3.[解説]医薬品の適正使用のために
 ゼラチン含有注射製剤によるアナフィラキシー反応
 
 ゼラチン含有医薬品の投与によるアナフィラキシー様症状については、既に本情報
No.128(平成6年10月号)で解説した乾燥弱毒生麻しんワクチン等で報告が
あるが、今般、ゼラチン(主に生物製剤等に安定剤、賦形剤として添加されている)
がアナフィラキシー反応の原因となったとする研究結果が報告された。ゼラチンがア
ナフィラキシー反応の原因となる可能性は十分に考えられ、特にゼラチン含有食品又
はゼラチン含有医薬品による過敏症の既往歴のある患者等には、慎重に投与を行う必
要がある。
 
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| 成分名                       | 該当商品名                               |
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|硝酸イソソルビド              |サークレス(高田)                        |
|ウリナスタチン                |ミラクリッド(持田)他                    |
|ウロキナーゼ                  |カルトキナーゼ(杏林)他                  |
|カルシトニン                  |カルシタール(山之内)他                 |
|サケカルシトニン              |サーモトニン(山之内)他                  |
|ヒアルロニダーゼ              |スプラーゼ(持田)                        |
|酢酸リュープロレリン          |リュープリン(武田)                      |
|インフルエンザHAワクチン    |インフルエンザHAワクチン(化血研)他    |
|乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン|乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン(北里研究所)|
|                              | 他                                       |
|乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチ|組織培養不活化狂犬病ワクチン(化血研)    |
|     ン                       |                                          |
|ジフテリアトキソイド          |ジフテリアトキソイド(阪大微研)他        |
|ジフテリア破傷風混合トキソイド|ジフテリア破傷風混合トキソイド(阪大微研)他|
|沈降ジフテリア破傷風混合トキソ|沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド(化血研)|
|     イド                     |                                          |
|乾燥弱毒生水痘ワクチン        |乾燥弱毒生水痘ワクチン(阪大微研)        |
|日本脳炎ワクチン              |日本脳炎ワクチン(化血研)他              |
|沈降破傷風トキソイド          |沈降破傷風トキソイド(化血研)            |
|沈降精製百日せきジフテリア    |沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチ|
|     破傷風混合ワクチン       |     ン(化血研)                         |
|組換え沈降B型肝炎ワクチン    |ビケン−HB(阪大微研)                  |
|乾燥弱毒生風しんワクチン      |乾燥弱毒生風しんワクチン(阪大微研)他    |
|乾燥弱毒生麻しんワクチン      |ビケンCAM(阪大微研)他                |
|乾燥弱毒生麻しんおたふくかぜ  |乾燥弱毒生麻しんおたふくかぜ風しん混合ワク|
|     風しん混合ワクチン       |     チン(阪大微研)他                   |
|修飾ゼラチン液                |ヘマセル(ヘキスト)                      |
+−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用                        |ショック、アナフィラキシー様症状          |
+−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
 ワクチン等の生物製剤の接種により、まれに蕁麻疹、発疹、発赤等の過敏反応があ
らわれることは、既に知られており、これまでも使用上の注意に記載するなどの情報
提供を行なってきた。また、以前から、鶏卵が過敏反応の原因となり得ることは報告
されている。近年、これらの蛋白質の精製技術は向上したが、生物製剤による過敏反
応が報告されており、含有されている別の成分の関与が疑われている。今般、生物製
剤等に安定剤、賦形剤として添加されているゼラチンが、アナフィラキシー反応の原
因ではないかとの研究結果が報告されたことから、ゼラチン含有製剤の使用上の注意
の改訂を指示したので当該文献の概要を紹介する。
 
(1)文献紹介
報告者:Kelso,J.M.,Jones,R.T.,and Yunginger, J.W.
標 題:Anaphylaxis to measles, mumps, and rubella vaccine mediaited by IgE
    to gelatin
掲載誌:J.Allergy Clin.Immunol.,91(4):867-872(1993)
 
[概要]
 報告では、まず17歳の女性がMMR(麻しん、おたふくかぜ、風しん混合)ワク
チンによりアナフィラキシー反応を発現した症例を紹介し、その後の種々の試験の結
果、彼女のMMRワクチンに対するアナフィラキシー反応はそのゼラチン成分による
ものであると結論している。
[症例]
 女性、17歳。
 身体検査とMMRワクチン接種の目的で近医受診。月齢15ヶ月時のMMRワクチ
ンでは問題なかった。身体検査結果は正常(血圧100/60mmHg)。
 MMRワクチン接種10分後、顔と手に汎発性のそう痒感と蕁麻疹、腫脹、鼻漏、
喉の腫脹による窒息感が出現。血圧70/50mmHg。エピネフリン、ジフェンヒドラ
ミン投与により軽快したが、90分後、再び喉の腫脹感を訴え、エピネフリン再投与。
救急車で著者の病院の救急科へ移送。その後6時間容態に変化はみられず、ヒドロキ
シジン、シメチジン、プレドニゾロンを処方され軽快。
 1ヶ月後、アレルギークリニックで、ゼラチンを食べると数分以内に耳や喉のそう
痒感と舌の腫脹が出現することが問診により確認された。
[方法]
a.MMRワクチン(1:10 wt/volに希釈)、各種ゼラチン(無味、ライム、チェリー、
  オレンジ)、ネオマイシン、卵についてプリックテストを行なった。
b.ゼラチン(チェリー)、MMRワクチン、麻しん抗原、ムンプス抗原、風しん抗原
 に対するIgE抗体のイムノアッセイを行った。アレルギーのない健常人の血清のIgE
 抗体の結合に対して患者の血清のIgE抗体の結合が200%以上のとき上昇している
 とみなした。
c.種々のゼラチン(チェリー、ブタ、ウシ、魚、植物(カラゲニン)、無味(no.1、2)
 )、ゼラチン加水分解物、MMRワクチンをインヒビターとして、チェリー味のゼ
 ラチンに対するIgE抗体のイムノアッセイを行なった。
d.種々のゼラチン(無味、チェリー、ブタ、ウシ、)、MMRワクチン、ゼラチン加
 水分解物をポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、患者の血清によるイムノブロッ
 ティングを行った。
[結果]
a.MMRワクチン、各種ゼラチンでは陽性、ネオマイシン、卵では陰性であった。(
 表3)。
b.チェリー味のゼラチン、MMRワクチンに対するIgE抗体の上昇を認めた(表4)。
 
表3  プリックテスト結果
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                                      患者                      対照
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  MMRワクチン                       +                        −
  ゼラチン
    無味                               +                        −
    ライム                             +                        −
    チェリー                           +                        −
    オレンジ                           +                        −
  ネオマイシン                         −                        −
  卵                                   −                        −
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
表4  IgE抗体のイムノアッセイ
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                                                IgE抗体結合*(%)
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  チェリー味ゼラチン                                1900
  MMRワクチン                                      290
  麻しん抗原                                          106
  ムンプス抗原                                        118
  風しん抗原                                            84
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−                   *対照血清のIgE抗体結合を100%とする。
 
c.植物(カラゲニン)由来のゼラチン以外はすべてほぼ同様の抑制曲線を示した。無
 味ゼラチンのno.1とno.2では阻害力が異なっていた。この違いは、加水分解の程度
 によると考えられた。
d.患者は各種ゼラチンが呈する分子量18,500から106,000の成分に対し反
 応するIgE抗体を有していた。またMMRワクチンが呈する分子量18,500付近
 のバンドに対するIgE抗体を有しており、このバンドはゼラチンによるものと考えら
 れた。
[結論]
 患者のMMRワクチンによるアナフィラキシー反応はMMRワクチンの成分である
ゼラチンによるものと考える。
[考察]
 報告されている麻しんあるいはMMRワクチンによるアナフィラキシー28例のう
ち、卵に対するアレルギーのある患者は2例のみであった。また、卵に対してアレル
ギーのある患者291例のうち、MMRワクチンによりアナフィラキシー反応を示し
た症例は2例のみであった。したがってMMRワクチンによるアナフィラキシー反応
にはおそらく卵アレルギーは関連していないと考えられる。
 
(2)安全対策
 一部のゼラチン含有製剤(乾燥弱毒生麻しんワクチン等)では、使用上の注意にア
ナフィラキシー様症状等の過敏反応があらわれることがある旨を記載し、注意喚起を
行っている。これらは実際に副作用の報告があったものであるが、他のゼラチン含有
製剤(注射剤)においても、これらの過敏症状があらわれる可能性があることから、
使用上の注意を改訂し、投与前の問診と投与後の観察を十分に行なうよう注意喚起す
ることとした。また、ゼラチン含有製剤又はゼラチン含有の食品に対してショック、
アナフィラキシー様症状等の過敏症の既往歴のある患者には慎重に投与するように注
意喚起することとした。
 
                    《使用上の注意(下線部追加改訂部分)》
〈ゼラチン含有製剤(上記一覧参照。ただし、修飾ゼラチン液は慎重投与の項のみを
追記する。)〉
一般的注意
 本剤は〔安定剤・賦形剤〕として〔ゼラチン・精製ゼラチン・ゼラチン加水分解物〕
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 を含有している。
 〜〜〜〜〜〜〜〜
 ゼラチン含有製剤の投与(接種)により、ショック、アナフィラキシー様症状(蕁
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 麻疹、呼吸困難、口唇浮腫、喉頭浮腫等)があらわれたとの報告があるので、問診
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 を十分に行い、〔投与・接種〕後は観察を十分に行うこと。
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
慎重〔投与・接種〕
 ゼラチン含有製剤又はゼラチン含有の食品に対して、ショック、アナフィラキシー
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 様症状〔蕁麻疹、呼吸困難、口唇浮腫、喉頭浮腫等〕等の過敏症の既往歴のある〔
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 患者・者〕。
 〜〜〜〜〜〜
 *〔 〕内は製剤に応じて該当するものを選択する。