2.[解説]医薬品の適正使用のために

  輸血用血液製剤とGVHDについて



 輸血医療は、生命の危機に臨んで、ほかに代替する方法がないため、緊急にとらざ

るを得ない医療である。今般、厚生省薬務局安全課適正使用推進室に、マイクロサテ

ライト診断法が確立された1993年以降より1996年3月までに、マイクロサテ

ライト診断法により確認された29例の輸血後GVHD(graft−versus−host 

disease) 症例が報告されその全例が死亡している。これらの報告には担癌患者の手

術や心臓手術などで輸血が必要と思われる状況において発生した症例が25例あるが、

担癌患者手術後の貧血の是正のために輸血が行われた例もあった。輸血を行う場合は

適応を十分に考慮し、必要不可欠な場合にのみ、必要な量に限って使用するよう医療

関係者に注意を促し、また、輸血後GVHDの予防手段として放射線の照射が有効で

あり、可能な場合には実施すべきこと、また、併せて自己血輸血の採用をできる限り

考慮するべきことを医薬品緊急安全性情報により注意喚起した(平成8年4月12日)。

なお、今回の措置は、出血により生命の危機に瀕するなどの特別な輸血の適応状況で

の未照射輸血用血液の使用については、何ら言及するものではない。



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| 成分名            | 該当商品名             |

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|人全血液            |人全血液CPD「日赤」(日赤)    |

|                |人全血液ACD「日赤」(日赤)    |

|ヘパリン加新鮮血液       |ヘパリン加新鮮血液(日赤)      |

|人赤血球濃厚液         |赤血球M・A・P「日赤」(日赤)   |

|                |濃厚赤血球「日赤」(日赤)      |

|洗浄人赤血球浮遊液       |洗浄赤血球「日赤」(日赤)      |

|白血球除去人赤血球浮遊液    |白血球除去赤血球「日赤」(日赤)   |

|合成血             |合成血「日赤」(日赤)        |

|新鮮液状血漿          |新鮮液状血漿「日赤」(日赤)     |

|人血小板濃厚液         |濃厚血小板「日赤」(日赤)      |

|人血小板濃厚液HLA      |濃厚血小板HLA「日赤」(日赤)   |

|解凍人赤血球濃厚液       |解凍赤血球濃厚液「日赤」(日赤)   |

|解凍人赤血球浮遊液       |解凍赤血球浮遊液「日赤」(日赤)   |

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|副作用 |GVHD                           |

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(1)輸血とGVHD

 輸血後GVHDは輸血血液中に存在するリンパ球が患者体内で非自己として排除さ

れずに、逆に患者組織を攻撃する病態であり、通常輸血後1〜2週間で発病し、発熱、

皮膚の紅斑、下痢、肝障害、骨髄低形成による汎血球減少などの症状を呈し、有効な

治療法がない現状では極めて致死率の高い疾患といわれている。

 リンパ球を含む血液製剤が全て発症の原因となり得ること、これらの血液製剤の放

射線照射がリンパ球を不活化し、輸血後GVHDの発症を防止し得ることなどから、

輸血を必要とする患者から輸血後GVHD発症の高リスク群を抽出し、輸血血液に放

射線照射を行うように日本輸血学会から提言されている。



(2)発症のメカニズム

 移植片細胞対宿主反応(GVHR;graft−versus−host reaction)の概念が注目

されるようになったのは、骨髄移植後の重篤な合併症として知られるようになった1

970年代になってからであり、更に近年になり輸血後GVHDに関する報告が増加

してきている。

 GVHRは”移入されたTリンパ球が異なった型の宿主の組織適合抗原を識別して

活性化され、宿主組織を攻撃することによって起こってくる一連の反応”と定義され

るが、この反応が起こるためには、次の三つの条件が必要である。

 a.移入される細胞の中に反応性のリンパ球が存在する。

 b.移入細胞と宿主の間には遺伝的に決められている移植抗原の差がある。

 c.宿主は移入細胞を拒絶(排除)しない。

 輸血後GVHDは欧米に比べ、我が国でその発症頻度が高いといわれているが、そ

の原因として考え得ることは、

 a.新鮮血液の使用が多い。

 b.HLA(ハプロタイプ)のホモ接合の供血者からそのHLAハプロタイプを持

  つヘテロ接合の患者への輸血が行われる頻度が高い。

などである。

 すなわち、新鮮血輸血を極力避けること、bの可能性が高くなる近親者間輸血を避

けることは発症予防という観点で重要である。

(3)発症頻度

 日本胸部外科学会のアンケート調査により1981〜1986年の間に心臓手術を

受けた63、257例中96例に輸血後GVHDが発症していたことが明らかとなり、

これは659例に1例の割合である。1991年に、日赤血液センターが行った全国

アンケートの調査の結果では、171例の輸血後GVHD症例の存在が明らかとなっ

たが、その内訳をみると、心臓外科手術が34%と多かったほか、担癌患者手術例が

36%と多いことが注目された。それ以外では、新生児などでの報告がある。

(4)診断

 輸血後GVHDの診断は、典型的な臨床症状を呈するときは比較的容易であるが、

発症初期や不全型では重症感染症、薬剤アレルギーなどとの鑑別が必要な症例では診

断は困難なことも少なくない。

 通常、輸血後1〜2週間で躯幹から全身に広がる紅斑と発熱が出現、紅斑は全身に

広がり、紅皮症へと進展する。下痢もほとんどの症例で伴う。

 検査所見では、トランスアミナーゼが高値を示し、ビリルビン値も増加する。最も

重要な点は、著明な汎血球減少症の出現であり、骨髄は低形成を示す。

 皮疹の生検は診断に必須であり、表皮基底細胞の空胞変性、壊死、表皮角化細胞の

好酸性変性壊死、表皮真皮内の裂隙形成による水疱形成などがみられる。重要なこと

は免疫組織学的に細胞障害性Tリンパ球の表皮内浸潤を証明することである。確定診

断は、末梢血液中に患者本人のリンパ球と供血者由来のリンパ球が生着増殖してキメ

ラ状態にあることを証明することであり、マイクロサテライトDNA多型を指標とす

る方法が用いられることが多い。マイクロサテライトDNA法とは、爪又は輸血前血

液と輸血後の血液からDNAを抽出し、5種類のマイクロサテライトに特異的なプラ

イマーを用いたPCR法で増幅後マイクロサテライトの繰り返し数の違いを電気泳動

で比較する。爪又は輸血前血液と輸血後の血液とで電気泳動度が異なればGVHDと

診断される。

(5)具体的注意点

 残念ながら現時点では有効な治療法がなく、ほとんどの症例が死の転帰をとる。し

たがって、重要なことは、発症の予防であり、そのために、以下の点に注意すること

が強調されている。

 a.輸血療法は、その副作用発現と治療上の有用性を十分考慮した上、適正かつ最

  少必要限にとどめる。

 b.新鮮血の使用、近親者間の輸血はできる限り避ける。

 c.輸血後GVHDのハイリスク・グループと考えられる患者への輸血用血液には

  放射線照射を行う。

 輸血後GVHDのハイリスク・グループは、先天性免疫不全症、造血幹細胞移植患

者、胎児・未熟児、胎児輸血後の交換輸血例、心臓血管外科手術例、担癌症例の外科

手術例、近親者(親子、兄弟)からの輸血例とされている。

 また、ホジキン・非ホジキンリンパ腫患者、白血病などの造血器腫瘍の患者、強力

な化学療法、放射線療法を受けている固形腫瘍を持つ患者、臓器移植を受け免疫抑制

状態にある患者、採血後72時間以内の血液の輸血を受ける場合などは、放射線照射な

どにより輸血用血液に含まれるリンパ球を不活化することが望ましいとされている。