1.病院情報システムの標準化は何故必要か。  標準化を推進しなければならない理由は2つある。第一は医学上の理由、第二は経 済上の理由である。医学上の理由についてはいまさら指摘するまでもない。それぞれ の病院の情報システムが構築されても、互いに医療情報の伝送や共同の臨床統計を行 うことが出来なければ病院情報システムの価値は半減する。病名や医学用語の標準化 は勿論、診療記録データベースや開発途上にあるいわゆる「電子カルテ」などについ ても共通の仕様になっていることが望まれるし、コンピュータシステム間においても 互換性が保証されねばならない。  これらの医学上の問題は従来より指摘され続けられてきたことであるが、第二の経 済上の理由が今回本委員会が設けられた大きな理由である。これまで、国立大学病院 情報システムのソフトウエアについては、開発経費、使用料、維持費などの負担が曖 昧にされてきたが、文部省は、ソフトウエア有償化の方向で病院情報システムの予算 化を検討し始めている。その場合、各大学病院が個別にソフトの開発を行ったのでは 重複投資を招きかねないことから、標準的なソフトを開発して共同で使用することを 条件に、ソフト有償化の予算を計上する方針を文部省は病院長会議および事務部長会 議で発表している。この流れを受けて、本委員会はこの方針を実施するための具体的 な方法を検討すると共に必要な作業を行う場として設置されたのである。  以上が、本委員会が設けられた経緯であるが、文部省、大学、メーカーいずれの立 場からも標準化の必要性が強調されているこの時機に可及的速やかに実施可能な具体 案を提案することが必要であると考える。 2.病院情報システムの標準化の対象と手順  一口に標準化といってもさまざまなレベルがあり、比較的簡単に実行できるものか ら、世界の動向などを見ながら長期的に計画しなければならないものまである。例え ば、図1は、標準化の様々な対象課題を、その性格や他の対象との関連を考慮しつつ 仮に7つのレベルに分類してみたものである。レベルが下になる程、情報自体の基本 的な標準化を示しており、上に行く程コンピュータ技術に関連した標準化となってい る。しかし、これらは全て相互に関連しており、下の基礎的な情報の標準化ができれ いる程、上のレベルの標準化は容易となる。  標準化の実行にあたっては、この図に示すような7つのレベルを理解しつつ、可能 なものから標準化を実施して行くことが現実的と思われる。この分類で、レベル5、 レベル6、レベル7は、いずれも極めて重要で早く実現を望みたい対象課題であるが、 医療情報だけの問題でなかったり、メーカー相互の国際的な標準化と関係する問題で あるので、本委員会としては早期解決の要望を産業界に対して行うにとどめざるを得 ない。レベル4は、病院の業務システムの相違によって、他の病院と同じ情報システ ムを使用することができないという問題であるが、これは本委員会で検討するより、 病院長会議や事務部長会議を通じて、標準化された病院情報システムに合わせて、業 務内容や業務手順を改める努力を病院管理者に対してお願いしなければならない。同 じ国立大学病院であるから共通の業務も多くあり、これらは標準化できる可能性は非 常ひ大きいはずである。したがって、本委員会で標準化のための検討対象として扱え るのは、主として、レベル1,2,3となる。 図1 標準化のレベルによる対象課題の分類 レベル7 OSの標準化 (異メーカーのHWで同一のAPが動く) レベル6 システム間インターフェース標準化 (データフォーマット、授受媒体/通信方式規約) レベル5 DBの標準化 (情報公開規定、相互アクセスの規約) レベル4 業務システム標準化 (機能、運用操作の統一) レベル3 出力帳表標準化 (出力項目、帳表レイアウトの統一) レベル2 マスターテーブル標準化 (マスターテーブルの共同整備) レベル1 用語・コード体系標準化 (用語の定義、同義語の整理、コードの統一) レベル1.用語とコード体系の標準化 (1)病名コード  ICD10に準拠したコードを用いる。ICDの病名は病理学的命名が多くて、臨 床になじまないものがある。したがって、臨床で用いられる病名を列挙して、これと ICD10との対応表を作る必要がある。病院毎に分類体系やコードに対応する病名 が異なることを最少にしなければならない。このため、先行して対応表を作成した大学はこれを資料として公表し、デルファイ方式で統一化を図ることも一計であろう。  なお、UMINの病名小委員会は、MEDIS−DCと共同で、ICD9とICD 10との対応表を作成中(平成5年9月完成予定)であるので、現在、ICD9を採 用している大学は、これを参考としてICD10への移行を計画されることを勧めた い。 (2)医療機器・医療材料の統一コード  病院物流管理システムを開発するためには、医療機器や医療材料についての標準的 なコード体系の整備が不可欠である。医療機器や材料の種類は膨大で、医療機器販売 会社の取り扱い品目は30万種にも上るといわれる。コード化に先立って、商品の規 格化や標準化を行い、種類を大幅に減らすことを業界に望みたいが、短期間には困難 であろう。そこで、現在市販されているすべての機器や材料を識別するためのコード 体系とそれに基づく機器・材料データベースを早急に整備して、標準的な物流管理シ ステムの開発に取り入れるべきであろう。  日本医療機器関係団体協議会は、昭和62年に日本商品分類に採用された標準を作 成した。以来、改定と拡張を図ってきており、最近では、「医療機器・用品分類19 91」を発行し、さらに標準バーコードシステムの研究も行っている。また、受発注 の情報化を進めるために、業界共同の物品供給センターを設立するに至っている。本 委員会では、これらの現状を今後調査して、ユーザーと病院情報システムの立場から 評価を行い、機器・材料のコード標準化の推進を図りたい。 (3)医学用語の標準化  診療記録の電子化とその医学的活用は、病院情報システムの次の大きなテーマであ るが、このためには医学用語の標準化を避けては通れない。  わが國における医学用語標準化の活動は早くから行われていて、日本医学会や数多 くの分科会が用語集の編纂に取り組んできた。しかし、これらの活動は専門分野の視 点から行われる事が多く、相互の連絡が乏しく、日本医学会もこれらを取りまとめる には至っていない。  一方、米国では、1970年代から国際的な標準化をめざしての活動が活発で、代 表的なものでは、図書館学の面からの MeSH (Medical Subject Heading)、病理 学からSNOMED (Systematized Nomenclature of Medicine) が公表され、19 90年代になってからは、これらを統合するものとして、米国国立医学図書館(Na- tinal Library of Medicine NLM) によってUMLS (Universal Medical Language System) が開発されつつある。用語の標準化活動は、初期には用語の表記方法を統一 することに目標が置かれていたが、次第にそれぞれにコードを対応させて体系化しコ ンピュータでの利用を考慮したものに移行し、最近は、用語間の意味関係や文章中で の使用方法など、文法的な情報も収録したものに発展している。これは、電子化され た診療記録などの自然語解析が指向されるようになったためである。  わが国での医学用語の標準化活動は、1970年代以前の初期的なものに留まって いるが、本格的な国際的情報交換の時代を前にして、国際的な活動と歩調を合わせる 必要があり、今後は、 SNOMED や UMLS をベースとして、日本語の用語シ ソーラスを開発すべき時機にあると思われる。この問題は、本委員会の扱う枠を越え た大きな問題であるが、議題の一つとして取り上げ、意義や必要性についての提言を 行いたい。 レベル2.マスターテーブルの標準化  病院情報システムで使われているマスターテーブルは大小合わせると70−90に 達し、代表的なものだけでも表1に示す通りである。これらのマスターテーブルの多 くは病院毎に異なるため登録に多大の時間を要している。しかし、多くのマスターテ ーブルは統一化が可能とみなされるので、統一が実現できて磁気媒体で提供されれば これを各メーカーのシステムに適用することは容易である。  表の★印は、現在、厚生省と医師会が中心になって結成した「レセプト電算処理基 本マスター懇談会」で平成5年度内完成を目標に標準化作業が進められているもので 本委員会はその成果に期待したい。残りのものについては、国立大学病院がリーダー シップを発揮して進めてゆくことが使命だと考えられるので、優先順位や作業組織・ 作業手順について本委員会で引き続き検討したい。 表1 マスターテーブルの概要と標準化対象候補 区  分 マスターテーブル名 患 者 属 性  住所、職業、生活習慣  保険記号・番号 病  歴  病名、部位、修飾語(急性度等)  専門分野別診断(IRD,SNOMED等)  特異体質 診 療 行 為  投薬注射用法、同手技 ★処置 ★手術 ★麻酔 ★検査 ★画像診断その他 看 護 関 係  患者状態(ADL)  看護計画 薬 剤 関 係 ★医薬品、薬効  副作用等補足情報 医療材料 関係  特定器材  医療器械・器具 検 査 関 係  検体(材料)  採取管 食事 その他  食種、献立  食品 病 院 組 織  部署(病棟、科、その他部門)  職員(職種、職務、職制) 財 務 関 係  勘定課目  予算費目  業者(メーカ、問屋、その他) レベル3.出力帳表(病院管理帳表)の標準化 (1)出力帳表(病院管理帳表)の現状及び問題点  病院管理用の帳表は、院内の各業務用資料から報告資料(定型・非定型)まで多種 に及ぶが、同種の資料であっても出力様式は各大学により異なり、各大学の運用及び 処理に合わせたものとなっている。  帳表の作成方法は、ジャーナルより作成する場合、医事DBより作成する場合、統 計ファイルより作成する場合などがあり、基本的統計は統計ファイルより作成が可能 である場合が多いが、各大学によりシステムが異なるため処理内容も違い、統一がと れていない。  一般的に、システムを構築する際に管理用統計についての計画的配慮がされておら ず、後になって担当部署が必要に迫られて処理をやり繰りすることが多く、効率的な 処理及びタイムリーな情報把握ができていないのが実情である。  また、管理帳表のとり扱いについての院内のルールが明確でない場合が多く、対外 的担当窓口もまちまちのため、情報の一貫性についても問題がある。 (2)病院管理帳表の標準化について  上記のごとき問題点はあるが、大学病院相互の比較や全国集計を容易にするという こと、ソフト開発経費の効率化を図るということ、の二つの目的から、可能なかぎり 標準化を実施すべきであり、以下の方針で病院管理帳表(出力)の標準化を進めるこ とを提案したい。 1)国立大学病院資料(文部省高等教育局医学教育課編)を基礎とし、標準化を進め   るべき基本的帳表類を設定する。 2)上記1)と併せ、当面、基本的な月報・年報等の帳表の標準化を進展させる。 3)このほか、各大学独自の帳表についても可能な限り上記1).2).の趣旨に沿った標   準化を進めることとする。 3.新しいプログラムの共同開発について  病院情報システムはまだまだ未熟であり、今後、新しいプログラムを次々開発する 必要がある。これらのプログラムを開発する際、上記のレベル1−4の標準化が行わ れておれば、ほとんどカスタマイズ不要のプログラムを複数の大学病院が共同で開発 できるはずである。少なくとも同一メーカー内では可能であろう。たとえ異機種への 移植が不可能だとしても、プログラムの仕様は統一できるはずである。(仕様書の標 準化については後述する。)  そこで、プログラムを共同で開発するためには、どのような開発体制を整えればよ いであろうか。メーカー毎にユーザー会議を設けて新規プログラム開発についての事 前合意を形成しておくことや、先行して開発に当たる大学がその内容を予め他の大学 に知らせて意見を取り入れておく、などの方法が議論されたが、まだ結論を出すにい たっていない。ソフト開発費についての文部省の予算配分法に合わせて、開発体制に ついての提案をまとめる予定である。 4.ソフトの有償化について  ソフト有償化についてのメーカーからの要求は、メーカー保有のOSなど基本ソフ トの使用料、プログラムパッケージの使用料、医療費改訂時などプログラム維持費、 新規プログラム開発費である。これに対して、ユーザー側は、既存のパッケージは主 として大学病院と共同開発してきた共有財産であることやこれまで無償で通してきた 経緯などから、有償化するにしてもカスタマイズ部分にとどめるべきで、むしろ、新 しいプログラムの開発にこそ資金を投入すべきだとの見解をメーカー側に伝えた。こ の問題については、本委員会が結論を出す立場ではなく、いずれ文部省で検討される ことになろう。 5.仕様書の標準化について  同じタイトルのプログラムでありながら、同一メーカー内でも大学毎に内容が異な っているのが現状である。メーカーが異なるとその差異はさらに顕著である。これは、 大学毎の業務の違いにもよるが、大学が提示する仕様書自体がプログラムの定義を明 確に記述していないことにも起因している。ソフトの有償化と標準化の推進を目指す なら、まず、仕様書をより明確な記述に改めることから始めねばならない。たとえば、 あるプログラムを定義するには、どのような型式のデータを入力して、どのようなテ ーブルを参照して、どのような処理を行い、どのような出力をどのような形式で出す かが、記述されてなければならないはずである。記述が明確であれば、後にトラブル を生じない契約が可能であるし、メーカーが設定したソフト価格の妥当性についての 評価も行える。上記のように定義されたプログラムの一覧表(メニュ−)をメーカー が用意しておいて、ユーザーは予算に応じて選択し、仕様書を作成すればよい。標準 化が進めばメーカーが異なってもメニュウに書かれているプログラムの定義は同じは ずである。本委員会では、このような標準的な仕様書作りのための提案を行うようメ ーカーに要請している。  なお、ソフトの品質保証に関して、国際標準化機構(ISO)が1991年6月に ISO 9000-3 という保証システムを定めており、わが國においても適用される方向に ある。今後、病院情報システムの仕様書作成や契約に際し参考となろう。 6.病院情報システムの評価  これは標準化と直接関係することではないが、ソフト有償化と平行して取り組まね ばならない課題である。病院情報システムは、大学病院の合理化促進経費として配分 された予算で運用されているのであるから、これによって大学病院の機能がどのよう に改善されたかという自己評価を行わねばならない。その結果によって次の予算が決 定されるのが筋であろう。とくにソフトの有償化が実施されれば、ソフトの価格とそ のソフトによってもたらされた結果の価値との比較検討が必要である。  病院の機能は多面的で、これを評価するための標準的な尺度も確立されていないが、 本委員会では、1)患者サービス面の改善、2)職員労務内容の改善、3)病院経営 管理面での改善、4)診療・教育・研究面での効果、の4つの観点から病院情報シス テムの評価を行うのが適当ではないかという意見が出ている。それぞれについてどの ような方法で評価するかについては、それぞれの大学病院で独自に検討していただき、 将来は標準的な評価方法を本委員会で検討してもよいと考えている。 おわりに  標準化は重要なことであるが、標準化だけに囚われると個性や独創性を摘み取り、 進歩を阻むことになりかねない。本委員会の活動も、この点に留意して進めて行く方 針であるが、病院情報システムで競わねばならない標的は、コンピュータシステムや ソフトの些細な差異ではなく、病院情報システムによって得られた医療・医学上の成 果に置かれねばならないはずである。この観点から、病院情報システムの標準化推進 にご協力いただきたいと願っている。  なお、今後、標準化についてのご意見をUMIN上の掲示版(UMIN−BBS) 「ネットワーク運営委員会」へお寄せいただき、速やかに合意を形成して行きたいと 考えている。