1.α−グルコシダーゼ阻害剤と低血糖症状

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| 成分名            | 該当商品名             |

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|アカルボース          |グルコバイ(バイエル薬品)      |

|ボグリボース          |ベイスン(武田薬品工業)       |

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|薬効分類|糖尿病用剤                          |

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|効能効果|(アカルボースの場合)                    |

|    |インスリン非依存型糖尿病における食後過血糖の改善(ただし、食事|

|    |療法・運動療法によっても十分な血糖コントロールが得られない場合|

|    |の追加療法に限る)                      |

|    |(ボグリボースの場合)                    |

|    |糖尿病の食後過血糖の改善(ただし、食事療法・運動療法を行ってい|

|    |る患者で十分な効果が得られない場合、又は食事療法・運動療法に加|

|    |えて経口血糖降下剤若しくはインスリン製剤を使用している患者で十|

|    |分な効果が得られない場合に限る)               |

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(1)経緯並びに症例の紹介

 α−グルコシダーゼ阻害剤は糖質の消化・吸収を遅延させ、食後の過血糖を改善す

る作用を持つ糖尿病用薬であり、アカルボースが平成5年10月1日に、ボグリボー

スが平成6年7月1日に承認されている。これら薬剤はインスリンやSU剤とは異な

り、直接に血糖を降下させる作用はないが、他の糖尿病用薬と併用すると低血糖症状

が発現する可能性があること、及び二糖類の消化・吸収を遅延させることから、低血

糖症状が認められた場合にはショ糖ではなくブドウ糖を投与する必要があることより、

その旨を「使用上の注意」の冒頭に記載し注意を喚起してきた[本情報No.129

(平成6年12月号)]。

 一方、平成6年度の品目指定副作用調査に指定するなど、低血糖症状の発現状況に

注目してきた。薬剤との因果関係は必ずしも明確ではないが、これまで他の糖尿病用

薬非併用時に低血糖症状が発現した例(アカルボース:15例、ボグリボース:3例)

が報告されていることから、非併用時における低血糖症状の発現について平成8年5

月に「使用上の注意」に記載し、注意喚起を行った。

 アカルボースで報告された15例の性別は、男12例、女3例で、年齢は1例が1

5歳で、その他の症例は50〜84歳であった。合併症としては高血圧症5例、脳血

管障害、虚血性心疾患、高脂血症が各3例等であった。低血糖発現時に血糖が測定さ

れていた9例の検査値は18〜70mg/dLで、その他の6例の血糖値は測定され

ておらず、冷汗等の低血糖様症状のみの報告例であった。血糖値が最も低値(18m

g/dL)を示した症例は長期の低栄養状態にあった83歳の患者で、グルコースの

静注により最終的には回復したが、低血糖状態の遷延化が認められた。本症例では、

低血糖発現4日前より尿路感染症が発症しており、糖消費の促進状態に陥っていたと

も考えられる。本症例と同様に高齢で、食事摂取が不十分といった共通要因が認めら

れた2例も含めて3例を表1に紹介する。

 ボグリボースで報告された3例はいずれも肝硬変を合併しており、3例とも男性で、

年齢は45〜56歳であった。3例中2例は血糖値の低下とともに冷汗、脱力感等の

症状を呈し、他の1例は、本剤の投与開始3日目の朝食2時間後に血糖値の低下(5

8mg/dL)を認めたのみで、特に自覚症状は伴わなかった例である。3例とも程

度は軽度で、ボグリボースの投与継続で消失した例が1例、ブドウ糖を摂取の上、ボ

グリボース投与の中止により軽快した例が1例、ボグリボースの投与を中止したが、

ブドウ糖摂取等の処置は特に行わず消失した例が1例であった。なお、これらの3例

はいずれも低血糖の診断基準(血糖値:50mg/dL以下)を満たしていない。

 ボグリボースで報告された3例のうち1例を表2に紹介する。



(2)安全対策

 アカルボースでの報告例では、低血糖との因果関係を完全に除外することはできな

いものの、低栄養状態や合併症など他の要因も考えられる症例が多い。また、血糖未

測定例の中には必ずしも低血糖とは断定できない症例も含まれており、アカルボース

と低血糖との因果関係は未だ明らかではない。ボグリボースで報告された例は、いず

れも肝硬変を合併しており、本剤についても因果関係は必ずしも明らかではない。し

かしながら、他の糖尿病用薬が併用されていない患者における低血糖の発現という重

要な情報であることより、他の糖尿病用薬非併用時における低血糖症状の発現につい

て「使用上の注意」に追記し、注意喚起を図っている。

 なお、α−グルコシダーゼ阻害剤投与時に発現した低血糖例にはショ糖ではなく、

ブドウ糖を投与し、血糖値を確保してから食事(補食)などを摂取するのが望ましい

と考えられる。



(3)報告のお願い

 他の糖尿病用薬非併用時の低血糖症状の発現に注意する必要がある。アカルボース、

ボグリボースの両剤ともに今後同様の症例を経験した場合には報告をお願いしたい。



<<使用上の注意(下線部追加改訂部分)>>

<アカルボース>

その他

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 低栄養状態又は食事摂取が不十分な高齢の患者において、他の糖尿病用薬非併用時

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 に、低血糖又は低血糖症状が発現したとの報告がある。

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 また、他のα−グルコシダーゼ阻害剤(ボグリボース)で、重篤な肝障害のある患

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 者において、他の糖尿病用薬非併用時に、低血糖症状が発現したとの報告がある。

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<ボグリボース>

その他

〜〜〜

 重篤な肝障害のある患者において、他の糖尿病用薬非併用時に、低血糖症状が発現

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 したとの報告がある。

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 また、他のα−グルコシダーゼ阻害剤(アカルボース)で、低栄養状態又は食事摂

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 取が不十分な高齢の患者において、他の糖尿病用薬非併用時に、低血糖又は低血糖

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 症状が発現したとの報告がある。

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表1 症例の概要(アカルボース)

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|No.1                             企業報告|

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|患者 性          男                      |

|   年齢         83歳                    |

|   使用理由[合併症]  糖尿病[糖尿病性腎症]            |

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|1日投与量・投与期間:200mg、約1年5ヵ月間             |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|アカルボース投与開始約1年5ヵ月後の午前3時頃、右上肢と顔面のピクつきが発|

|現した。症状は処置せずにすぐに消失した。午前8時、右上肢と顔面の痙攣が出現|

|。食事及びアカルボースを含むすべての投薬を中止。その後意識レベルが徐々に悪|

|化。午後0時45分、低血糖(18mg/dL)が判明。50%ブドウ糖60mL|

|、20%ブドウ糖40mL、コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム500mgを静|

|注。午後6時、血糖値53mg/dL。痙攣消失し、意識レベルも改善。更に50|

|%ブドウ糖40mLを静注。翌日の午前6時、血糖値112mg/dL。意識レベ|

|ルはほぼ回復。                              |

|本症例は低血糖が発現する約1年3ヵ月前に脳梗塞再発、以後日常生活動作低下の|

|ため、在宅看護が難しくなり、長期入院していた(食事摂取量は不全麻痺のためこ|

|ぼすことが多く、1000kcal/日程度であった)。また、低血糖発現4日前|

|から尿路感染症が発症し、熱発が認められていた。              |

|                                     |

|臨床検査値                                |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|          投与   投与   投与    投与中止  投与中止 |

|          2ヵ月後 1年後  1年5ヵ月後 16日後   44日後  |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|空腹時血糖(mg/dL)  111    86    18     82        |

|HbA1C  (%)   7.8    6.0    5.4              |

|体重    (kg)   55                    41.2  |

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|併用薬:テプレノン、アスピリン・ダイアルミネート、ワルファリンカリウム、 |

|    メチル硫酸アメジニウム、パンテチン、酸化マグネシウム、バルプロ酸 |

|    ナトリウム、イミペネム・シラスタチンナトリウム          |

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|No.2                             企業報告|

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|患者 性          男                      |

|   年齢         84歳                    |

|   使用理由[合併症]  糖尿病[高血圧症、脳梗塞、末梢神経障害、痛風]|

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|1日投与量・投与期間:150mg、17日間                |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|本症例は飲酒歴60年で、毎日90mLの飲酒をしていた。グリベンクラミドで血|

|糖値200〜300mg/dLとコントロール不良のため、アカルボースに切り替|

|えられた。アカルボース投与開始17日後に朝起き上がれず、寝たきりで両腕・両|

|足がしびれると往診の依頼があった。昼食時の往診では、口調ははっきりしている|

|が、寝たきりの状態。前日からほとんど食事摂取できていないとのことであった。|

|午後1時の空腹時血糖値は56mg/dL(血圧160/60mmHg)で、低血|

|糖状態による脱力であろうと判断された。血糖は角砂糖3個をなめさせた30分後|

|に90mg/dLまで回復した。アカルボースの投与を中止するとともに、マルト|

|ース加乳酸リンゲル、複合ビタミンB剤、アスコルビン酸、肝臓エキス・フラビン|

|アデニンジヌクレオチドを4日間点滴投与した。アカルボース投与中止3日後、食|

|後血糖値は216mg/dLと元に戻ったが、なお立ち上がれなかった。麻痺はな|

|かった。                                 |

|                                     |

|臨床検査値                                |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|          投与   投与   投与中止 投与中止 投与中止   |

|          15日後 17日後 翌日   2日後  3日後    |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|空腹時血糖(mg/dL)  131    56    110               |

|食後血糖 (mg/dL)                 156    216     |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|併用薬:メシル酸ジヒドロエルゴトキシン、ペントキシフィリン、イデベノン、 |

|    バルプロ酸ナトリウム、アロプリノール、塩酸ニカルジピン、フロセミ |

|    ド、スピロノラクトン、ジソピラミド                |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|No.3                             企業報告|

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|患者 性          女                      |

|   年齢         67歳                    |

|   使用理由[合併症]  糖尿病                    |

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|1日投与量・投与期間:150mg、約3ヵ月間               |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|1400kcal/日の厳格な食事療法にもかかわらず、食後血糖219mg/d|

|L、HbA1C7.0%であったため、アカルボースの投与を開始した。アカルボー|

|ス投与開始97日後、朝食前に服用したあと、通常量の朝食を摂取したところ、午|

|前11時頃、急に手指振戦、しびれ、全身倦怠感、冷汗等の低血糖症状が発現した|

|。ブドウ糖6g摂取により回復した。特に下痢などの消化器症状はなかった。アカ|

|ルボースの投与を中止した。                        |

|                                     |

|臨床検査値                                |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|          投与前  投与  投与  投与  投与   投与中止 |

|               18日後 24日後 53日後 84日後  8日後  |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|空腹時血糖(mg/dL)  124       115   99            |

|食後血糖 (mg/dL)  219    137           115    99   |

|         (食後   (食後        (食後  (食後   |

|          1時間)  2.5時間)       2.5時間) 2.5時間)|

|HbA1C  (%)   7.0       6.8   6.6            |

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|併用薬:なし                               |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+



表2 症例の概要(ボグリボース)

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|No.1                             企業報告|

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|患者 性          男                      |

|   年齢         45歳                    |

|   使用理由[合併症]  糖尿病[アルコール性肝硬変]         |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|1日投与量・投与期間:0.6mg、6日間                 |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|ボグリボース投与開始2日目の血糖値は96mg/dL。3日目朝食前に本剤服用|

|し、午前8時に朝食摂取(ご飯茶碗1杯)。午前10時20分に血糖値の低下発現|

|(血糖値58mg/dL)。自覚症状はなく、特に処置はせず。以後血糖値は正常|

|となる。4日目の空腹時血糖値95mg/dL。5日目の空腹時血糖値96mg/|

|dL。6日目の空腹時血糖値92mg/dL。ボグリボース投与開始6日目にボグ|

|リボース投与中止。                            |

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|併用薬:なし                               |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+