2.現行システムによる対応 ・ 高齢者介護については、これまで福祉、医療などの現行システムがそれぞれ個 別に対応してきた。しかし、介護問題が深刻化する中で、こうした対応について 様々な問題点や矛盾が生じてきている。 (1)福祉 ・ 今日に至るまで、高齢者介護に関する公的制度として中心的な役割を担ってき たのは、「措置制度」を基本とする老人福祉制度である。 老人福祉に係る措置制度は、特別擁護老人ホーム入所やホームヘルパー利用な どのサービスの実施に関して、行政機関である市町村が各人の必要性を判断し、 サービス提供を決定する仕組みである。その本質は行政処分であり、その費用は 公費によって賄われるほか、利用者については所得に応じた費用徴収が行われて いる。 ・ このシステムは、資金やサービスが著しく不足した時代にあっては、サービス 利用の優先順位の決定や緊急的保護など大きな役割を果たし、福祉の充実に寄与 してきた。また、近年は、ニーズの多様化等を踏まえ、契約入所のモデル実施や 利用券方式の導入、事務承認制の検討が進められるなど、時代の要請に合った制 度運営の弾力化に向け関係者の努力が払われてきている。 ・ しかし、今日では、高齢者を「措置する」、「措置される」といった言葉その ものに対して違和感が感じられるように、高齢者をめぐる状況が大きく変化する 中で、措置制度をめぐり種々の問題点が生じている。 利用者にとっては、自らの意思によってサービスを選択できないほか、所得審 査や家族関係などの調査を伴うといった問題がある。被保険者がサービスを積極 的に受ける権利を持つ社会保険に比べると、国民のサービス受給に関する権利性 について大きな違いがある。 さらに、その財源は基本的に租税を財源とする一般会計に依存しているため、 財政的なコントロールが強くなりがちで、結果として予算の伸びは抑制される傾 向が強い。 我が国においては、社会保障給付費で見ても、医療と年金が9割を占め、福祉 分野は低いシェアにとどまっているが、その背景の一つには、このような福祉制 度自体の制度的な限界をあげることができる。 (2)医療 ・ 国民皆保険及び自由開業医制を基本とする我が国の医療制度は、国民の健康の 維持・増進に大きな成果を上げてきた。 その中で医療保険は、本来的には「疾病」という、全ての年齢層に確率的に発 生し得る非日常的なリスクを対象とする「短期保険」であるにもかかわらず、高 齢化等に伴い、「社会的入院」という形で介護に必要な高齢化をカバーしてきた 実態がある。我が国の場合は、福祉サービスの整備が相対的に立ち遅れてきたた め、病院などの医療施設が、これに代わる形で実質的に大きな役割を果たしてき たという背景があげられる。 ・ 介護サービスは、高齢者の残存能力の維持・向上を図るとともに、その生活全 体を支援するサービスであり、基本的に疾病の治療を目的とする医療サービスと は種々異なる面がある。このため、医療の枠組みの中での対応には、ケアのあり 方や日常的な生活に対する配慮などの面で限界があると言わざるを得ない。 また、医療保険という観点からは、入院治療を必要としない高齢者をこのよう な形でカバーすることは、医療本来の機能を歪めかねないし、高齢者介護によっ て医療保険制度が実質的に変容し、本来予定していない分野にまで医療資源が投 下されているとすれば問題がある。 (3)年金 ・ 年金制度は、基本的には高齢者の稼得能力の減少や喪失といった事態に対応死、 老後生活に要する基本的な費用を、現金給付としてカバーしようとするものであ り、国民皆年金の下で老後の所得保障に重要な役割を果たしている。しかし、一 方で介護の不安から年金等の収入が貯蓄に回り、老後生活の確保の上で有効に活 用されず、年金制度の本来機能が阻害されているとする指摘もある。 さらに、年金は、高齢者が病院や施設などに入院・入所し、医療保険や福祉な どの公的制度によって日常生活費用のかなりの部分がカバーされている場合にも、 在宅の場合と同様に支給されており、年金等によりもたらされる高齢者の購買力 が有効に介護サービスに結びついていないといった面もある。 (4)各制度の不整合 ・ このように高齢者介護については、これまで福祉、医療、年金など各制度が相 互に十分な関連をもたないままに、個別に対応してきたため、「介護」という面 からみると制度間で不整合が生じている。 (施設ケアにおける制度間の差) ・ 施設ケアにおいては、実態的には同程度の介護が必要な高齢者が、特別養護老 人ホーム、老人保険施設、老人病院といったように、本来異なる機能を有する施 設に入所している状況が見られる。そして、これらの施設は、利用手続きや利用 者負担もそれぞれ異なっている。 ┌─────────┬───────┬──────┬──────────┐ │ │ 機能 │ 利用手続 │ 利用者負担 │ │ │ │ │ (平成6年度) │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │特別養護老人ホーム│ 介護 │ 措置 │ 月額0〜24万円 │ │ │ │ │(平均約4万円) │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │老人保険施設 │ 療養・介護 │ 直接契約 │ 月額約6万円 │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │老人病院 │ 治療・療養 │ 直接契約 │ 月額2.1万円 │ │ │ │ │(他に食費1.8万円)│ └─────────┴───────┴──────┴──────────┘ (注)特別養護老人ホームの場合は所得に応じて費用徴収が行われる。 (各サービス間の連携の欠如) ・ 現状では、在宅ケアのサービスの内容や利用方法等が国民の間で必ずしも十分 に知られている状況にない。また、それらのサービスは保険、医療、福祉それぞ れの制度にまたがっており、高齢者のニーズに即した総合的なサービスの提供に 欠ける面がある。このため、在宅介護支援センター等の設置が進められているが、 今後、サービスを総合的にコーディネイトするための取組みをなお一層推進して いくことが求められている。 (5)私的保険による対応 ・ 私的保険としての介護保険は昭和63年から平成元年にかけて導入されたもので あり、保険商品としては比較的新しいものである。導入当初は販売実績も急速に 拡大したが、最近は安定傾向にある。 ・ これらの私的介護保険については、1.現金給付であるため、介護サービスに直 接結びつかない、2.保険金がリスク(年齢)に応じて設定されているため、中高 年層の場合には保険料が高額となる、3.保険会社側においても要介護認定などの 面で体制に限界があるといった指摘がある。 このため、大きな役割を期待されつつも、その普及は一定規模にとどまってい るのが現状であり、私的保険による対応も十分とは言い難い。 (6)高齢者の財産管理 ・ 高齢者の財産管理の問題については、民法では無能力者保護制度として、禁治 産・準禁治産制度が設けられており、裁判所の宣告によりそれぞれ後見人や保佐 人が指定されることとなっている。しかし、こうした制度は、裁判所が不足して いることや費用が高くつくことなどから、利用しにくいのが実情である。このた め、財産管理能力が衰えていく高齢者を実効的に保護する制度として、西欧諸国 のような「成年後見人」創設を求める意見が強い。