京医科歯科大学(歯学部歯科麻酔科)

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医療事故防止方策の策定に関する作業部会開催状況

第1回 平成11年11月16日
第2回 平成11年12月 7日
第3回 平成12年 1月25日
第4回 平成12年 2月22日
第5回 平成12年 4月25日
第6回 平成12年 5月16日

本報告書連絡先

〒113−8655
東京都文京区本郷7−3−1
東京大学医学部附属病院総務課

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