2.非ステロイド性消炎鎮痛剤とネフローゼ症候群
(1)薬剤性腎障害
 薬剤投与後に発現する腎障害については、すでに多くの医薬品で報告されており、
かなりの種類の医薬品で発現する可能性のある副作用と考えられている。薬剤性腎
障害の詳細については本情報No.101(平成2年3月号)解説で述べているが、
大別すると以下のようになる。
a.中毒性腎障害
 投与量に依存して起こる腎障害で、尿細管障害(主として近位尿細管)が発現し、
臨床的には急性腎不全にまで進展する例がある。代表的な薬剤はアミノグリコシド
系抗生物質である。
b.ネフローゼ症候群
 臨床的には多量のタンパク尿、低タンパク血症を主体とする。金製剤やD−ペニ
シラミン等のリウマチ治療薬などにより免疫機構を介して発現することが知られて
いる。
c.過敏性腎障害
 腎におけるアレルギー反応が原因となるもので、急性腎不全で発症する例がほと
んどである。薬剤の投与量や投与期間には関係なく発症するので注意が必要で、病
理組織学的には急性間質性腎炎である。
 
(2)非ステロイド性消炎鎮痛剤とネフローゼ症候群
 非ステロイド性消炎鎮痛剤では、すべての薬剤で腎障害を起こす可能性があると
いわれている。その内容としては中毒性腎障害、過敏性腎障害及び虚血性の急性腎
不全がよく知られており、「使用上の注意」に急性腎不全、腎障害等として記載し、
注意を喚起している。
 ネフローゼ症候群についても、ロキソプロフェンナトリウム、スリンダク等です
でに「使用上の注意」に記載を行っている。今回、他の非ステロイド性消炎鎮痛剤
についてネフローゼ症候群の症例報告の検討及び文献の検索を行ったところ、イン
ドメタシン、ジクロフェナクナトリウム等の多くの薬剤での報告がみられた(表2)。
 ネフローゼ症候群の診断基準は (a)タンパク尿(3.5g/日以上)、(b)低タンパク
血症(成人で血清総タンパク量6.0g/dl以下、又はアルブミン量3.0g/dl以下)が
必須条件で、ほかには (c)総コレステロール量250mg/dl以上の高脂血症、 (d)浮腫
がみられる場合が多い。
 一方、急性腎不全では、乏尿・無尿が起こり、検査値としては、BUNの上昇、
血清クレアチニンの上昇が観察される。また高カリウム血症、代謝性アシドーシス
などの電解質異常が認められる。
 薬剤によって生じるネフロ−ゼ症候群は、続発性糸球体疾患に基づくものとされ
ている。ネフローゼ症候群の原因薬剤としては、金製剤、D−ペニシラミン等がよ
く知られているが、今回の文献検索等では非ステロイド性消炎鎮痛剤についても報
告がみられている。報告された症例はネフローゼ症候群単独の発症例のほかに、急
性腎不全を伴った例もあった。報告された症例の一部を紹介する(表3)。
 非ステロイド性消炎鎮痛剤によるネフローゼ症候群の発生機序は、いまだ不明で
ある。非ステロイド性消炎鎮痛剤による腎局所のプロスタグランジンの生合成阻害
や白血球走化因子として働くロイコトリエンの産生を高め、これによるTリンパ球
機能の亢進によりリンフォカインの産生が増加し、ロイコトリエンとともに、糸球
体基底膜の透過性亢進をもたらし、尿タンパクを生じるという説があるが確実では
ない。
 
(3)安全対策 
 非ステロイド性消炎鎮痛剤による腎障害については、急性腎不全のほか、ネフロ
ーゼ症候群の発現にも注意する必要があると考えられる。急性腎不全、ネフローゼ
症候群等の薬剤性腎障害は、その初期徴候をよく知り、異常が認められた場合には、
薬剤の使用を直ちに中止し、適切な処置をとることが治療の基本となる。今回、報
告のあった非ステロイド性消炎鎮痛剤について「使用上の注意」にネフローゼ症候
群が発現する旨を記載し、注意を喚起することとした。「使用上の注意」の改訂状
況について表2に示す。この他の非ステロイド性消炎鎮痛剤についても、現在まで
に十分な情報は得られていないが、ネフローゼ症候群を発現する可能性があり、投
与する際には注意が必要である。
 非ステロイド性消炎鎮痛剤は医療の現場においてさまざまな疾患に用いられてい
る。薬剤によるネフローゼ症候群は、薬剤の長期使用により遷延性を示すとされて
いるので、医療関係者、特に医師、薬剤師は薬剤投与後の腎障害の発現に留意し、
初期徴候を早期に発見し、適切に対応する必要がある。
 
 
表3 症例の概要
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.1                              文献2|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性          女                      |
|   年齢         18                     |
|   使用理由       左足関節捻挫                 |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|投与量・投与期間:ジクロフェナクナトリウム75mg 13日間       |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過及び処置                           |
|左足関節捻挫に対し、ジクロフェナクナトリウムの投与を開始したところ開始6日|
|後に発熱、全身性の紅潮が出現、7日後には乏尿、浮腫を生じ、13日後に入院した|
|。入院時の検査値はTP 5.4g/dl、Alb 2.1g/dl、BUN 162、Cr 9.7とネフローゼ症候|
|群、急性腎不全の所見を呈していた。プレドニゾロン及び抗生剤を投与するととも|
|に、血液透析を連日施行した。約1週間で尿タンパクは消失し、尿量は増加し、 |
|BUN、Crも減少した。1ヵ月半後回復。                    |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.2                              文献4|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性          男                      |
|   年齢         61                     |
|   使用理由       左肩嚢炎                   |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|投与量・投与期間:インドメタシン150mg 4ヵ月            |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過及び処置                           |
|左肩嚢炎に対し、インドメタシンの投与を開始したところ、開始4ヵ月後に両足に|
|浮腫をきたし、尿タンパク 5.06g/日、クレアチニンクリアランス 93ml/min、  |
|BUN 19ml/dl、クレアチニン 1.3g/dl、血清アルブミン 1.7g/dl、グロブリン  |
|3.7 g/dlとなった。フロセミド投与により、24日後には尿タンパク1.53g/日となり|
|、血清アルブミン2.6g/dl、グロブリン4.0g/dlとなった。4ヵ月後回復。    |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
 
表2 ネフローゼ症侯群の報告のある薬剤
+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|   項   目    |    薬         剤    |
+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|ネフローゼ症候群について|アンフェナクナトリウム、スリンダク、 |
|「使用上の注意」にすでに|ロキソプロフェンナトリウム      |
|記載し、注意喚起している|                   |
|非ステロイド性消炎鎮痛剤|                   |
+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|ネフローゼ症候群の報告が|アセメタシン、インドメタシン、インド |
|あり、今回「使用上の注意|メタシンファルネシル、イブプロフェン、|
|」の改訂を行った非ステロ|ケトプロフェン、ジクロフェナクナトリ |
|イド性消炎鎮痛剤    |ウム、トルメチンナトリウム、ピロキシ |
|            |カム、フェノプロフェンカルシウム、フ |
|            |ルルビプロフェン、マレイン酸プログル |
|            |メタシン、メフェナム酸        |
+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
<参考文献>
1)Morgenstern,S.J., et al.:Am.J.of Kidney Diseases,14:50(1989)
2)有村義宏他:日本内科学会誌,77:80(1988)
3)前田明文他:和歌山医学、38,570(1987)
4)Boiskin,I., et al.:Annals of Internal Medicine,106:776(1987)
5)Adams,D.H., et al.:THE LANCET,1:57(1986)
6)Tietjen,D.P.:Am.J.Med.,87:354(1989)
7)Fellner,S.K.:Am.J.Nephrol.,5:142(1985)
8)大山康之他:臨床リウマチ,2:55(1989)