3.[解説] 心不全の治療
 
 心不全は各種心疾患の終末像としてあらわれてくるだけに治療がむずかしい。心不
全に用いられる薬としては、強心薬、利尿薬、血管拡張薬がある。また、重症の不整
脈が併発している症例もあり、抗不整脈薬をどう用いるかが問題となる。
 
1.強心薬
 心不全は心臓の収縮性の低下によって生じてくる。これに対して臨床医は相反する
二つの面より考えなくてはならない。一つは、弱った心臓に回復の機会を与えるため
できるだけ刺激を与えたくないということ。もう一つは、患者の生命、活動性を維持
するため心臓の収縮性を強めなくてはならないということ、つまり、急性心不全では
血圧、心拍出量を増加させないと個体の生命が失われたり、植物人間になる可能性が
あり、慢性心不全では運動できる範囲が狭くなり生活が制限されてしまうので、これ
を防止することが重要になってくるのである。
 強心薬は後者の観点から心不全の治療にとって不可欠な薬剤であるが、心臓の安静
と個体の活動性の維持という相矛盾した内容をどう調節していくかが問題で、この点
について多くの議論がなされている。
 
1.1.急性心不全に対する強心薬
 まず、急性心不全についてみてみると、一つの方向が出されてきている。以前は、
目前の生命の維持にすべての関心が払われ、血圧が上がり、心拍出量を増加できれば
唯旗と考えられていた。このため、血圧上昇力の強いノルアドレナリンや心拍出量増
加作用の強いイソプロテレノールなどが高い評価を得ていた。しかし、退院までもっ
ていくという点でみると疑問が出されてきた。つまり、ノルアドレナリンは末梢動脈
を強く収縮することによって血圧を上昇させるが、これは弱った心臓にとっては、血
液を駆出するときに強い抵抗にあうことになり、その結果心臓はさらに弱ってしまう。
また、イソプロテレノールは心筋を刺激して酸素消費量を増加させ、これも心臓を弱
める方向へと働く。この反省から、作用の弱い薬剤の開発が進められた。ドパミン、
ドブタミンがそれである。この両者も心臓を刺激するという点では前2者と同じであ
るが、できるだけ少量を短期間用いることにより予後がよくなった。短期間ですます
という方針は、“down regulation”の問題とも関係している。down regulationとは、
カテコールアミンで心臓のβ受容体を刺激していると、だんだん反応が悪くなり、同
じ効果をだすのに多くのカテコールアミンを用いなくてはならない現象である。
 
1.2.慢性心不全に対する強心薬
 慢性心不全にも強心薬が用いられる。古くから用いられているのがジギタリスであ
る。古い薬なので、臨床試験成績が少なく、強心作用について疑問視する臨床医もあ
り、心房動脈の頻脈を抑えているのにすぎないとの意見もあった。また、ジギタリス
中毒による重症不整脈で死亡する例もあり、家庭医では用いにくい薬剤との印象が今
でも強い。しかし、後述するようにジギタリスの効果を見直す必要があると思われる。
 新しい慢性心不全治療薬の開発が最近多くなされている。開発の主流となっている
のが、ホスホジエステラーゼ3(PDE3)の阻害薬である。カテコールアミンでβ
受容体を刺激すると細胞内にcAMPができ、これがタンパクのリン酸化を介して心
筋の収縮性を強める。このcAMPを分解するのがPDE3で、この酵素活性を抑え
ることにより、心臓の収縮性を強めるのがPDE3阻害薬である。最初に開発された
のがamrinoneであるが、血小板減少を生じるので、より強心作用の強いmilrinoneの
開発が進められてきた。milrinoneは患者の活動能力を上げ、生活の範囲をひろげる
という運動耐容能の向上を長期間にわたってもたらすことが実証され、その唯旗性が
認められたが、予後についてはジギタリスに勝てず、その後、プラセボと行った比較
試験でもよい結果が出ずに、結局開発が中止された(文献1)。milrinoneは、不整
脈のある例に用いると悪くすることがあるので不整脈のあまりない例に限定して用い
たらよい成績であったかもしれない。筆者としては開発中止の決定が早すぎた感をも
っているが、このことは他のPDE3阻害薬の開発を進めている研究グループにかな
りの影響を与えている。
 このmilrinoneの開発断念にみられるように慢性心不全に対する強心薬については
二つの点で唯旗性が認められないと薬として存在できない時代となってきている。一
つは、患者の活動能力を上げ生活の範囲を広げること、もう一つは予後をのばすこと
である。このため、強心薬の治験のなかで運動耐容能が向上することを証明しなくて
はならないようになってきたし、また、効果が長期間持続することが大切で、治験期
間も長くなってきている。また、予後に対する効果の評価には長い治験期間が必要で、
NYHA3・4度の症例を中心に行わなくてはならずたいへんな検討である。
 日本で開発され、すでに市販されているデノパミンは、β1 受容体をかなり選択的
に刺激する。当初心配された耐性、down regulationは証明されず唯旗性が認められ
た。ただ、運動耐容能をのばすことは実証されたが、予後をのばすことは証明されて
いないので、正式の評価はこれからだと思う。不整脈を悪化する作用は心配されるが、
用いている印象としては、よい結果が期待される。
 同じく日本で開発されたものにベスナリノンがある。これはPDE3阻害作用とK
チャンネルに対する作用を有する。この両方の作用の組み合わせによるものか不整脈
の発現はかえって少なくなり、心事故(心不全の発症、入院など)の発生率も少ない。
予後を改善する可能性がジョーンズ・ホプキンス大学の臨床試験で示されており(文
献2)、強心薬としてはよい薬剤であるが、無顆粒球症を生じるため、この副作用に
も勝る有用性を証明しなくてはならない。米国では現在毎週顆粒球を測定しながらの
26週間の二重盲検試験が進んでおり、有用性の検討が行われている。
 このほか、PDE3阻害作用とCa感受性を上げる作用を有するpimobendanが有望な
薬剤として現在治験段階にある。また、これら新しい薬剤のほか、前出のジギタリス
を見直してみる時期にきていると思う。ジゴキシンは運動耐容能をのばす程度はmil-
rinoneと同じで、しかも予後はmilrinoneより良いことが実証されている(文献1)。
 
2.利尿薬、血管拡張薬
 利尿薬はうっ血をとる目的で使われ、唯旗なことは明らかである。これにより患者
の苦痛を減らし、症例によっては運動耐容能が向上するが、予後に関しては明らかな
データはない。
 一方、血管拡張薬、なかでもアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)の
唯旗性はデータで明らかになってきている。心不全になると各種代償機転が作動し生
体の機能を支えているが、この機転がオーバーシュートすると運動耐容能が下がって
しまう。つまり、心拍出量が低下すると、これに反応してカテコールアミン、レニン、
アンジオテンシン、アルドステロンなどが作動して末梢血管を収縮させるが、これに
より運動時の骨格筋への血流が低下し運動耐容能が下がり、また、末梢血管抵抗が上
昇するので弱った心臓にとっては負担となる。ACE阻害薬はアンジオテンシン変換
酵素の活性を阻害することで末梢血管抵抗を下げ、心臓への負担を減らしながら、同
時に運動耐容能を上げるものと考えられる。同じ運動耐容能を上げるにしても、強心
薬とは心臓への負荷が異なる。このようなことから、NYHA4度の症例にエナラプ
リルを用いたところ、予後を有意にのばすことが認められた(文献3)。慢性心不全
に対して用いた薬のなかで、予後を最もよくのばすのは現在のところエナラプリルで
ある。
 
3.心不全治療薬の不整脈への影響と抗不整脈薬
 心不全の予後を決定している因子には、心臓の収縮性の低下の程度のほかに重症心
室性不整脈の存在がある。心室性不整脈に対して各薬剤がどう作用するかは心不全患
者の予後にとって大きな問題である。β受容体刺激剤、PDE3阻害薬、ジギタリス
といった強心薬は不整脈を悪化させる作用がある。心不全の大多数の症例に関しては
この催不整脈作用はあまり問題とはならないが、少数ではあるが重症心不全のうえ心
室性不整脈がでやすい症例があり、このような例に強心薬を用いると不整脈を悪化さ
せ、死亡に至らせてしまう。強心薬の多くが予後をのばさない一因もここにある。ジ
ョーンズ・ホプキンス大学で臨床試験が行われたベスナリノンのみが不整脈を減らし
ており、これが予後への好結果につながった可能性がある。現在一般的な治療法でな
いので記述を省略したβ遮断薬療法も、β受容体のup regulationによると考えられ
る収縮性の回復と同時に、不整脈を抑える作用が注目される。不整脈を抑える作用は、
使用後まもなく出現し少量のβ遮断薬で効くので、β受容体のup regulationでは説
明がつかないと筆者は考えている。
 不整脈、なかでも重症心室性不整脈が出ていると抗不整脈薬を用いたくなるのは臨
床医としては当然の考え方である。しかし、心不全患者に抗不整脈薬を用いるのは二
つの点で問題となる。一つは抗不整脈薬に心臓の収縮性を抑える作用があることであ
る。急性心筋梗塞に用いられているリドカイン、メキシレチンは抑制作用が比較的弱
く、プロカインアミドも抑制作用は弱いほうで血管拡張作用が主体である。これに対
してジソピラミドや最近開発されたその他の抗不整脈薬は、心臓の収縮力の抑制作用
がかなり強く、心不全を悪化させる危険性がある。もう一つの問題は抗不整脈薬のも
つ催不整脈作用である。抗不整脈薬を用いると不整脈が悪化し、このため死亡に至る
例がある。抗不整脈薬を用いて不整脈患者の予後をのばしたとの報告はなく、むしろ
これに対して陳旧性心筋梗塞にフレカイニドなどを用いて予後を悪くしたとの報告が
でて注目されている(文献4)。予後を悪くした理由は明確にはされていないが、心
筋梗塞後の症例に用いられており、心機能の低下例も含まれていると考えられる。こ
れらの問題をふまえて心不全患者の不整脈には今後どう対処すべきかを考えなくては
ならなくなっている。
 
<参考文献>
1)DiBianco,R.,et al.:N.Engl.J.Med.,320:677(1989)
2)Arthur,M.,et al.:Am.J.Cardiol.,68:1203(1991)
3)The CONSENSUS Trial Study Group:N.Engl.J.Med.,316:429(1987)
4)The Cardiac Arrhythmic Suppression Trial(CAST) Investigators:
  N.Engl.J.Med.,321:406(1989)
              (東京女子医科大学循環器内科教授 木全 心一)