2.[解説]医薬品の適正使用について   漢方製剤の適正使用について  漢方製剤の副作用に関しては、使い方(いわゆる証)の誤りで生じるものと、その ものの薬理学的作用に基づくものに分けられる。したがって、漢方製剤の副作用を減 じるためには「証」を理解し、「証」に従った処方をすることが大切である。今般、 漢方製剤の使用上の注意に「患者の証を考慮し投与する」旨の記載を行った。 表1 六病位の概括 +−−+−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |  |病位  |主要症候              |部位と性質    | +−−+−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |陽証|太陽病期|悪寒・発熱、頭痛、項背部のこわばり、|表の熱証     | |  |    |疼痛、関節痛、脈浮         |(真熱表仮寒 1)) | |  +−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ | |少陽病期|悪心、嘔吐、食欲不振、胸内苦悶、胸脇|半表半裏の熱証  | |  |    |苦満、弛張熱、脈弦         |         | |  +−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |  |陽明病期|腹満、便秘、口渇、身体深部の熱感、稽|裏の熱証     | |  |    |留熱、脈実             |         | +−−+−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |陰証|太陰病期|腹満、心下痞こう、腹痛、食欲不振、下|半表半裏および裏の| |  |    |痢、腹の冷え、脈弱         |寒証       | |  +−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |  |少陰病期|全身倦怠、手足の冷え、背部悪寒、胸内|裏の寒証に表、半表| |  | |苦悶、下痢、脈沈細弱 |半裏の寒証が加わる| |  +−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ |  |厥陰病期|口内乾燥、胸内苦悶、下痢(不消化)、|裏の極度の寒証(と| |  |    |全身の冷え、ときに顔面などの熱感  |きに真寒表仮熱2))| +−−+−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ 注1)真熱表仮寒:本質的に熱証であるのに表の表層のみに偽寒証を呈するもの。 注2)真寒表仮熱:本質的に寒証であるのに表の表層のみに偽熱証を呈するもの。 (1)証について  証の定義は、「患者が現時点で呈している病状を陰陽・虚実、気血水、五臓など漢 方医学のカテゴリーで総合的にとらえた診断であり、治療の指示」である。  ここで「現時点で」という理由は、漢方医学においては疾病は流動的なものと理解 しており時々刻々変化するものと認識しているからである。つまり、「証」は固定し たものではない。  証を特徴づけるもう一つの事柄は、患者の呈する個々の症状を個別に理解するので はなく、陰陽や虚実というような概括的なカテゴリーを当てはめることである。  このカテゴリーについて以下に概説する。 (2)陰陽・虚実の認識による証の決定  闘病反応の様式が総じて熱性で発揚性のものを陽の病態という。この病態では発熱 や自覚的な熱感があり、顔面紅潮や口渇がある。これに対して、生体反応が寒性で沈 降性のものを陰の病態という。悪寒がみられ、また、耐寒能が低下し、顔面の蒼白、 四肢末梢の冷えなどを呈するものである。  流動・転変する病態を陰陽のカテゴリーで認識するものとして、六病位の概念があ る(表1)。  陽の病態を三つのステージに分類すると、太陽病期、少陽病期、陽明病期になる。  太陽病期は急性感染症の初発の時期にあらわれるもので、橈骨動脈が浮き上がり、 頻脈を呈し、悪寒と発熱、頭痛などを示す。これら一群の症候をまとめて、太陽病期 と認識する。太陽病期に相当し、自然発汗がなく、橈骨動脈が充実し、後頭部、後頚 部にこわばりを認めた場合、これを一括して「葛根湯の証」という。一方、同じく太 陽病期に相当しても自然発汗の傾向があり橈骨動脈の緊張に乏しいものは「桂枝湯の 証」と認識される。この二つの証の相違は虚実という用語で区別することもできる。 葛根湯の証は太陽病期の実証であり、他方、桂枝湯の証は太陽病期の虚証である。生 体反応が充実しているか虚弱であるかによって症状を把握するわけであり、太陽病期 においては、橈骨動脈の緊張度がこの虚実判定の有力な情報となる。  陽の病態の第2ステージを少陽病期という。急性感染症においては症状発現後の5 〜6日を経過したものがこのステージに移行するものが多い。午前中は平熱で夕方に なると微熱が出、食欲不振、口の苦みなどを呈する。また、多くの慢性疾患は、この ステージにとどまる。この際、微熱傾向、食欲不振、白〜黄色の舌苔を呈し、冷えや 耐寒能の低下は伴わない。このステージにおける虚実の判定は腹壁トーヌスと橈骨動 脈の緊張度によってなされる。胸脇苦満は左右の肋骨弓下部に筋性防御が出現し、こ の部を圧迫すると不快感を自覚するという症候である。この胸脇苦満を呈し、少陽病 期のステージにある場合には柴胡を主剤とする一群の漢方薬の証としてよい。胸脇苦 満の程度と虚実によって証が確定する。すなわち胸脇苦満が中程度にみられ、腹壁の トーヌス、橈骨動脈の緊張も共に中程度であれば「小柴胡湯の証」である。これより も腹壁のトーヌスが充実し、脈の緊張もよく、便秘傾向がある場合には「大柴胡湯の 証」である。他方、腹壁のトーヌスが弱く、橈骨動脈の緊張に乏しく、更に胸脇苦満 の程度もわずかである場合には「柴胡桂枝乾姜湯の証」と判定される。  更に詳細な点については成書に譲るが、第1ステップとして、太陽病期、気血水の 異常など基本病態を認識する。第2ステップとして虚実の概念や特異的な症状をとら えて証を決定する。 (3)証に従った漢方治療  先に述べたように、証は固定したものではなく、変化する。その変化に応じて逐次 修正をするのが証に従った漢方治療である。 「証」の診断が適切であったか否かは漢方製剤を投与してその応答によって判断する。  方剤の方格と証とは、“key and lock”の関係にあり、各々の漢方方 剤の持つ作用スペクトルとその病態スペクトル(方格)を医師の側に集積しておく必 要がある。図の原点が生体にゆがみのない状態であり、病態によってゆがんだ状態を 原点に戻すのが、方剤に基づいた漢方の治療といえる。例えば、図1(省略)で当帰 芍薬散と桃核承気湯はいずれも更年期障害の適応を持つが、証が異なり、その方格は 全く逆である。更年期障害の患者で当帰芍薬散の適応病態にある症例に誤って桃核承 気湯を投与すると、生体は更に陰性で虚性の方向に向かって偏位してしまい、下痢、 冷え、倦怠感などが引き起こされる。逆に桃核承気湯が用いられるべき症例に当帰芍 薬散を投与すると、身体の熱感、のぼせ感、倦怠感などがあらわれ、疾病は治癒しな い。  以上、漢方医学における証の基本概念について一つの考え方を述べた。今後、漢方 製剤の適正使用のために役立てれば幸いである。 <<使用上の注意(下線部追加改訂部分)>> <漢方製剤>〉 一般的注意  本剤の使用にあたっては、患者の証(体質・症状)を考慮して投与すること。なお、  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  経過を十分に観察し、症状・所見の改善が認められない場合には、継続投与を避け  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ること。  〜〜〜〜 <参考文献> 1)寺澤捷年:症例から学ぶ和漢診療学、医学書院、東京(1990) 2)中村謙介他:漢方方意ノート、丸善・出版事業部、東京(1993) 3)矢数道明編:質疑応答 漢方Q&A、日本醫事新報社、東京(1991)             (富山医科薬科大学医学部和漢診療学講座 教授 寺澤捷年)