3.1 医療情報 (1)医療情報学の現状 (1−1)全体として見た時の現状 日本の医療情報の分野は,実用面では一部で高い水準の保健医療情報システムが稼 働しているが,全体的なポリシーが欠けているために,システムが相互に連携しない 形で作られ,多くの無駄や非効率な点が見られる。また,データに基づき客観的な意 思決定をする習慣がないため,情報システムが医療機関の運用効率の追及に使われ, 情報を収集・分析して意思決定に使うという認識が少ない。 一方,研究面では,日本で生まれたイノベイティブな医療情報関連技術は少ない。 医療関連の新しい情報は,ソフトウェアの形で生まれることが多いが,日本ではソフ トウェアの価値に対する認識が少ないことも上記の理由の一つであろう。 (1−2)それぞれの情報システムの現状 医療機関では,病院情報システム及び診療所のシステムの普及が目ざましい。特に, 大病院では医師や看護婦が直接端末機を使ってコンピュータと対話するシステムへ向 かっている。診療所では,保険請求のコンピュータ化から利用がはじまったが,最近 では,これらをネットワーク化して医療に必要な情報を得る方向へ向かっている。特 に,保険請求業務を医療機関から支払基金まで磁気化した形で連携させる巨大なシス テムを作る計画が進んでおり,このシステムが稼働すればその影響は大きいであろう。 また,一部の地域では,ICカードや光カードを使った患者情報の管理が実験されて いる。医療機関のね,救急医療,臓器移植などの専門化された領域では実用化されて 使われている。 このように全体的にコンピュータ利用は進んでいるが,いわゆる病歴を全てコンピュー タ化して紙の病歴をなくすことについては,まだ可能となっていない。それは,法制 的な問題もあるが,画像の入出力がまだ実用的レベルに達してないためである。 コンピュータとは,やや異なった問題であるが,映像通信を医療に利用して遠隔地 の患者や在宅の患者を診療しようというシステムが興味をもたれており,「遠隔医療」 という名称で呼ばれている。これは,離島や脳外科領域など専門化された場面では実 用化されているものもあり,またハイビジョンの応用など興味ある実験も多く行われ ている。 (1−3)医療情報学研究の現状 上記のような情報システムを支えるために多くの研究が行われているが,その方向 は,次の6つの方向に大別されよう。即ち第一は「情報化時代の患者情報のあり方」 であり,「紙」の病歴が既に時代に合わないため,より効率的で正確な記録方式を求 めて多くの研究が行われている。第二は「情報化時代の医学知識のあり方」であり, 激しく移り変っていく知識を迅速にまた適切な形で医師に届けることは重要な研究課 題である。多くのエキスパートシステムなどが研究されたが,今は論理よりは知識ベー スの形成と伝達の重要性がより強く認識され,この意味から病院と医学図書館を連携 させることなどが研究課題となっている。また,最も基礎的な問題として,医学用語 やシソーラスを作っていくことも重要な研究課題であると認識されている。第三は 「情報化時代のマネージメントのあり方」であり,これまで情報に基づいた意思決定 が十分行われていなかったという反省にたって,情報システムを最大限に利用したマ ネージメントのあり方が研究されている。第四は「医療情報ネットワーク」であり, これはコンピュータネットワークの研究の中で生まれた技術をどう実際面に生かすか の研究である。特に画像関連の情報ネットワークに興味が持たれている。第五は「医 療画像技術の研究」であり,今はアナコログ映像の利用が研究されているが,これが 将来はディジタル画像としてコンピュータネットワークに統合されるという展望の下 に研究が行われている。第六は「医療情報のデータ保護」であり,これは上記のすべ てを含む最も重要な医学上の研究課題である。 以上は,医療の中での情報学の課題を述べたが,医学に関連しては,基礎医学にお ける情報学の重要性も高まっており,Bioinformaticsという言葉も生まれている。最 近の遺伝子や蛋白質の研究,薬剤の開発などには情報学は欠かせないものになってい る。 (2)医療情報学の展望 研究における展望は,既に現状の項に含めて述べたので,ここでは政策的な意味で の展望を述べたい。医療における情報学は応用されてこそ意味があるが,医療は社会 システムであるために,その応用は学問の発達のみでは不可能で,社会にそれを受け 入れる基盤を作っていかなければならない。その意味で政策が重要であるが,ここで いう政策とは,政府の政策のみをいうのではなく,医学界,医師会などの医療関係者, 産業界,行政などを含むすべての人々の認識をいう。 今後重要な政策的課題として,ここでは次の7つをあげておきたい。紙面の関係で これらを詳細に論じることはできないので,興味のある方は末尾の文献を参照された い。 (1)医療情報政策を討議する場の創設,(2)ソフトウェアの価値の認識, (3)医療情報関連技術の標準化の促進,(4)情報を利用することに対する経済基 盤の確立,(5)情報技術応用の障害となる法令の見直し,(6)一般人への医療情 報の提供の原則の確立,(7)情報技術を用いた国際医療協力 参考文献 開原成允,桜井恒太郎,大江和彦,長瀬淑子: 日本の医療情報学・今後5年の課題 医療情報学(印刷中)1944