3.3 農業情報 (1)農業情報の特徴 (1.1)研究分野の多様性 農業研究の分野は,生物の改良・機能の解明,生産の場としての物理的・生物的環 境の解明・制御,環境に人為的に投入される資材の開発・改良・管理,農業基盤整備, 機械化,施設化・農作業の効率化,農業・農村計画,農家経営の改善,農業生産同行 の解析・予測,食品の安全性・高品質化など多様であり,研究手法も自然科学から人 文科学まで広範囲でしかも扱われる情報も多種・多様である。さらに,最近では農業 農村の活性化,環境保全,国土保全機能農業の持つ多面的機能の向上が重要な研究課 題となっている。 (1.2)情報の特徴 これら研究を推進するにあたって扱われる情報の特徴の第1は,時・空間的広がり をもつとともにその構造が複雑である場合が多いことである。例えば,過去の品質育 成の記録は次の育種戦略の策定にあたって重要な情報源であるが,世代を追って様々 な文雑と選抜の繰り返しによって得られたデータは,容易にモデル構造を定式化でき ない複雑さをもっている。第2に画像でしか把握できない特性が多いことである。例 えば,作物の草姿や群集落の特性などは農業上重要な情報であるが,これを数値化す ることは容易ではなく画像情報として扱わなくてはならない。第3にデータ量が巨大 化しつつあることである。近年多様なセンサーと通信技術の発達により農業環境や植 物成長のモニタリングの進歩は著しく,収集・蓄積されるデータは極めて増大してい る。また,広域的農業情報を把握するために衛星等リモートセンシングデータの活用 が必要であるがその量も巨大である。 情報利用の特徴としては,様々なデータの総合的利用が必要なことである。例えば, 農業資源の効率的利用,農業生態系の保全等の研究のためには,人工衛星データ,地 理データ,気象データ,土壌や植生の調査データ等々,様々なデータの総合利用が必 要である。また,データの多くは,制御が難しい生物・環境の複雑な交互作用を含ん でいる。さらに,環境条件の変化に対応して適切な技術対応を行うために,データの リアルタイム利用の問題などがある。 (2)情報研究の課題 農業情報の特徴と関連して農業分野における情報研究の課題をいくつか挙げる。 (a)巨大情報の管理・処理方法 農業で扱われるデータの多様化と巨大化に対応して,新たな情報処理手法の開発が 必要である。例えば,データのもつあいまいさを適切にモデル化し迅速に情報の抽出 を可能にする情報システムの開発,圃場データや環境データの自動計測における誤差 やノイズの制御等,計測に関連した新しい応用数学的手法の開発などがある。 (b)システム科学的手法 作物とそれをとりまく環境の複雑な現象を把握し,その変動を適切に予測するため に,主要な手段としてシステム科学的手法の開発・適用が必要である。農業における システム研究においては,システム全体の時間的・空間的挙動を決定する要素を抽出 し,そのモデル化を行うことが主要な課題である。 (c)データベースの開発 大量でしかも多岐にわたるデータの総合的利用はデータベースの整備と利用を前提 にしてはじめて可能になるものであり,データベースの必要性は極めて大きい。しか もこれらを商用データベースに依存することはできないので,農業に必要なデータベー スおよびその利用システムは農業分野で主体的に開発しなければならない。 (d)農業農村の高度技術化,高度情報化 農業農村の活性化のための諸方策,農業の持つ多面的機能の解明と維持増進,地球 的規模の農業問題などに情報研究の関わりは大きい。その1つとして地域農業情報シ ステムの確立の問題がある。これらは他分野へ依存できるものではなく,農業分野独 自の問題として対応しなければならない課題である。 (3)情報研究の展望 現在,農業における情報研究は情報の計測・収集手法,管理・蓄積手法,情報シス テム化手法など広範囲に実施されているが,必ずしもうまく進んでいるとは言えない。 それは情報学専門の研究者がいなかったこと,組織的な研究体制がなかったこと及び 情報研究の成果を正当に評価する認識に欠けていたことによるものと考えられる。し かし,最近は農業分野にも情報工学,電子工学専攻の研究者がわずかではあるが加わ るようになり,また,研究体制も整備されつつある。 今後,情報学の発展が農業情報研究に大きなインパクトを与えてくれることを期待 する一方,農業情報の特徴的な研究が,かって例えば近代統計学が生物学や農業試験 の情報処理から発祥したように,他の分野へ貢献できる可能性があることを期待した い。