3.[解説] 医薬品適正使用のために

  血漿分画製剤とパルボウイルスB19感染リスクについて



 パルボウイルスB19は1984年に伝染性紅斑(リンゴ病)の病原ウイルスとし

て認知、命名されたウイルスで、一般的に飛沫感染により一過性の感染を起こすが予

後は良好であることが知られている。今般、各種血漿分画製剤中にパルボウイルスB

19のDNAがPCR法(ポリメラーゼ・チェーン・リアクション法)で検出された

とする文献が企業より報告された。パルボウイルスB19は他のウイルスに比べて加

熱や膜(フィルター)などによる不活化・除去が容易でないため製剤中への混入の可

能性を否定し得ないこと、また本ウイルス感染症が一般的には予後良好であるものの、

一部患者において感染した場合には重篤な症状を招くことがあるとされているため、

血漿分画製剤の使用上の注意事項を変更し、これら患者への使用に際し注意を喚起す

ることが適当と考え、関係企業に指導した(平成8年11月11日)。



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|成分名               |該当商品名            |

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|乾燥濃縮人アンチトロンビンIII  |アンスロビンP(ヘキスト)他   |

|乾燥濃縮人血液凝固因子抗体迂回活性複|ファイバ(日本臓器)       |

|  合体              |                 |

|乾燥濃縮人血液凝固第VIII因子  |クロスエイトM(日赤)他     |

|乾燥濃縮人血液凝固第IX因子    |ノバクトM(化血研)他      |

|乾燥人血液凝固第IX因子複合体   |プロプレックスST(バクスター)他|

|乾燥濃縮人血液凝固第XIII因子  |フィブロガミンP(ヘキスト)   |

|加熱人血漿たん白          |プラスマネート・カッター     |

|                  |         (バイエル)他 |

|乾燥濃縮人C1−インアクチベーター  |ベリナートP(ヘキスト)     |

|トロンビン(ヒト由来)       |トロンビン−ミドリ(ミドリ十字)他|

|人ハプトグロビン          |ハプトグロビン‐ミドリ      |

|                  |         (ミドリ十字) |

|乾燥人フィブリノゲン        |フィブリノゲンHT−ミドリ    |

|                  |         (ミドリ十字) |

|フィブリノゲン加第XIII因子   |ティシール(日本臓器)他     |

|フィブリン             |フィブリン膜(柔軟)(ミドリ十字)|

|活性化プロトロンビン複合体     |オートプレックス(バクスター)  |

|人血清アルブミン          |赤十字アルブミン(日赤)他    |

|人免疫グロブリン          |グロブリン−ミドリ(ミドリ十字)他|

|乾燥イオン交換樹脂処理人免疫グロブリ|ガンマガード(バクスター)    |

|  ン               |                 |

|抗HBs人免疫グロブリン      |ヘパトセーラ(化血研)他     |

|乾燥抗HBs人免疫グロブリン    |ヘブスブリン(ミドリ十字)他   |

|乾燥抗D(Rho)人免疫グロブリン |抗D人免疫グロブリン‐ミドリ   |

|                  |         (ミドリ十字)他|

|乾燥スルホ化人免疫グロブリン    |ベニロン(化血研)        |

|抗破傷風人免疫グロブリン      |テタガムP(ヘキスト)      |

|乾燥抗破傷風人免疫グロブリン    |テタノブリン(ミドリ十字)他   |

|乾燥プラスミン処理人免疫グロブリン |メリューVG(メクト)      |

|pH4処理酸性人免疫グロブリン   |ポリグロビンN(バイエル)    |

|乾燥pH4処理人免疫グロブリン   |サングロポール(富士レビオ)   |

|乾燥ペプシン処理人免疫グロブリン  |ガンマ・ベニンP(ヘキスト)他  |

|ポリエチレングリコール処理人免疫グロ|ヴェノグロブリン−IH      |

|  ブリン             |         (ミドリ十字) |

|乾燥ポリエチレングリコール処理人免疫|ヴェノグロブリン−I(ミドリ十字)|

|  グロブリン           |              他  |

|乾燥ポリエチレングリコール処理抗  |ヘブスブリン−I(ミドリ十字)  |

|  HBs人免疫グロブリン     |                 |

|乾燥ポリエチレングリコール処理抗破傷|テタノブリン−I(ミドリ十字)  |

|  風人免疫グロブリン       |                 |

|ヒスタミン加人免疫グロブリン    |ヒスタグロビン(日本臓器)他   |

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(1)パルボウイルスB19とその感染症について

 パルボウイルスB19はエンベロープ(脂質膜)を持たない極めて小さいDNAウ

イルスで、赤血球の前駆細胞や胎児肝細胞など分裂が盛んに行われている細胞で増殖

する。

 本ウイルスの感染経路は主として飛沫感染であり、流行期における抗体保有率は各

年齢層によって違いはあるが36〜89%であるとされる。本ウイルス感染症で最も

一般的な症状は小児に好発する伝染性紅斑(リンゴ病)で、成人においては多発性の

関節炎が知られている。これらの症状は一般に軽度で、予後も良好であり、また不顕

性感染も小児で30%、成人では60%程度もあるとされる。これらのことから、そ

の感染はごく普通にみられ、危険性の比較的少ないウイルスであると考えられている。

 しかしながら、妊婦に感染した場合には流産、胎児水腫や胎児死亡の原因となるこ

とがあり、また免疫不全患者や免疫抑制状態にある患者においては持続性感染による

持続性の貧血が、溶血性貧血や失血性貧血の患者においては aplastic crisis(無形

成造血障害発作)が起こることがあるとされている。



(2)血漿分画製剤によるパルボウイルスB19感染の可能性

 このたび報告された英国の文献(文献1)の要旨は以下のとおりであった。

・アルブミン12ロット中3ロット、凝固第[因子製剤7ロット中7ロット、静注用

 免疫グロブリン製剤15ロット中3ロット及び筋注用免疫グロブリン製剤4ロット

 中3ロットに、PCR法でパルボウイルスB19のDNAが検出された。

・これら製剤の原料血漿プール75ロット中64ロット(85%)にDNAが検出さ

 れた。

 上述のように本ウイルスはエンベロープを持たずウイルス粒子径も小さいため、有

機溶媒/界面活性剤処理による不活化や、膜(フィルター)による除去が他のウイル

スよりも難しく、また熱にも強いために、他のウイルスに比べ加熱処理による不活化

も難しいという特性を持っている。PCR法でDNAが検出されたことをもって製剤

が感染性を持つとは言い切れないが、このようなウイルス特性を考えれば、DNAの

存在が感染性を示していると考える方が安全対策上妥当であると考えられる。

 また臨床的には、製剤投与後にパルボウイルスB19に感染し、発熱、発疹、関節

痛、ヘモグロビン低下、好中球減少症、汎血球減少症や敗血症などの症状を呈した例

が、凝固第VIII因子製剤(文献2、3)、凝固第IX因子製剤(文献2、3)及

びアンチトロンビンIII製剤(文献4)について海外の文献で報告されている。

 以上の事実関係や、スクリーニング段階での適切なチェック方法が開発されていな

いことなどを考慮すれば、血漿分画製剤によってパルボウイルスB19が感染する可

能性は否定し得ない状況であり、一部患者においてはその感染が重篤な症状につなが

ることがあるとされているため、血漿分画製剤の「使用上の注意」を変更し、それら

患者への使用について注意を喚起することとした。なお、免疫グロブリン製剤につい

ては、製剤中の抗体により感染性が失われている可能性も考えられるが、そのことを

示す十分な根拠がないため、他の製剤と同様に使用上の注意事項を変更した。



(3)安全対策

 平成8年11月11日付で使用上の注意の改訂を指示し、注意を喚起することとし

た。添付文書の追記事項は次に示すとおりである。

 対象製剤すべての「一般的注意」の項に、「血漿分画製剤の現在の製造工程では、

ヒトパルボウイルスB19等のウイルスを完全に不活化・除去することが困難である

ため、本剤の投与によりその感染の可能性を否定できないので、投与後の経過を十分

に観察すること。」を追記し、「慎重投与」の項に、「溶血性・失血性貧血の患者(

ヒトパルボウイルスB19の感染を起こす可能性を否定できない。感染した場合には、

発熱と急激な貧血を伴う重篤な全身症状を起こすことがある。)」「免疫不全患者・

免疫抑制状態の患者(ヒトパルボウイルスB19の感染を起こす可能性を否定できな

い。感染した場合には、持続性の貧血を起こすことがある。)」を追記し、「妊婦へ

の投与」の項を、「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。本剤の投与によ

りヒトパルボウイルスB19の感染の可能性を否定できない。感染した場合には胎児

への障害(流産、胎児水腫、胎児死亡)が起こる可能性を否定できないので、妊婦又

は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断され

る場合にのみ投与すること。」と改めた。

 なお、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人が「禁忌」となっているヒスタミン

加人免疫グロブリンについては「一般的注意」「慎重投与」の項のみを上記のとおり

改めることとした。

 今回の使用上の注意事項の変更により、血漿分画製剤がより適切な判断のもとに有

効活用されることが期待される。



<参考文献>

1)Saldanha, J., et al.:Br. J. Haematol., 93:714-719(1996)

2)Santagostino, E., et al.:Lancet, 343:798(1994)

3)Yee, T.T., et al.:Br. J. Haematol., 93:457-459(1996)

4)Mosquet, B., et al.:Therapie, 49:471-472(1994)