1.短時間作用型睡眠導入剤(トリアゾラム)と一過寸樺忘
 
(1)英国でのトリアゾラム販売停止と諸外国の対応
 平成3年(1991年)10月、英国の医薬品安全性委員会(Committee on Safety
of Medicines:CSM)は短時間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠導入剤であるトリ
アゾラムについて、英国市場での販売を3ヵ月間停止するよう勧告した(1992年
1月さらに3ヵ月間延長)。これは、市販前の臨床試験成績等を見直してみると、健
忘等の精神神経障害の副作用発生率が対照薬に比べて高いこと、また、英国および米
国における市販後の副作用報告数が他のベンゾジアゼピン系睡眠導入剤に比べて多い
ことなどから、有用性が認められないと判断したものであるとされている。
 こうした動きと並行して、ヨーロッパ共同体(EC)の医薬品委員会(Committee
for Proprietary Medicinal Products:CPMP)は、英国での資料等をもとに検討
を行い、平成3年(1991年)12月 、トリアゾラムの有用性は認めるものの用
量の制限(0.25mgまで)、使用期間の限定(10日以内、継続は医師が確認する)な
どの勧告を出すとともに、今後、すべての睡眠導入剤の有用性と安全性について継続
して監視することとしている。
 一方、米国の食品医薬品庁(Food and Drug Administration:FDA) は、同年
11月、トリアゾラムの有用性は認めるものの添付文書の改訂を行い、最大用量を
0.5mg とすること、投与期間を通常7〜10日とし、2〜3週間を超えて投与する場
合は患者の再診を行うこと、また、1ヵ月を超える量を処方してはならないことなど
の措置をとった。
 
(2)我が国での安全対策
 睡眠導入剤による健忘の副作用は、クロルジアゼポキシドでも報告されているのを
はじめとして、トリアゾラムに限らずベンゾジアゼピン系の薬剤については程度の差
はあるものの共通してみられるものである。次のような症状が典型的で、とくに短時
間作用型のものに発現頻度が高いといわれている。
a.服薬から就寝までの間の行動を記憶していない。
b.就寝後、睡眠途中において一時的に起床したときの行動を記憶していない。
c.翌朝、覚醒してから一定時間の行動を記憶していない。
 また、短時間作用型の薬剤は、速やかに血中濃度が低下するため、10日程度の服
用によっても、日中に不安等の退薬症状があらわれるとの報告もある(文献1)。
 トリアゾラム〔商品名ハルシオン(日本アップジョン)〕は我が国では昭和57年
(1982年)12月に承認され、平成2年(1990年)9月に再審査を終了して
いる。また、市販後、医薬品副作用モニター制度などを通じて、一過寸樺忘、もうろ
う状態などの報告があったことから、昭和62年(1987年)、「使用上の注意」
に「警告」欄を設けるとともに緊急安全性情報を配布して医師に必要な注意を喚
起してきた。さらに、本剤の低用量からの服用を可能にするため当該企業は昭和63
年(1988年)に0.5mg錠の販売を中止し、平成2年(1990年)には0.125mg錠
を発売した。
 今回、上記のような諸外国の動向に鑑みて、改めてトリアゾラムの安全対策を検討
した結果、安全対策をさらに徹底するため次のような内容の「使用上の注意」の改訂
等の措置を行うこととした。
a.反応には個人差があるためできるだけ少量を投与すること。効果が得られないため
 やむをえず増量する場合も0.5mgを限度とし、症状の改善に伴い、減量するよう努
 めること。
b.短期間の使用にとどめること。やむをえず継続投与する場合は、定期的に患者の症
 状等の異常の有無を確認し慎重に行うこと。
c.患者用文書等を作成し、患者に対し次のような注意を徹底すること。
  ア)就寝直前に服用すること。
  イ)就寝後、途中で起床して仕事などをする可能性のあるときは服用しないこと。
  ウ)アルコールとともに服用しないこと。
 なお、同じく短時間作用型の睡眠導入剤であるゾピクロンについても、最近一過性
健忘等の副作用症例が報告されており、同様の注意が必要である。
 報告されている症例の一部を表1に示す。
 
《使用上の注意(下線部追加改訂部分)》
<トリアゾラム>
一般的注意
(1)本剤を投与する場合、反応に個人差があるため少量(1回0.125mg以下)から
                        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  投与を開始すること。やむを得ず増量する場合は観察を十分に行いながら慎重に
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  行うこと。ただし、0.5mgを超えないこととし、症状の改善に伴って減量に努め
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ること。
  〜〜〜〜
(2)不眠症に対する投与は継続投与を避け、短期間にとどめること。やむを得ず継
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  続投与を行う場合には、定期的に患者の状態、症状等の異常の有無を十分確認の
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  うえ慎重に行うこと。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(3)不眠症には、就寝の直前に服用させること。また、服用して就寝した後、睡眠
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  途中において一時的に起床して仕事等をする可能性があるときは服用させないこ
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  と。
  〜〜
 
慎重投与
(3)高齢者(「高齢者への投与」の項参照)
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
副作用
(2)精神神経系
  ア.ときに一過寸樺忘(中途覚醒時の出来事をおぼえていない等)、また、まれ
       〜〜〜  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    にもうろう状態があらわれることがある。
  ウ.ときに眠気、ふらつき、めまい、頭痛、また、まれに不安、いらいら感、協
                            〜〜
    調運動失調、不快感、舌のもつれ、耳鳴、霧視、転倒、多幸症、多夢、魔夢、
    鎮静、攻撃性、夢遊病等があらわれることがある。
 
高齢者への投与
 運動失調が起こりやすい。また、副作用が発現しやすいので、できるだけ少量から
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
投与を開始すること。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
<参考文献>
1)Adam,K.,et al.:Pharmacopsychiat.,22:115(1989)
 
表1 症例の概要
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.1                             企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性     女                           |
|   年齢    55                          |
|   使用理由  不眠症                         |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|1日投与量・期間:トリアゾラム0.5mg 1日間                |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過および処置                          |
|肝硬変の患者が夜、酒2合を飲んだのち、不眠症のためトリアゾラムを服用した。|
|翌日、不穏が見られ、呼びかけに対し開眼するが視線が合わず、舌のもつれ、多弁|
|が発現した。その翌日にはこれらの症状は回復したが、服用後の記憶がなかった。|
|その後、異常は認められていない。                     |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:ラクツロース、塩酸ラニチジン、健胃消化剤             |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.2                             企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性     女                           |
|   年齢    56                          |
|   使用理由  不眠症                         |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|1日投与量・期間:ゾピクロン7.5mg 15日間                |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過および処置                          |
|うつ病による不眠症のため、ゾピクロンの投与を開始した。投与9日目、夜食の習|
|慣がないのに、ゾピクロン服用後ジュースを飲んだり、お茶漬けを食べたりして、|
|深夜まで眠れなかったが、翌朝、その記憶はなかった。ゾピクロンを投与しなかっ|
|たところ、眠れなかったが、異常行動もなかった。その後再度、ゾピクロンを投与|
|すると、ぶつぶつ言ったり、深夜起きだしてご飯を食べるなど、異常行動が続いた|
|。ゾピクロンの投与を中止したところ、その後、異常は認められていない。   |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:塩酸アミトリプチリン                       |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+