5.4 著作権の権利処理,標準化および流通 情報化とは,情報を技術的・経済的に処理可能な客体に化することであり,これは 情報の電子化によって具現された事態であると解される。情報学は,このような現代 的状況の要請に応えるべく構成され,またその振興が図られるべきものである。とこ ろで,情報の発展のためには,情報学研究の素材あるいは対象となるべき電子化情報 が,情報学研究者に豊富に提供される必要がある。一方,情報学研究には,基礎科学 的研究だけでなく,社会の具体的な要請に直接に応える応用科学的領域も大きいと目 される。このような応用科学的研究の成果が社会的にひろく実地に応用されることに より,わが国における情報化が適切に助長されるものと期待される。したがって,情 報学関連の制度,機構を検討にあたっては,情報学の研究促進を目的とするものと, 情報学の成果を社会に還元,定着させることをめざすものという両側面からの検討が 必要である。 情報学研究と著作権処理機構 −− 情報の電子化に伴って,情報の処理・提供方 法は飛躍的に多様化し,この傾向は,昨今多用されているマルチメディアという用語 に象徴されるように,現在ますます強まっている。そして,この種の応用を研究的に また事業的に推進しようとする立場から,著作権の問題に直接関係しなかったような 企業,研究者の参入,すなわち,彼らにおける著作権処理に関する無知,誤解に由来 する部分が大きいようである。一方,著作権者の側においても,マルチメディアなど の新しい公刊形態に対する誤解・不安という要因がある。これらは当局の啓発活動に よって逐次解消されるべきであり,各般の措置がすでに講じられているところであろ う。しかし,啓発のみによつては解決し難い部分もあり,法的あるいは制度的な方策 も検討されつつある。 情報各の研究においては,研究の素材あるいは実験試料として,各種の著作物を多 種・大量に利用することが不可欠である。現状では,何分新しい事態であるため,研 究者側と著作権利用側の双方に上記のような無知や誤解があり,個別的な利用交渉は 一般にかんばしくないようである。情報を保護する制度によって,情報学の進展が阻 害されるとすれば,これは重大な矛盾であろう。 元来,著作権法には,例えば図書の売買契約に際して,これに並行して,その内容 の利用方法を個別に著作権者と契約交渉するというよう煩瑣な過程を省略するための, 著作権利用約款の役割があると考えられる。このような著作権処理の定型化,簡素化 によって,従来型の著作物の流通は良好に維持されている。この点に鑑みると,新し い情報技術に対応した新しい形態の著作物に対しても,その利用契約に関する手順の 明確化,標準化,簡素化が望まれる。著作権審議会マルチメディア小委員会の第一次 報告(平成5年11月)にもこうした指摘があり,その初段階として,著作権の所在 をデータベース化した「著作権権利情報集中機構」の試案が提示されている。 著作物は著作権利用者の私的財産であると同時に,社会的な地位的資産でもある。 したがって,これが新しい情報技術により一層有効に活用されることは,著作権者に とつても社会全体にとっても望ましいところであり,著作権保護の意義もここにある と考えられる。この際,情報学研究を助長するような著作権処理制度,体制の整備が 望まれる。 情報資料の蓄積交換機構 −− 前項にのべた著作権処理機構を,情報学研究振興 の立場からさらに発展させると,これは,情報研究者間で共通に利用されるような情 報資料を集中したセンターの設置という構想にいたるであろう。全文データに関して, オックスフォード大学のテキスト・アーカイブズのような事例がすでに外国にあるこ とからみても,このような機構は情報学研究の振興に有効であると考えられる。 この種の機構では,研究者相互間での情報試料の交換を簡便に行いうるような機能 がまずそうていされる。しかし,より重要であるのは,研究者社会の外部,具体的に は企業などから多用な情報試料の寄託を受け,これを研究者間の共用に付するという 機能であろう。前記のように,研究者と企業等著作権者間の研究的データ利用契約交 渉は難航することが多い。大学研究者は,もとより営利的利用を目的とするわけでも ないが,権利者側では前例のないこととて理解に至らず,商業的利用のために設定さ れるような高額の使用料を提示することもあろう。このような価格は研究者からすれ ばほとんど禁止的なものであり,結局利用を断念するというような例が聞かれる。情 報試料の公的な蓄積交換機構の整備は,このような事態を打開するために有効に機能 すると期待される。 標準化の研究と標準化機構 −− 情報の良好な流通を確保するためには,適切な 標準の制定と普及が不可欠である。従って情報に関連する標準化は,情報学における 重要な研究テーマとなる。これまで,標準化は当該技術の実用化,普及段階での事項 とされ,標準化それ自体は研究の対象になっていない。産業論,技術論の一端として 事後的,歴史的な議論がなされることはあるが,現在および将来の標準化は扱われな い。情報化の進行に伴って,情報関連の標準化は社会的に重大な意味をもつようになっ ているから,これを情報学の研究領域に正当に位置づけて,科学的基礎に立脚した検 討を行うことは大いに有意義であろう。 ところで,近年情報関係では,公的な立案・審議過程を介さない,デファクト・ス タンダードが重要な地位を占めるようになっている。これには,技術進歩の高速化に 対して,審議の時間のかかる公的な制定機構が対応できないということが要因である と考えられる。また,ファイル形式やプログラム・インターフェースのようなソフト ウェア的に簡単に実現される規約の類については,研究者の任意団体による規約が次 第に普及し,企業的製品化がこれに追従するというような,新たな現象も現れている。 このような情報分野における「標準のソフト化」ともいうべき状況に対して,標準化 機構はどのようにあるべきか,さらに検討する必要があろう。