『多くの情報を融合した体力・健康指標の限界と展望』

『多くの情報を融合した体力・健康指標の限界と展望』

 

田中喜代次(筑波大学体育科学系)

 

体力や健康の意味するところは、時代によって、価値観の違いによって、また生活環境の変化によって大きく異なってくる。WHOは高齢者の健康指標には、従来の医学的指標よりむしろ日常生活の自立度のほうが適当であるとしている。AAHPERDなどによれば、スピード、パワー、敏捷性体力などの要素を中心とする総合体力は機能関連体力(skill-oriented physical fitness)、全身持久性体力、筋力・筋持久性体力、柔軟性体力、身体組成が総合されたものは健康関連体力(health-oriented physical fitness)と解釈される。「健康・体力づくり事業財団」の組テスト(開眼片足立ち、長座位体前屈、落下棒反応、握力、ウエスト/ヒップ比:項目ごとに5段階評価)は、この健康関連体力に類似している。健康関連体力への注目が高まってきた背景には、欧米諸国で発表された一連の疫学的研究結果が強い影響力をもっている。身体活動(運動)、体力、健康の三者には心身の状態およびその機能を表す概念として重複する部分が大きいことから、健康の中核をなす重要な要因の一つとして体力が重視されるのであろう。筆者の考えによると、下位概念である体力(身体活動)をある水準以上に維持することは、上位概念である健康な長寿(healthy aging)の獲得・理想的加齢(successful aging)の達成・理想的QOLの維持にとって不可欠な条件の一つであり、ヒトの行動体力の回復・保持は、健全な身体機能の維持、各種慢性疾患の予防、ひいては活動的長寿(active living with high vitality)に貢献する。しかし、ここでいう健康関連体力は体力要素の組み合わせにすぎず、長寿・無病・若々しさの保持に直接的に繋がる体力(行動体力+防衛体力)を測ることは困難である。もちろん、健康関連QOLも簡単には測れない。

暦年齢とは暦の上での年齢をいうが、発育面や老化過程における性差や個人差を正しく理解するためには、生理的な発育状態を基盤にした指標や老化の進行状態からみた指標という概念規定の枠組みの中で検討を進める必要がある。このような視点に立って考えられた特殊な指標の概念の年齢尺度化したものを生物学的年齢(biological age)といい、これに類似するものとして生理学的年齢や機能的年齢、さらに筆者らの研究グループが開発した活力年齢(vital age)、体力年齢、生活活動年齢などがある。類概念としての活力年齢や体力年齢なども4〜11種の要素の合成得点から算出されるものであり、それらと暦年齢との絶対差(単位:歳)や相対差(単位:△%)をもって、個人の体力水準・健康度・老化度・ADL水準を間接的に評価するというデータの活かし方が勧められる。これはデータの有効なフィードバック方法の一つであり、広く大衆に受け入れられやすい特長を有する。しかし、長寿・無病・若々しさの保持を表す健康水準または老化度を的確に測るまでには至っていないことから、今後の研究成果に期待したい。

国民の体力・健康・QOL水準をいかに高め、それをどのように維持し続けさせるかといったヘルスポロモーション・ヘルスプリスクリプションも、21世紀社会の科学が抱える重要な課題であり、今後の大いなる発展が期待されるところである。日本体力医学会などの果たす役割は明確であると想う。




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