2.[解説]医薬品の適正使用のために
抗精神病薬、抗パーキンソン病薬による悪性症候群(Syndrome Malin)
悪性症候群は一般に抗精神病薬の投与中、又は抗パーキンソン病薬の中止や投与量
の変更に伴い認められる高熱、意識障害、筋強剛や振戦などの錐体外路症状及び発汗
や頻脈などの自律神経症状を主徴とする症候群であり(表1)、早期に適切な治療が
行われなければ重篤な転帰をとることもある副作用である。
この中で、抗パーキンソン病薬の中止に伴い悪性症候群が発現する場合について、
典型的な例としては、ドパミン受容体作動作用を有する抗パーキンソン病薬の投与量
を減量あるいは中止した後に生じる場合が挙げられる。また、服薬中止が明らかでな
い場合の発症も認められ、これは薬剤の吸収、代謝等が変化したことにより症状が発
現すると考えられている。
安全性、有効性、適正使用の観点から本情報No.99(平成元年11月号)「解
説−向精神薬による悪性症候群」において、ハロペリドール等向抗精神薬と抗パーキ
ンソン病薬について注意を喚起し、また本情報No.126(平成6年5月号)の「
ドロキシドパと悪性症候群」においてドロキシドパについての注意を喚起し、併せて
抗パーキンソン病薬全般についても注意を喚起した。
パーキンソン病治療では、通常複数の薬剤が使用されているため、原因薬剤を特定
することは困難であるが、最近においてもこれら抗精神病薬、抗パーキンソン病薬等
による悪性症候群が報告されており、このような疾患を持つ患者に対しては、診療に
際して過去の処方などに関し十分に問診を行うなど注意をするべきであり、患者に対
しても副作用の症状の初期段階で医師、薬剤師に連絡を取るよう指導すべきである。
治療としては、抗精神病薬によるものである場合には投薬を中止、抗パーキンソン
病薬においては減量・中止時の場合は一旦もとの投与量に戻した後に漸減し、体冷却、
水分補給などの適切な処置を行う。また、薬物療法としては、ドパミン作動薬やダン
トロレンナトリウムが用いられている。これらの有用性は更に検討すべき点もあるが、
ダントロレンナトリウムは本邦で平成6年悪性症候群に対する適応が承認されており、
抗精神病薬、あるいは抗パーキンソン病薬を取り扱う医療施設では悪性症候群の発生
時の対処として考慮されるべき薬剤であると考える。
表1 臨床症状と生化学的特徴(文献1)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
%
−−−−−−−−−−−−−−−−−
秋 元 Rosebushら 山 脇
−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
|無動緘黙 89 * 81
|緘黙 * 96 *
|せん妄 3 100 *
|発熱 100 100 87
|発汗 100 100 87
|流涎 51 * 58
|流涙 46 * *
臨床症状 |頻脈 100 100 85
|筋強剛 100 92 89
|振戦 62 92 69
|嚥下困難 73 * 67
|尿閉 46 * 51
|尿失禁 ? 54 *
|血圧上昇 76 42 *
|血圧変動 5 33 56
−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
|CPK上昇 85 91 57
|LDH上昇 43 91 41
生化学検査 |ミオグロビン上昇(血中) 72 * *
|ミオグロビン上昇(尿中) 20 67 *
|白血球増多 41 75 47
|Fe低下 67 95 *
−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(*:記載なし)
(1)発現機序、原因薬剤、頻度、死亡率
悪性症候群の発現には黒質線条体−中脳辺縁系−視床下部のドパミン作動性ニュー
ロンにおけるドパミン刺激の突然の遮断が関与すると考えられており(文献1、4)、
ドパミンD2 受容体阻害作用を有する薬剤であれば古典的な抗精神病薬であるハロペ
リドールやレボメプロマジン、クロルプロマジン、スルピリドなどに限らず、制吐剤
であるメトクロプラミド、プロクロルペラジン、麻酔薬として使用されるドロペリド
ールなどの使用に伴う発症も報告されている。更に抗うつ剤であるリチウム、アミト
リプチリン、アモキサピン等の服用による報告もある(文献1、2、8)。発現頻度
は0.02〜3.23%、服用開始後30日以内に発症するものが全体の約96%を
占めており、青壮年に好発するとの報告がある。死亡率については最近は10%以下
とされているが、一般に本症候群についての知識の普及と治療法の進歩により死亡率
は極めて低くなってきている(文献2、3、8)。
(2)抗パーキンソン病薬と悪性症候群
一方、抗パーキンソン病薬の中止に伴い同様の機序で悪性症候群が発現することが
ある。典型的な例としては、ドパミン受容体作動作用を有する抗パーキンソン薬の投
与により発現した幻覚、妄想などの副作用の軽減を目的に投与量を減量あるいは中止
した後に生じる悪性症候群が挙げられる(文献4)。一方、服薬中止が明らかでない
場合の発症も認められ、これは薬剤の吸収、代謝等が変化したことにより中枢でのド
パミン刺激が低下して症状が発現すると考えられている。パーキンソン病では、通常
複数の薬剤が使用されているため、原因薬剤を特定することは困難であるが、投与中
あるいは中止・減量後に悪性症候群を認めた薬剤としてレボドパ、アマンタジン、抗
コリン薬、ブロモクリプチン、ペルゴリド、ドロキシドパなどが報告されている(文
献4〜7)。
(3)危険因子
ハイリスクグループとしては、全身状態の悪い患者が挙げられ、治療における危険
因子として、抗精神病薬であれば投与量の急激な増量、抗パーキンソン病薬であれば、
急激な減量が挙げられる(文献1、4)。また、抗パーキンソン病薬に伴う悪性症候
群では、精神症状を伴った患者や高齢者もハイリスクグループとして挙げられている
(文献4、8)。
(4)診断基準
診断基準としては様々なものが提唱されている(表2)。発現頻度の大きなばらつ
きはこれらのうちいずれの診断基準を用いるかが大きく関与していると考えられる。
しかし臨床上最も重要なことは、抗精神病薬又は抗パーキンソン病薬による治療(後
者について特に中止)の既往のある患者で原因不明の38゜C以上の発熱、筋強剛が
認められた場合には、確定診断を待たず適切な処置を迅速に施し、悪性症候群に進展
することを防止することである。抗パーキンソン病薬の投与に伴い認められる悪性症
候群では、特に処置なく軽症のまま経過する症例の報告もあるが、これらについても
慎重に経過観察を行うことが肝要である。
表2 悪性症候群の診断基準(1991)(文献9)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1〜5のすべての項目を同時に満たさなければならない。
1.発症前7日以内の抗精神病薬の使用の既往
(デポ剤の場合、発症の2〜4週前の使用の既往)
2.高熱(38゜C以上)
3.筋強剛
4.以下のうち5項目
意識障害
頻脈
高血圧、あるいは低血圧
頻呼吸、あるいは低酸素症
発汗、あるいは流涎
振戦
尿失禁
CK値の上昇、あるいはミオグロビン尿
白血球増加
代謝性アシドーシス
5.他の薬物性、全身性、精神神経疾患の除外
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(5)治療
治療の基本は、抗精神病薬によるものである場合には投薬を中止すること、又は抗
パーキンソン病薬の中止によるものである場合には、一旦中止前の投与量で再投与す
ること、そしてこれらの処置と同時に体冷却、輸液等の支持療法を迅速に行うことで
ある。薬物療法としては、ドパミン作動薬やダントロレンナトリウム(筋小胞体から
のCa遊離機構を抑制する末梢性筋弛緩薬)が用いられている。これらの有用性は今
後調査などを行い、更に検討すべき点もあるが、ダントロレンナトリウムは本邦で平
成6年悪性症候群に対する適応が承認されており、抗精神病薬、あるいは抗パーキン
ソン病薬を取り扱う医療施設では悪性症候群の発生時の対処として考慮されるべき薬
剤であると考えられる(文献1)。
<参考文献>
1)林輝男他:救急医学,18(13):1824(1994)
2)山脇成人他:臨床精神医学,18(1):107(1989)
3)厚生省薬務局:向精神薬による悪性症候群,医薬品副作用情報No.99,p12(1989)
4)久野貞子:神経伝達物質update−基礎から臨床まで、中外医学社,東京,p286(1993)
5)山脇泰秀他:臨床神経,31(1):62(1991)
6)厚生省薬務局:ドロキシドパと悪性症候群,医薬品副作用情報No.126,p2(1994)
7)厚生省薬務局監修:Drug Safety Update No.21(1994)
8)Caroff,S.N.,et al.:Medical Clinics of North America,77(1):185(1993)
9)Caroff,S.N.,et al.:Psychiatric Annals,21:130(1991)