高用量酢酸メドロキシプロゲステロンと血栓症 +−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−+ |成分名 | 成 分 名 | 該当商品名 | |該当商品名+−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−+ | |酢酸メドロキシプロゲステロン |ヒスロンH200 | | | |(ファルミタリアカルロエルバ)| | | |プロベラ200(アップジョン)| +−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−+ |薬効分類等|抗悪性腫瘍経口黄体ホルモン剤 | +−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+ |効能効果 |乳癌、子宮体癌(内膜癌) | +−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+ (1)安全対策の経緯 酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)は、昭和40年(1965年)12月に1日2.5〜15mgの低用量で月経異常、黄体機能不全による不妊症、流早産等の適応が認められ長く使用されてきた。その後、我が国では昭和62年(1987年)3月に高用量製剤が、乳癌(600〜1200mg/日)、子宮体癌(400〜600mg/日)に対する治療剤として承認された。高用量製剤の発売当初から、本剤が黄体ホルモン製剤であることから血栓症の発現が予想されていたが、発売約2年後の平成元年(1989年)3月までに本剤によると疑われる血栓症発現症例は軽微なものを含めて33例となった。このため、同年4月「緊急安全性情報」を配布して注意喚起を図り、本情報No.96(平成元年5月号)においても情報を提供してきた。また、1989年8月から特別調査を開始した。以下にその調査結果を報告する。なお、調査結果の詳細は本年9月に発行される「医薬品研究」Vol.23 No.5(日本公定書協会発行)に掲載されるので参照されたい。 (2)調査方法 MPA投与に伴う血栓症の発現状況を把握するため、1987年5月の発売から1990年7月までの約3年2か月間の全血栓症発現症例の情報を収集することを目的として調査を行った。1987年5月から1989年7月までのMPA投与症例についてはレトロスペクティブに、1989年8月以降のMPA投与症例については3か月ごとにプロスペクティブに、MPAとの関連が疑われる血栓症の発現がないか関係製薬企業の医薬情報担当者が使用医師に面談のうえ調査を行った。血栓症の発現が疑われた症例については、さらに詳細な追跡調査を行った。調査の実施期間は1989年8月から1990年7月までの1年間である。また、MPAについては他の新医薬品と同様に市販後の安全性、有効性のチェックを行うため発売当初から使用成績調査を実施してきていたので、この調査により収集された血栓症を発現していない症例のデータを利用し、血栓症発現群と非発現群の比較を行って血栓症発現のリスクファクターを検討した。 (3)調査結果 a.血栓症の発現頻度 1987年5月から1989年7月までの2年2か月間の血栓症発現症例は69例であり、使用理由別の発現状況は表9のとおりであった。販売数量から推定された当該期間のMPA使用患者数は約4万人であり、したがって血栓症の発現頻度は0.17%と推計された。表9 1987年5月〜1989年7月の血栓症発現状況 (レトロスペクティブな調査による) −−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−− | 乳癌患者 | 子宮体癌患者 | +−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+ 合計 |進行・再発 術後補助療法|進行・再発 術後補助療法| −−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−− 推定症例数 | 20105 11385 | 1897 6984 |40371 血栓症発現例 | 32 21 | 8 8 | 69 推定発現頻度(%)| 0.16 0.18 | 0.42 0.11 | 0.17 −−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−+−−−− 販売量および使用成績調査における1症例あたりの平均総投与量から推定患者数を求め、頻度を算出した。さらに1989年8月以降の1年間の血栓症発現症例は24例であり、3か月ごとの発現状況は表10のとおりであった。 表9に示すとおり、1989年7月までの血栓症発現症例のうち42.0%が術後補助療法としてMPAを投与された症例であったが、1989年4月に手術後1週間以内の患者には投与しないこと、また、手術後1か月以内の患者には特に慎重に投与することとする安全対策を講じたことなどから、その後術後補助療法としての使用例での発現はほとんどなくなった。表10 1989年8月〜1990年7月の血栓症発現状況 (全症例調査による) −−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− | 乳癌患者 | 子宮体癌患者 | +−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+ 合計 |進行・再 術後補助|進行・再 術後補助| |発 療法 |発 療法| −−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− 投与症例数| 3662 1187 | 562 732 | 6143 第1回全症例調査 発現症例数| 10 0 | 0 1 | 11 (1989.8〜1989.10) 発現頻度 %| 0.27 − | − 0.14 | 0.18 −−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− 投与症例数| 3604 943 | 572 693 | 5812 第2回全症例調査 発現症例数| 4 0 | 0 1 | 5 (1989.11〜1990.1) 発現頻度 %| 0.11 − | − 0.14 | 0.09 −−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− 投与症例数| 3424 789 | 535 587 | 5335 第3回全症例調査 発現症例数| 3 0 | 0 0 | 3 (1990.2〜1990.4) 発現頻度 %| 0.09 − | − − | 0.06 −−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− 投与症例数| 3750 680 | 579 530 | 5539 第4回全症例調査 発現症例数| 4 0 | 1 0 | 5 (1990.5〜1990.7) 発現頻度 %| 0.11 − |0.17 − | 0.09 −−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−− b.発現部位、転帰等 発売から1990年7月までの約3年2か月間の血栓症発現症例は上述のとおり合計93例確認されたが、その発現部位別、血管の種類別の内訳は表11、12のとおりであった。脳血栓が全体の45.2%と最も多く、腸間膜血栓も5件あった。また、動脈血栓が半数以上を占めていた。これらの症例の転帰は、53例(57.0%)が回復、軽快しているものの、9例が調査時点で未回復、18例が後遺症を残し、11例(11.8%)が死亡の転帰をとっている。 表11 発現部位 表12 血管の種類 −−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−− 脳 42(45.2) 動 脈 53(57.0) 肺 10(10.8) 静 脈 45(48.4) 心 臓 3( 3.2) 不 明 4( 4.3) 下 肢 38(40.9) −−−−−−−−−−−−−−− 腹 部 9( 9.7) 症例数 93(100) −−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−− 症例数 93(100) 血管別は多重集計 ()内は% −−−−−−−−−−−−−−− 部位別は多重集計 ()内は% c.リスクファクターの検討 血栓症発現群93例と使用成績調査により収集された血栓症非発現群2431例について各要因について比較検討を行ったところ、年齢別、閉経有無別、PS別、MPA1日投与量別、放射線療法併用の有無別には差異は認められなかった。一方、合併症の有無については、血栓症発現群の59.1%に何らかの合併症が確認され、特に高血圧、糖尿病、高脂血症、狭心症等が非発現群に比して有意に多かった(表13)。また、癌化学療法剤の併用については、やはり血栓症発現群で、併用例が有意に多かった(表14)。 さらに、リスクファクターと考えられる合併症の有無と癌化学療法剤の併用の二つの要因が重複する症例では、いずれか単独を有している症例に比べて血栓症を発現しやすい傾向がうかがえた。 表13 非発現症例との比較その1 (合併症の有無) −−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− | 症 例 数 | +−−−−−−−−−−−−−−−−+ 検定結果 | 血栓症 非発現症例 | | 発現症例 (使用成績調 | | 査による) | −−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− 無 | 36(38.7) 2086(85.8) | −−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+ *** 有 | 55(59.1) 345(14.2) | +−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− |高血圧 | 24(25.8) 107( 4.4) | *** |糖尿病 | 16(17.2) 72( 3.0) | *** |高脂血症 | 6( 6.5) 4( 0.2) | *** |動脈硬化 | 10(10.8) 1(0.0) | *** |狭心症 | 3( 3.2) 4( 0.2) | *** |心筋梗塞 | 0( - ) 1( 0.0) | N.S. |心房細動 | 2( 2.2) 0( - ) | *** |心不全 | 1( 1.1) 8( 0.3) | N.S. |腎疾患 | 5( 5.4) 10( 0.4) | ** |肝疾患 | 3( 3.2) 12( 0.5) | ** |その他 | 14(15.1) 153( 6.3) | − −−+−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−− 不明 | 2( 2.2) 0( - ) | − −−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−− 症例数 | 93(100) 2431(100) | −−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−− 疾患別は多重集計 ()内は% ***:p<0.001、**:p<0.01、*:p<0.05 表14 非発現症例との比較その2 (化学療法剤併用の有無) −−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− | 症 例 数 | +−−−−−−−−−−−−−−−−+ 検定結果 | 血栓症 非発現症例 | | 発現症例 (使用成績調 | | 査による) | −−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− 無 | 5( 5.4) 685(28.2) | −−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+ *** 有 | 88(94.6) 1746(71.8) | +−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−− |5-fluorouracil | 35(37.6) 691(28.4) | N.S. |tegafur・uracil | 24(25.8) 393(16.2) | * |cyclophosphamide| 27(29.0) 431(17.7) | ** |doxorubicin | 24(25.8) 367(15.1) | ** |tamoxifen | 19(20.4) 210( 8.6) | *** |tegafur | 10(10.8) 276(11.4) | N.S. |doxifluridine | 23(24.7) 196( 8.1) | *** |picibanil | 9( 9.7) 220( 9.0) | N.S. |cisplatin | 13(14.0) 112( 4.6) | *** |mitomycin | 8( 8.6) 118( 4.9) | N.S. |krestin | 6( 6.5) 172( 7.1) | N.S. −−+−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−− 症例数 | 93(100) 2431(100) | −−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−− 薬剤別は多重集計 ()内は% ***:p<0.001、**:p<0.01、*:p<0.05 (4)安全対策 MPA投与中にみられる血栓症にMPAが関与しているか否かはいまだ明らかではないが、報告された血栓症には脳、心臓、肺等の生命予後に大きな影響を与える部位での発現が多いこと、動脈血栓が半数を超えていることなど、通常、悪性腫瘍患者又は術後患者に多くみられる血栓症とは発現状況が異なっており、その関係を否定することはできない。MPAの投与にあたっては、すでに右(注:下記)のような投与すべきでない症例、慎重に投与すべき症例が示されているが、これらに十分留意するとともに、癌化学療法剤の併用患者、特に合併症があり癌化学療法剤が併用されている患者には十分な注意が必要である。 ====================================== 投与禁忌 ア)手術後1週間以内の患者 イ)脳梗塞、心筋梗塞、血栓性静脈炎等の血栓性疾患又はその既往歴のある患者 ウ)動脈硬化症の患者 エ)心臓弁膜症、心房細動、心内膜炎、重篤な心不全等の心疾患のある患者 オ)ホルモン剤(黄体ホルモン、卵胞ホルモン、副腎皮質ホルモン等)を投与されている患者慎重投与 ア)手術後1ヵ月以内の患者 イ)高血圧症の患者 ウ)糖尿病の患者 エ)高脂血症の患者 オ)肥満症の患者 ======================================