4.[解説] 医薬品による抑うつ
 
 医薬品を投与することにより抑うつ状態が惹起されることがある。その病像の特徴
として、抑うつ気分や悲哀感よりも、意欲の減退やエネルギーの喪失といった精神運
動抑制症状が前景にたつことが多い。早期発見、早期治療のために最も大切なことは
抑うつ症状の原因として薬剤を思い浮かべることであり、疑わしいときは投薬の中断
ないし中止を行って経過を観察することである。通常投薬の中止により回復するが、
ときに抗うつ薬の投与を必要とする。
 
 
 薬剤投与の副作用として抑うつ状態が惹起されることがある。重篤な場合には自殺
にまで結びつくことがあり、臨床的に注意すべき問題の一つである。Drug induced-
depressionの発生に影響を与える要因として薬剤の種類、用量、投与期間・投与経路
と個人の既往歴・原疾患・性格などがあげられる。
 
1.薬剤による副作用として精神症状が発現する場合の特徴(文献1)
 
a.薬剤を服用後間もなく発現する急性発症型と、長期連用中に発現する慢性発症型
 がある。
b.服用量が多く、服薬期間が長いほど高頻度に精神症状が発現するのが一般的だが、
 そうでない場合もある。
c.同じ薬剤でも患者の性、年齢、基礎疾患、併用薬剤の種類などにより症状発現の
 様式が異なる場合が多い。
d.通常は原因と思われる薬剤の中止により症状の消退、軽快がみられる。
 
2.Drug induced-depression を起こす主な薬剤(文献2)
 
2.1.レセルピン
 薬剤惹起性の抑うつ状態が最初に注目された薬剤として歴史的にも重要である。本
剤を用いると10〜20%の人に内因性うつ病に類似した症状が惹起される。ほとん
どが0.5mg/day以上の投与量で5ヵ月程度の投与により発症している。うつ病の既
往のある人に発症しやすい。中止ないし減量により比較的短時間に回復する。
 
2.2.塩酸フルナリジン
 脳血管障害改善Ca拮抗剤であるが、錐体外路症状と抑うつの発現頻度の高いことが
注目されている。1年11ヵ月にわたるプロスペクティブな臨床調査の結果、197
例中27例(13.7%)に錐体外路症状が、11例(5.6%)に抑うつが発現し
たが、他の各種脳循環改善薬の投与を受けた167例には、この二つの副作用はみら
れなかった。女性や高齢者には発現しやすいとの報告もある。中止により90日以内
に90%以上の患者は回復している(文献3)。
 
2.3.ホルモン剤
 膠原病などにステロイドホルモンを用いた場合、多少とも意識障害を伴い、躁また
は抑うつなどの気分の変化がみられることがある。使用後30〜60日後に発症して
くることが多い。精神分裂病様の症状も発現してくる。我が国では認可されていない
が経口避妊薬(ピル)では抑うつが最も多い精神症状であるとして海外で報告されて
いる。
 
2.4.抗潰瘍剤
 シメチジンで最も頻度の高い精神症状の副作用はせん妄であるが、抑うつを呈した
症例の報告もある。
 
2.5.抗パーキンソン薬
 L-dopa製剤はきわめて多くの精神症状を惹起させる。意識障害を伴わず抑うつを呈
することもあるが、パーキンソン病そのものが抑うつを呈する頻度が高く原病との鑑
別を慎重に行う必要がある。
 
2.6.抗精神病薬
 ハロペリドールやフルフェナジンデポーのような鋭利な薬剤で抑うつが惹起されや
すい。
 
2.7.インターフェロン
 インターフェロンで抑うつを呈した症例が報告されている。
 
3.Drug induced-depression の発生機序
 レセルピンやα−メチルドパは神経終末におけるアミン類の取り込みや貯蔵を障害
し、主としてカテコールアミンを枯渇させることにより抑うつを惹起すると考えられ
ている。
 
4.Drug induced-depression の診断
 最も重要なことは抑うつ症状の原因として薬剤の副作用を疑うことである。そして
当該薬物の投与と抑うつ症状の出現が時間的に一致し、経過も投与量と抑うつの程度
が並行するのを確かめれば、より確実な診断が可能であるが、実際の診療ではなかな
かむずかしい。
 その病像の特徴は、活動性減退、精神運動性抑制、不活発、エネルギ−の喪失が目
立ち、単に気分の水準が低下し、悲哀や抑うつ感情を示す例とは異なる病像を呈する。
その他、焦燥、不安、倦怠、不眠、身体不調などうつ病にみられる各種症状も出現す
る。自殺念慮や自殺企図に至る場合さえある。
 
5.Drug induced-depression の治療と予防
 原則としては原因となった薬剤の減量ないし中止である。薬剤による精神障害は薬
物中止後比較的短期間に消失する。重篤な抑うつ症状には三(四)環系抗うつ薬を投
与する。
 予防として大切なことは、治療者がdrug induced-depression についての十分な知
識と認識を持ち、抑うつの既往のある患者や、血縁者にうつ病患者がいる場合には、
抑うつ惹起の可能性のある薬剤は極力避けることである。
 
おわりに
 横断像だけでdrug induced-depression の診断はむずかしい。原病の症状やその経
過、それらに対する患者の心理的構えなどさまざまの要因を多次元的に考慮し、対応
を考えたい。
                   (昭和大学医学部精神科教授・上島国利)
 
1)上島国利:神経精神薬理,11,25(1989)
2)上島国利:躁うつ病の臨床,金剛出版,東京(1983)
3)厚生省薬務局:医薬品副作用情報No.109,p3(1991)