3.[解説] 高カロリー輸液施行中に認められる微量金属、特に銅及び亜鉛欠
       乏症
 最近までヒトの銅及び亜鉛の欠乏症は特別の遺伝的疾患及び乳幼児を除いては報告
されていなかった。しかし、高カロリー輸液の普及に伴ってヒト成人における銅及び
亜鉛の欠乏症の報告が少なからず認められるようになっている。特にこれらの欠乏症
については高カロリー輸液施行中の医薬品の副作用として報告されることもある。し
かしながら、これらの欠乏症は、医薬品の副作用としてとらえるよりは成分栄養剤等
による微量栄養素の欠乏症が主と考えるべきであろう。
 臨床医としても高カロリー輸液等による処置が一定期間続けられる場合には、これ
らの欠乏症について十分に理解して対応することが必要になっている。
 
1.銅欠乏症
 ヒトの体内の全銅含有量は、成人で約80mgとされている。体内分布は、成人で
は、肝、腎、脾、脳及び血液に多く、その多くはceruloplasmin をはじめとする含銅
酵素として存在する。血清中の銅は、ceruloplasmin と結合している。
 銅は、各種の食品に広く分布している(特に肉、肝、豆、穀類、及び牡蛎など)た
めに成人では通常の食事内容によって欠乏することはない。食品中の銅は主に胃及び
近位十二指腸で約1/3が吸収される。排泄は、主として胆汁で(約1.2mg/日)、
尿及び唾液として微量失われる。したがって所要量としては2mg/日が適当と考え
られる。
 銅は主としてceruloplasmin をはじめとする含銅酵素として機能を営んでいる。
ceruloplasmin は、(a)血清鉄の動員、(b)銅の運搬体、(c)ある種のアミン
類の調節などの重要な機能を営んでいる。
 高カロリー輸液施行中に認められる銅欠乏の原因としては、現状では高カロリー輸
液との関連を示す根拠は認められていない。低栄養の患者に銅を含有していない高カ
ロリー輸液が長期間行われていたためとしか考えられない。
 銅欠乏の症状・検査所見としては、貧血及び白血球減少(好中球減少)が主である。
 治療としては非経口的に銅として0.4mg/日の補給を行う。
 
2.亜鉛欠乏症
 ヒトの体内の全亜鉛含有量は成人で約2gで肝、腎、骨、前立腺、網膜及び筋肉に
多く分布して、酵素又はタンパクの一部として存在している。
 亜鉛は動物性タンパクに広く分布しているので成人では欠乏することはない。12
〜15mg/日摂取され、吸収率は20〜30%なので約2〜4mg/日が吸収され
ている。排泄は主として糞便(1〜2mg/日)で、その他尿及び汗としてそれぞれ
0.5mg/日失われるので、2〜3mg/日排泄される。したがって所要量として
は約3mg/日が適当と考えられる。
 亜鉛は、多数の重要な酵素に含有されているため、タンパク合成及び核酸代謝のう
えできわめて重要な機能を営んでいる。
 高カロリー輸液中に認められる亜鉛欠乏の原因としては、現状では次のごとく考え
られている。亜鉛を含有していない高カロリー液を輸液していると、約5週で血清亜
鉛値は約1/2に減少する。正常の場合には亜鉛の排泄は主として糞便であるが、手
術、火傷及び低栄養などの場合には、主として骨格筋における異化作用によって尿中
の排泄量が著明に増加して、正常の数倍から50倍にも達するためである。このよう
な状態のときに亜鉛を含有しない高カロリー液の輸液を行ってタンパク同化作用が亢
進して体重の増加をきたすと、亜鉛の需要が増加するため血清亜鉛値の低下がさらに
著明となり、亜鉛欠乏の症状を示すに到ると考えられる。すなわち、低栄養によって
生じた低亜鉛血症に、亜鉛を含有していない高カロリー液の輸液によってタンパク同
化作用が亢進すると亜鉛欠乏が増強するので、高カロリー輸液が亜鉛欠乏に関与して
いるといえる。
 亜鉛欠乏の症状としては、食欲不振、味覚及び臭覚の消失が特徴的である。手術を
受けている場合には創傷の治癒が遷延する。
 治療としては、非経口的に亜鉛として40〜80mg/日の補給を行う。
 
おわりに
 以上、銅と亜鉛の欠乏症について述べたが、これら以外の成分の欠乏症も起こりう
る。いずれの場合も高カロリー輸液等、非経口的な栄養管理を長期間行わざるをえな
い場合には、これらの欠乏症がおこりうることを臨床医を含む医療関係者は十分認識
すべきである。
 
<参考文献>
1)Williams, D.M.:Copper deficiency in man,Sem. in Haemat.,20:118-128(1983)
2)Evans, G.W.:New aspects of the biochemisrtry and metabolism of copper.Zinc
  and copper in clinical medicine(ed. by Hambidge,K.M. & Nicols, Jr.B.L.),
  SP Med. & Scient. Books,New York & London,p.113-118(1976)
3)Prasad, A.S.: Zinc deficiency in man. Zinc and copper in clinical medicine
  (ed. by Hambidge,K.M. & Nicols, Jr.B.L.),SP Med. & Scient. Books,New York
  & London,p.1-14(1976)
4)Ota, D.M., et al.:Zinc and Copper deficiencies in man during intravenous
  hyperventilation. Zinc and copper in clinical medicine(ed. by Hambidge,
  K.M. & Nicols, Jr.B.L.),SP Med. & Scient. Books,New York & London,p.99-118
  (1976)
                    (国立東京第二病院副院長・高橋隆一)