1.ニューキノロン系抗菌剤と低血糖
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| | 成 分 名 | 該当商品名 |
|成分名 +−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−+
|該当商品名 |エノキサシン |フルマーク(大日本製薬) |
| |塩酸ロメフロキサシン |バレオン(北陸製薬) |
| | |ロメバクト(塩野義製薬) |
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| 薬効分類等 |ニューキノロン系抗菌剤 |
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| 効能効果 |(エノキサシンの場合) |
| |ブドウ球菌属等(詳細略)のうち本剤感性菌による次の感染症|
| | 咽喉頭炎等(詳細略) |
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(1)症例の紹介
ニューキノロン系抗菌剤であるエノキサシン、塩酸ロメフロキサシンの投与中に重
篤な低血糖を発現した症例がそれぞれ6例1)2)、3例3)報告されている。
報告された計9例の血糖値は11〜27mg/dlと異常低値を示しており、多量
の発汗等のほかにいずれの症例も意識障害や痙攣等の重い低血糖症状を認めている。
性別は男4例、女5例であるが、年齢は69〜83歳といずれも高齢者で、9例中4
例(エノキサシンで2例、塩酸ロメフロキサシンで2例)が血液透析を受けている慢
性腎不全患者であった。1日投与量はエノキサシン投与症例の6例ではいずれも60
0mg、塩酸ロメフロキサシン投与症例では300mg2例、400mg1例で、い
ずれも通常の投与量であった。また、これら9例にはいずれも糖尿病の合併がなくイ
ンスリンや血糖降下剤の投与は行われていなかった。報告された症例の一部を紹介す
る(表1)。
報告された9例のうち4例のエノキサシン投与症例で低血糖発現時の血中インスリ
ン値(IRI)、C-peptide immunoreactivity(CPR)が測定されているが、いずれも異常高
値を示し、高インスリン血症を呈していた。このことから、低血糖発現の機序として
インスリン過剰分泌の可能性が示唆されるが、ニューキノロン系抗菌剤とインスリン
過剰分泌との関連については不明である。
(2)安全対策
前述のとおり報告例9例のうち4例は血液透析患者であり、このうち低血糖発現時
の血中エノキサシン濃度が測定された1例2)では通常の血中濃度の1〜2μg/ml
をはるかに超える16.7μg/mlの血中エノキサシン濃度が確認されている。エ
ノキサシン、塩酸ロメフロキサシンの投与24時間後までの尿中排泄率はおよそ60
〜70%程度であるが、腎障害患者ではその腎障害の程度に応じて尿中排泄率が低下
し、高度腎不全(20>クレアチニンクリアランス)患者では約1/10の6%程度
となることが報告されている4)、5)。また、エノキサシンについては血液透析によって
除去されにくいとの報告もある6)。
このように両剤とも腎障害患者ではその血中濃度が異常に上昇するおそれがあり、
このような場合に痙攣や低血糖等の重篤な副作用が発現していることが考えられる。
両剤の発売以降現在までの推定使用患者数はそれぞれ約1200万人、約270万人
であることから、低血糖の発現はきわめまれであると考えられるが、本剤の投与にあ
たっては、患者の腎機能に注意し、投与量を減量したり、または投与間隔をあけるな
どの対応が必要である。また、今回報告された低血糖症例がいずれも高齢であり、高
齢者については一般に腎機能が低下している症例が多いことを考慮すると、高齢者へ
の投与にあたっては通常投与量では過量投与となるおそれがあるので、投与量に十分
注意する必要がある。
(3)報告のお願い
現在、我が国で市販されているニューキノロン系抗菌剤には、エノキサシン、塩酸
ロメフロキサシンのほかに以下の薬剤がある。これらについては低血糖を発現したと
いう国内の報告は現在までのところない。また、トシル酸トスフロキサシン以外の薬
剤については外国で報告があるが、これらの国外症例については詳細が明らかでなく、
薬剤との関係についても不明である。しかしながら、これらの同系統薬剤についても
低血糖の発現に注意していく必要があると考えられるので、以下の薬剤において同様
の症例を経験した場合には報告をお願いしたい。
・オフロキサシン:タリビッド(第一製薬)
・塩酸シプロフロキサシン:シプロキサン(バイエル薬品)
・トシル酸トスフロキサシン:オゼックス(富山化学)、トスキサシン(ダイナ
ボット)
・ノルフロキサシン:バクシダール(杏林製薬)
<使用上の注意(下線部追加改訂部分)>
<エノキサシンの場合(塩酸ロメフロキサシンについても同様に改訂)>
3.副作用
低血糖:まれに重篤な低血糖があらわれることがある(高齢者、特に腎障害患
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者であらわれやすい)ので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与
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を中止し、適切な処置を行うこと。
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4.高齢者への投与
高齢者では腎機能が低下していることが多いため、高い血中濃度が持続するおそ
れがあり、副作用が発現しやすいので、用量ならびに投与間隔に留意し、慎重に投
与すること(「副作用」の低血糖の項参照)。
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表1 症例の概要
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|No.1 モニター報告、企業報告|
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|患者 性 女 |
| 年齢 79 |
| 使用理由(原疾患) 尿路感染症(大動脈弁閉鎖不全症) |
| [合併症] [うっ血性心不全] |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|1日投与量・期間:エノキサシン600mg、6日間 |
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|副作用−経過および処置 |
|恥骨骨折で入院中の患者に尿路感染症が認められたためエノキサシン1日600|
|mgの投与を開始した。投与6日目の夕方、多量の発汗を認め意識レベルが低下|
|しているのが発見された。直ちにブドウ糖液の点滴静注を行ったところ、意識レ|
|ベルは回復した。すべての内服薬の投与は中止した。翌朝の意識レベルは2〜3|
|で、9時45分の血糖測定で40mg/dl以下の低値を示した。その後も意識|
|レベルが回復するも不穏状態が持続し、ブドウ糖液の静注にても低血糖症状はな|
|かなか改善されなかった。翌朝の血糖値も13mg/dlと依然異常低値であっ|
|たが、同日夕方より徐々に改善した。 |
|回復後エノキサシン以外の薬剤の投与を再開したが、その後は意識障害、低血糖|
|は発現しなかった。なお、頭部CT上新鮮な脳血管障害の所見はなかった。低血|
|糖発現時およびその後のIRI及びCPRは次のとおりである。 |
| −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− |
| 投与中止後2日目 投与中止後3日目 投与中止後9日目 |
| 6:00 14:00 6:00 6:00 |
| −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− |
| IRI(μU/ml) 108.9 161.3 30.3 12.6 |
| CPR(ng/ml) - - 4.7 4.7 |
| 血糖値(mg/dl) 13 45 181 96 |
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|併用薬:フロセミド、ジゴキシン、スピロノラクトン、硝酸イソソルビド、 |
| 塩酸プラゾシン |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.2 企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性 女 |
| 年齢 74 |
| 使用理由(原疾患) 上気道炎(慢性腎不全、二次性副甲状腺機能亢進 |
| 症、脳血管障害) |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過および処置 |
|14年前から慢性腎不全のため血液透析を受けている患者の上気道炎に対して、|
|塩酸ロメフロキサシン1日300mgの投与を開始した。投与10日目の早朝、|
|急に嘔吐し、その後徐々に意識レベルが低下して傾眠状態となった。さらに意識|
|喪失したため、気管挿管して呼吸のコントロールを行った。ECG、頭部CT、胸部 |
|X線検査にて異常を認めず、血液検査の結果血糖値11mg/dlと低血糖を認|
|めた。直ちにブドウ糖液の静注を行ったところ血糖の上昇に伴って意識も回復し|
|た。ただし、血糖がコントロールされるまでに約3日間ブドウ糖液の投与を必要|
|とした。 |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:アスコルビン酸・パントテン酸カルシウム配合剤、カルバゾクロムスル|
| ホン酸ナトリウム、アデノシン三リン酸二ナトリウム、アルファカルシ|
| ドール、センノシド |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
<参考文献>
1)小林伸行他:透析会誌,24:951(1991)
2)豊田高彰他:透析会誌,24:1311(1991)
3)セレスタ ギャヌ ラジャ 他:第37回日本透析療法学会総会抄録,Oー358(1992.7)
4)守殿貞夫他:西日泌尿,47:135(1985)
5)恒川琢司他:Chemotherapy,36(S-2):803(1988)
6)Nix,D.E.,et al:Journal of Antimicrobial Chemotherapy,21(suppl.B):87(1988)