3.[解説] 医薬品の適正使用のために  (骨髄抑制に関して)



1)メトトレキサート・フルオロウラシル交代療法と骨髄抑制

+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|成分名             |該当商品名              |

+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

、メトトレキサート        、メソトレキセート(日本レダリー)   、

|フルオロウラシル        |5−FU(協和発酵)他        |

+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用:骨髄抑制                            |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

 

 胃癌に対する化学療法としてメトトレキサート・フルオロウラシル(MTX・FU)

交代療法が行われている。両薬剤ともに重篤な骨髄抑制を起こすことが知られており、

既に副作用症状、臨床検査の重要性、経過の十分な観察の必要性等については「使用

上の注意」に記載していた。しかし、MTX・FU交代療法の副作用症例として厚生

省に報告されるものの中に、定期的な臨床検査が行われていないもの、また、検査結

果による次回投与の是非の判断が適切でないものなど、「使用上の注意」が十分守ら

れず、適正とは言えない使用例で骨髄抑制を重篤化させた症例が含まれている。この

ため、本療法の適正な施行のための具体的な注意事項について改めて解説する。

 

(1)MTX・FU交代療法

 MTX・FU交代療法は近年注目されているbiochemical modulation(生化学的調

節)の一つである。これは抗癌剤(effector)の投与前、投与後又は同時に他の薬剤

(modulator)を投与し、effectorの薬理動態を変化させることにより抗腫瘍効果を高

めたり、正常細胞に対する毒性を軽減する方法である。実際に行われている組合せの

代表的なものとしては、MTX・FU、MTX・ロイコボリン、テガフール・ウラシ

ルなどが挙げられる。MTX・FU交代療法については、胃癌に対するフルオロウラ

シルの抗腫瘍効果の増強についてのMTXの効能追加が平成3年10月に認められて

いる。本療法の抗腫瘍効果増強の機序は、主として先行投与したMTXのプリン合成

阻害作用により増加した細胞内のPRPP(phosphoribosyl pyrophosphate)がFU

の代謝を促進し、活性代謝物が増加するためと考えられている。FU単独投与群との

比較試験における胃癌に対する腫瘍縮小効果から評価した奏効率は交代療法群で

16.7%(9/54)で、FU単独投与群では1.9%(1/52)であった。

 

(2)症例の紹介と具体的注意点

 MTX、FU両薬剤ともに重篤な骨髄抑制を起こすことは既に知られており、骨髄

抑制等の副作用症状の発現、臨床検査の実施や投与後の患者の十分な観察等について

「使用上の注意」には十分な記載があった。しかし、MTX・FU交代療法施行例で、

これまでに定期的な臨床検査が行われていない例や、行われていてもその情報が次回

投与に生かされていない例などがあり、その結果、骨髄抑制、特に白血球減少を重篤

化させた例が報告されている。その代表例を表1に示すとともに、本療法の適正な使

用のための具体的な注意点を以下に示す。

 

1.適応患者の厳選

 重篤な骨髄抑制を起こすことがあるので緊急時に十分に措置できる医療施設及び癌

化学療法に十分な経験を持つ医師のもとで、本療法が適切と判断される症例について

のみ行うこと。

2.本療法施行直前の末梢血検査による投与の検討

 本療法施行の直前に必ず末梢血検査(白血球数及び百分率、赤血球数、血色素値、

網赤血球数、血小板数等)を行い、本療法を行い得るか否かを検討すること。

3.施行中及び施行後の定期的な末梢血検査

 本療法施行中及び施行後は定期的な末梢血検査を行い、特に著明な白血球減少、血

小板減少等を認めた場合には、正常化するまで次回の投与を行わないこと。検査を実

施せず、単にプロトコールに従っての本療法の続行はしないこと。

 また、白血球数とともに、血小板数の減少を認める場合には骨髄検査を行い血液専

門医に相談して治療を行う必要がある。

4.その他

 胸水、腹水などのある患者ではMTXが長時間貯留し、毒性があらわれやすいため

投与しないこと。また、フルオロウラシル系薬剤の総投与量に注意する必要があり、

本療法実施時には経口のフルオロウラシル系薬剤の継続投与はしないこと。

 

 特に問題となっている点は臨床検査の実施間隔、投与の決定等である。血液検査等

の実施間隔が2週間近く隔たっているなどMTX・FU投与前の検査が適切に実施さ

れていないと考えられる症例や、施行直前に検査が実施されていても白血球数が1000

/mm3 程度まで低下しているにもかかわらず、プロトコールどおりに次回の投与を

行っている症例、経口のフルオロウラシル系薬剤が継続投与されている症例等がある

が、これらの症例は「使用上の注意」が十分守られているとは言い難い報告といえる。

 癌化学療法についてはその現状等について前号でも解説しているように、骨髄抑制、

特に白血球減少はDLFとなっている場合が多く、使用にあたってほぼ確実に発現す

る副作用である。副作用が発現した場合、その程度を最小限に抑えるために厳重な注

意が必要なことは周知の事実である。

 上記の注意事項は、内容的には既に両薬剤の「使用上の注意」に記載があったが、

本療法の適正な施行についての注意を更に徹底させるため、両薬剤の「使用上の注意」

に本療法実施に関する「警告」を設けた。

 

<<使用上の注意(下線部追加改訂部分)>>

<メトトレキサート(フルオロウラシルについても同様の改訂)>

 

警告

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|メトトレキサート・ロイコボリン救援療法、メトトレキサート・フルオロウラシル|

|                   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜|

|交代療法:                                |

|〜〜〜〜                                 |

| メトトレキサート・ロイコボリン救援療法及びメトトレキサート・フルオロウラ|

|                    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜|

|シル交代療法は高度の危険性を伴うので、投与中及び投与後の一定期間は患者を医|

|〜〜〜〜〜〜                               |

|師の監督下に置くこと。                          |

| また、緊急時に十分に措置できる医療施設及び癌化学療法に十分な経験を持つ医|

|師のもとで、本療法が適切と判断される症例についてのみ行うこと。      |

| なお、本療法の開始にあたっては、添付文書を熟読のこと。         |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

 

表1 症例の概要

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|No.1                             企業報告|

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|患者 性          男                      |

|   年齢         74                     |

|   使用理由(合併症)  胃癌(狭心症、うっ血性心不全、腹水貯留)   |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|1日投与量・投与期間:MTX 150mg、FU 750mg、3回(週1回)      |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|末期胃癌患者にMTX・FU交代療法を開始したところ、3クール目投与後に以前|

|より認められていた骨髄抑制が急激に悪化した。G−CSF製剤を投与したが、白|

|血球数、血小板数は回復せず、3回目投与から4日後に死亡した。       |

|                                     |

|臨床検査値                                |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|         投与前 初回投与 2回目投 3回目投 3回目投 3回目投|

|             翌日   与2日後 与日   与2日後 3日後 |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|

|赤血球(x10000)   381   232    229    214    290    242  |

|白血球      5500  3700   2300   1000    400    300  |

|血小板(x10000)  24.0  30.1   10.5    3.8    3.4    2.7  |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|併用薬:ロイコボリンカルシウム、アセタゾラミド、炭酸水素ナトリウム、   |

|    硫酸イセパマイシン                        |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|No.2                             企業報告|

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|患者 性          男                      |

|   年齢         56                     |

|   使用理由(合併症)  胃癌                     |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|1日投与量・投与期間:MTX 130mg、FU 750mg、3回(週1回)      |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|副作用−経過及び処置                           |

|再発した胃癌に対しMTX・FU交代療法を開始した。1回目投与2日後に食欲不|

|振、悪心が発現した。2回目投与日に白血球減少を認めた。1週間後の3回目投与|

|翌日更に著明な白血球減少を認め、その5日後死亡した。           |

|                                     |

|臨床検査値                                |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−    |

|         投与前 初回投与 2回目投 3回目投 3回目投     |

|             翌日   与日   与翌日  与5日後     |

|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−    |

|赤血球(x10000)    435   428    364    379    365       |

|白血球      14110  7030   3780    930    120       |

|血小板(x10000)   31.1  36.1   32.8    9.7    4.5       |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+

|併用薬:ロイコボリンカルシウム                      |

+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+