4.[解説] 高カロリー輸液施行中に認められるアシドーシス
高カロリー輸液の普及により当初予想されなかったいくつかの問題が起きている。
高カロリー輸液は、経口的に食事摂取のできない患者、特に重篤な患者に、ときによ
ってはかなりの長期間行われている。対象患者の性質上高カロリー輸液を行う以前に
すでに栄養状態の悪化している患者が多く、その影響もあるが、それに加えて高カロ
リーの輸液が行われている点に問題のあることが多い。
高カロリー輸液の副作用として最も重篤で致命的なアシドーシスについて、日常臨
床上注意することが重要である。
高カロリー輸液の場合に認められるアシドーシスは、乳酸アシドーシスであり、こ
れは、乳酸の血中濃度が45mg/dl以上、動脈血のpHが7.25以下の状態を
いう。
1.症例報告
医薬品副作用情報No.111(平成3年11月号)には、トリパレン症例15例、
パレメンタール症例2例の計17例が報告されているが、その後さらに症例報告件数
の増加を認めている。これまで集計されている症例をみると、原病として悪性腫瘍が
多く、重症感染症、腎不全などを合併して全身症状の悪化している場合が多い。
2.使用製剤
現在使用されている高カロリー液としては、パレメンタール(A、B)、ハイカリ
ック(1号、2号、3号、4号、NC−L、NC−N、NC−H)、ワスタ、カロネ
ット(L、H)、リハビックス−K(1号、2号、3号、4号)、エネベース、アリ
メール及びトリパレン(1号、2号)がある。トリパレンのみ耐糖能低下の患者、侵
襲時のインスリン分泌低下の患者を考慮してグルコース、フルクトース及びキシリト
ールを4:2:1の割合で配合してあるが、他の製剤はカロリー源としてグルコース
を基準としている。各種電解質の配合は、製剤により多少異なるが、ビタミンは全く
配合されていない。このため、高カロリー輸液療法を行う際には患者の状態に応じて、
ビタミンをはじめ、電解質、アミノ酸等の投与量を調整する必要がある。
3.乳酸アシドーシスの発症機序
乳酸アシドーシスの原因としては、ショック、循環不全、低酸素血症などの酸素供
給又は酸素利用障害、糖尿病、腎不全、肝疾患、感染症、ある種の遺伝的疾患及び医
薬品があげられているので、これらのいくつかの要因が関与している場合も少なくな
いと考えられる。
(1)グルコース、フルクトース及びキシリトールの代謝
乳酸アシドーシスの発症機序を理解するためには、上記の糖類の代謝について知っ
ていることが必要である。
グルコースは門脈を経て肝細胞内に入るとリン酸化されてグルコース−6−リン酸
となり、細胞内に留まることが可能となり、必要に応じて再びグルコースになり肝静
脈に放出される。これはグルコースの代謝量を調節するために重要であるが、フルク
トースやキシリトールにはこのような調節機構がない。フルクトースは、肝細胞に入
るとグルコースより速やかにリン酸化されてフルクトース−1−リン酸を経て解糖経
路に入る。グルコースも解糖経路に入り、いずれもグリセロアルデヒド−3−リン酸
を経てピルビン酸となり、ミトコンドリア内に入る。好気性の状態ではピルビン酸は
ピルビン酸脱水素酵素とチアミンによりアセチルCoAとなり、オキザロ酢酸ととも
にクエン酸回路に入りATPを産生する。また、クエン酸回路のα−ケトグルタール
酸からサクシニルCoAへの産生にはα−ケトグルタール酸脱水素酵素とチアミンが
必要である(図1)。
(2)乳酸アシドーシスの発症機序
乳酸アシドーシスは、明らかな原因がなくとも重症患者に認められることが少なく
ない。それゆえ高カロリー輸液の対象となる重症の患者は、輸液を行わなくともアシ
ドーシスになる可能性がある。かかる患者にピルビン酸の代謝に必要なチアミンが補
給されない状態で高カロリー輸液が行われると、ピルビン酸はアセチルCoAへの経
路を経ずに増加し乳酸の産生・蓄積をきたしてアシドーシスとなる。
解
糖
グルコース−−−>経
路
|
ピルビン酸−−−−−−>乳酸
|
|<−−−−−−−ピルビン酸脱水素酵素
| +
V チアミン
アセチルCoA
|
V
−−−−−−−>−−−−−−−−−
| |
| クエン酸回路 |
| |
サクシニルCoA α−ケトグルタール酸
Λ |
| |
| |
−−−−−−−−−−−−−−−−−
Λ
|
α−ケトグルタール酸脱水素酵素
+
チアミン
図1 グルコース代謝経路とチアミン
4.対策
アシドーシスを起こした場合、直ちに高カロリ−輸液を中止し、低酸素状態の改善、
重炭酸ナトリウムの投与などによりアシドーシスの治療に努め、無効の場合にはビタ
ミンB1 (100〜400mg)の投与を行う。
<参考文献>
1)厚生省薬務局:高カロリー輸液と重篤なアシドーシス.医薬品副作用情報No.111,
p2-6(1991)
2)中崎久雄、三富敏夫:高カロリー輸液と重篤なアシドーシスについて.Annual
Report 医薬品の副作用3(伊藤宗元他編),中外医学社,東京,p103-110(1992)
3)飯田喜俊:酸塩基平衡の異常と治療.日内誌,80:57-64(1991)
4)Velez,R.J.,Myers,B.,Guber,M.S.:Severe acute metabolic acidosis(acute
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J.Parent. & Enteral Nutrition,9:216-219(1985)
5)Kitamura,K.,et al.:Postoperative TPN-induced lactic acidosis. Lancet,
340:1097-1098(1992)
6)Oriot,D.,et al.:Severe lactic acidosis related to acute thiamine deficien-
cy.J.Parent. & Enteral Nutrition,15:105-109(1991)
(国立東京第二病院副院長・高橋隆一)