1.問題の所在 ・ 今日、高齢者介護の問題は、個人の人生にとってはもちろんのこと、その家族、 さらには我が国社会全体にとって大きな課題となっている。 (1)高齢社会における介護問題 ・ 高齢者介護は、まさに現代が抱える課題である。 かつて、多くの高齢者は在宅で家族に看取られながら死を迎えたが、その時代 は高齢者の数は少なく、しかも介護の期間は今とは比較にならないほど短かった。 言わば、高齢者の「最期を看取る介護」であった。 今日、生活水準の向上や医学の進歩等により、国民の半数以上が80歳を迎える 高齢社会が到来し、80歳を超えた高齢者の少なくとも5分の1は何らかの形で介 護を必要としている状況にある。介護を要する高齢者数は激増し、介護期間も長 期化しており、その意味で今日の介護は、「生活を支える介護」であり、かつて 家族が担ってきた介護とは量的にも質ts期にも大きく異なるものであると言えよ う。 このような高齢社会における介護システムを如何に構築してゆくかが、今我々 に問われている課題である。 (2)「個人の人生」にとっての介護問題 (老後生活の不安要因) ・ 老後においても、自ら望む環境で生活を続け、長い間培った人格と経験を活用 して社会に参加し、生きがいのある人生を送りたいというのは、高齢者の切実な 願いである。介護の問題は、高齢者にとって、こうした心豊かな老後生活の可能 性を喪失させる、大きな不安要因として受け止められている。 ・ 健康を損ない、何らかの介護が必要となった時には、誰がどこで介護してくれ るのか、どこに相談に行けばよいのか、日常生活を支えてくれるサービスが受け られるのかなど、高齢者が抱いている不安は多い。また、介護が必要な高齢者は、 日常生活の不自由、精神的な苦痛とともに、孤立感、自尊心や生きがいの喪失と いった状態に追い込まれる場合が多く、経済的に特別の出費を要することもある。 そして、介護サービスの整備の立ち遅れに加え、家族介護をめぐる状況や地域 社会の変貌により、できる限り住み慣れた家庭、地域で暮らしたいという高齢者 の願いはかなえられにくい状況にある。 こうしたことが、「長生きし過ぎた」、「ポックリ死にたい」といった言葉を 生むこととなっていることを、我々は直視しなければならない。 (将来設計としての問題) ・ 介護の問題は、高齢者にとどまらず、いずれ高齢期を迎える現役世代にとって も重要な課題である。家族形態の変化に伴い、今後は老後生活は一人暮らしや夫 婦のみの世帯がより一般的となることが予想される。そうした中で、多くの国民 は、将来介護が必要となった時にどのような形で生活を続けられるか、確固たる 見通しが立てられない状況にある。現役世代にとっても、介護の問題は、老後生 活の将来設計を描く上で大きな不安要因となっている。 少子化の進展により、いわゆる「1・2・4現象」という言葉に表わされるよ うに、1人の子供が2人の両親、さらに4人の祖父母を持つという状況も多く見 られるようになり、介護問題は、適切な社会的支援の施策が講じられなければ将 来一層深刻化するおそれが強い。 (3)家族にとっての介護問題 (家族の重い負担) ・ 我が国の高齢者介護は、家族による介護に大きく依存しており、介護にかかる 社会的コストは半分以上は家族が担っていると見込まれている。 そうした中で、心温まる介護を続け高齢者を支えている家族は多いが、同時に、 家族の心身の負担は非常に重くなってきている。介護の必要な高齢者数の増加、 介護内容の困難化、介護期間の長期化、介護者自身の高齢化などのいずれをとっ ても、昔とは比較にならないほど事態は深刻化している。 ・ 例えば、食事、入浴、排泄の世話による疲労や睡眠不足、時間的拘束などから、 家族が身体的にも精神的にも大きな負担を負っている場合がしばしば見られ、家 族はまさに「介護疲れ」の状態にある。経済面を見ても、施設入所に比べ重い負 担となっている。こうしたことにより、家族間の人間関係そのものが損なわれる ような状況も見られる。 (介護サービスの立ち遅れ) ・ このような問題が生じている最も大きな要因は、介護の必要な高齢者の増加に 比べ、高齢者やその家族を支援する社会的なサービスが大きく立ち遅れているこ とである。介護が必要とされる時に、近くに頼れる介護施設や在宅サービスが存 在しない、あっても手続きが面倒で時間がかかる、介護の方法など身近の問題を 相談できる相手がいない、介護に関する総合的な相談窓口がない、といった数多 くの問題点が指摘されている。 ・ また、我が国の場合には、「福祉のお世話になる」という言葉に表わされるよ うに、国民が公的福祉サービスに対し心理的な抵抗感を抱いている状況もある。 このため、限界ギリギリまで家族だけで支え、その結果家族は心身ともに疲れ 果てて、その後やっと福祉サービスに辿り着くケースが往々にして見られる。こ のようなことは、高齢者本人のためにも決して好ましいことではない。介護サー ビスをスムーズに利用できるようなシステムづくりを求める声は強い。 (高齢者と家族の関係) ・ 一方、長寿化は高齢者と家族の関係について、新たな問題を提起しつつある。 家族による介護放棄や虐待の問題が指摘されてきているほか、さらに、高齢者の 人権擁護の観点から、痴呆症に伴う財産保護や身上監護はどうあるべきかといっ た課題が提起されている。 (4)社会にとっての介護問題 (家族介護に伴う問題) ・ 高齢者介護が家族介護に大きく依存している状況は、社会経済にも大きな問題 を提起している。今日家族介護のために、働き盛りの人達が、退職、転職、休職 等を余儀なくされ、それまでの社会生活から離脱せざるを得ないような人が増え ている。このようなケースは中高年層を対象に生じることが多く、本人や家族は もちろんのこと、企業や社会全体にとっても大きな損失となっている。 ・ しかも、今日の高齢者は、家族が全て担えるような水準を超えており、高齢者 の「生活の質(QOL)」の改善の点でも、家族のみの介護には限界がある。また、 社会全体から見ると、家族による介護は、専門職が行う介護に比較して効率的と は言えない面がある。 (女性問題としての介護問題) ・ どのような統計調査の結果を見ても、家族介護の主な担い手は女性である。 介護を主婦労働に依存することは主婦にとって大きな負担となっており、特に 介護者自身が高齢化しつつある状況において、高齢女性にかかる負担は過重であ る。 また、職業を持っている女性が介護のために離職を余儀なくされているような 場合も見られるが、こうしたことは女性の職業上のキャリア蓄積の阻害要因とな るとともに、年金制度においても基礎年金の受給権は確保されるものの、厚生年 金等の受給額が低下するという現象をもたらすことになる。 さらに、介護を女性に依存することは、女性就業の促進にブレーキをかける可 能性もあり、今後労働力人口の減少が予想される中で、将来の労働市場に大きな 制約要因となってくるおそれがある。 (国民経済的に見た介護問題) ・ このように社会全体が負担している介護コストは、国民経済計算上、社会保障 給付費に計上されているものだけでなく、目に見えない形で家族や企業、さらに は高齢者本人が負っている負担も含んで考える必要がある。現在公的に負担して いる介護コストは約1.5兆円と見込まれるが、これに家族による介護コストを加 えると、全体で約3.5兆円にのぼると推計される。 このように家族介護に大きく依存している我が国の現状は、社会的な介護コス トの規模という観点からも、また、国民経済的な資源の適正配分や負担の公平の 観点からも大きな問題を有していると言える。