3.[解説] 急性心筋梗塞に対するt-PA血栓溶解療法と出血
 
 血栓溶解療法の普及により急性心筋梗塞の予後がよくなってきたが、血栓溶解剤投
与による脳出血等の重篤な出血の症例が報告されている。従来から出血については注
意がはらわれてきたが、75歳以上の患者では特に発現率が高くなるおそれがあるた
め、主治医は血栓溶解剤の使用について今まで以上に慎重に考慮する必要がある。
 
(1)急性心筋梗塞と血栓溶解療法
 心臓は、冠動脈という細い3本の動脈によって血液が供給されており、この動脈が
突然血栓で閉塞し、その末梢に血液が行かなくなると、心筋が壊死に陥ることになる。
これを急性心筋梗塞といい、致命率のきわめて高い疾患であるが、この血栓を梗塞発
症後早期に溶解すると、予後がよくなり、心室の収縮力も保持されることが証明され
ている。このため、梗塞発症後6時間以内に血栓溶解療法を行うことが普及してきた。
 冠動脈の血栓を溶解する療法は我が国ではまずウロキナーゼで始まった。当初冠動
脈内投与のウロキナーゼ製剤が上市され、冠動脈にカテーテルを挿入し、4回注入す
る方法がとられてきた。その後ウロキナーゼの静脈内投与製剤が使用できるようにな
り、さらに最近、組織プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)が承認され使用され
はじめた。t-PAにおいても静脈内投与製剤が導入され、点滴静注で十分な効果が期
待できるので用いやすくなり、急性心筋梗塞の治療に大きな前進をもたらした。
 
(2)脳出血
 ウロキナーゼ、t-PAといった線溶薬にとって、血栓を溶解することは本来的な
作用である。血栓は冠動脈だけでなく、他の場所の動脈にも生じて出血を止めている
が、線溶薬はこの血栓も溶かしてしまうので、出血の危険性のある症例(脳出血、脳
梗塞になって間もない症例や、胃潰瘍、十二指腸潰瘍のある症例等)は避けて用いる
ように注意喚起がなされている。これらの製剤の市販後も、出血の副作用が報告され
ているが、これらは出血の危険性の高い症例に用いられたものではない。
 このように注意深く用いられているのにもかかわらず、t-PA投与症例で重篤な脳
出血が21例報告されている。推定によれば、脳出血の発現率はt-PAを投与された
症例の1%以上に及ぶとされている。急性心筋梗塞には効いたが、脳出血で死亡した
のでは薬として用いていくべきかとの困難な判断をせまる議論がでてくる。報告例を
分析した結果によれば、75歳以上の症例に用いた場合はそれ以下の症例に比べて高
率に脳出血が発症していた。治験の段階では、原則として70歳以下の症例に用いら
れていることから、これらの事実は日本のみならず、海外を含めて市販後はじめて明
らかになった事実であり、これからは、高齢者、特に75歳以上の症例には今まで以
上に慎重に投与する必要がある。75歳以上の症例に用いるか否かは、メリット、デ
メリットを勘案して、当面している患者の状態を精密に観察している主治医の総合的
な判断にゆだねられるべきである。
 
(3)冠動脈造影と後腹膜出血
 胸痛と心電図変化から急性心筋梗塞と診断されたときに、一般にt−PAはそのま
ま点滴で用いられることが多いが、冠動脈造影してから用いられることもある。現在、
冠動脈造影を行なうときにはカテーテルはパンクチャーとよばれる方法で挿入される
ことが一般的である。太い針で動脈を刺し、その針の内腔を通してカテーテルを動脈
内腔に入れるが、針を動脈内腔に入れるとき、いったん穿刺した側と反対側の動脈壁
を突き刺してから、徐々に針先を引き抜いてきて動脈血が噴出したのを確認してカテ
ーテルを挿入する場合がある。通常の冠動脈造影のときはこれで何ら問題はないが、
t-PAなどの線溶薬を用いているときには、穿刺した反対側の動脈壁の穴から出血し、
後腹膜腔に血腫ができる危険がある。後腹膜出血の発現についても「使用上の注意」
ですでに注意喚起がなされているが、t-PAを使用したのち、腰痛、腹痛などが発現
したらCTで血腫の有無を確認しておいたほうが安全だと思われる。さらにこの種の
事故を避けるために、血栓溶解療法下では太い針は前方より注意深く刺し、血管後方
に突きぬかないことが重要である。
 t-PAは確かに有効な薬剤で、有用性も高い薬剤であるが、本剤の使用に伴う出血
の発現の危険性をよく理解し、より安全に用いられる薬剤にすることが重要だと思わ
れる。
               (東京女子医科大学循環器内科教授・木全 心一)