O−157病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)について

提供:文部省、執筆:大阪大学 教授 本田武司(微生物病研究所)


はじめに

今年の5月下旬岡山県邑久町の小学校で食中毒が発生し2人の犠牲者が発生して以来、いわゆる病原性大腸菌O−157による被害が多地域で発生し社会問題化している。O−157とは何かを簡単に説明し、 感染症状・対処方法及び予防策を解説する。

(1)O−157大腸菌とは

一般の大腸菌は健康な人の大腸内に生息し、特に病気を起こすことはない。しかし姿形は一般の大腸菌と区別できないが、一部の大腸菌は 下痢を引き起こす。これらの大腸菌は下痢原性大腸菌あるいは広義の 病原性大腸菌と総称される。これらは、病気の起こり方から別表のように5種類に分けられる。O−157とは、腸管出血性大腸菌(EHECあるいはVTECと略称される)に分類される。ちなみにO−157とは、大腸菌の持つO抗原のうち157番目のものを意味し、いわば大腸菌の持つ背番号のようなものである。

この菌は、1982年にアメリカでハンバーガーが原因となった食中毒が契機となって発見された菌で、比較的新しい食中毒原因菌である。

このVTEC(EHEC)の定義は、O−157ではなくて「ベロ毒素」

(詳しくは、VT1型とVT2型の2種類がある)という特別な毒素を出す大腸菌をいい、O−26、O−111、O−128、O−145等も同じ様な病気を引き起こす。しかし、O−157によるものが圧倒的に多く約60〜80%を占める。

この菌は、わが国でも集団発生が散発しており、1986年には愛媛県松山市(乳幼児施設)でO−111が原因で22名が発症し1名が、1990年には埼玉県浦和市(幼稚園)でO−157が原因で106名が発症し2名が犠牲になるなどの事件があった。しかし、今年のように同時期に多地域でVTEC(O−157)食中毒が多発するのは異例といわざるをえない。多発の理由は明らかではない。この菌を目指した 検査が広く実施されだしたことも一つの理由であるが、広域に流通している(していた)何らかの共通の食材が原因となっている可能性もある。

(2)感染した場合の症状

汚染食品(菌)をどれくらい食べるかにもよるが、潜伏期は1〜10日と一般食中毒に比べてかなり長い。このことが、原因食の追求を困難にしている。感染すると、一定の潜伏期の後、下痢、吐き気、嘔吐、 腹痛など一般の食中毒と区別がつかないような症状で始まる例が多い。10%程度の例では、悪寒、発熱さらに上気道感染症状を伴うなど風邪と間違えるような症状で始まることもある。やがて典型的な例では、 血便が出だし、鮮血様の血便となる。少し遅れて溶血性尿毒症症候群 (HUS)や血栓性血小板減少性紫斑病、さらに痙攣や意識障害など 脳症を呈する例もあり、死に至ることもある。いずれも本菌の産生するベロ毒素の作用(本質的には蛋白合成阻害により、標的細胞を殺す)による。子供や老人の場合は、重篤になりやすい。死亡率は、感染した O−157が産生するベロ毒素のタイプ(VT2型の毒性が強い)にもよるが、500〜1,000人に1人程度である。

(3)感染した場合の対処方法

食中毒症状を認めたら、適当な医療機関を受診するのがよい。できれば、早めに病状の変化を把握し、対処するために、検査が独自の施設でできるところが好ましい。自分で疑わしい食品がわかれば検査のため 持参するのもよい。吐物、便を乾燥しないような容器にとり、持参すると参考になる。素人判断で、下痢止めなどを服用しないほうがよく、 無理に下痢を止めると腸内に病原菌を閉じ込め異常増殖させ、その結果ベロ毒素を大量に産生させるため、病気を悪化させることになる。

抗菌剤投与には議論が二分されている。効果があるという説と、抗菌剤は菌を殺す結果菌が菌体内に貯蔵しているベロ毒素を一度に放出することになりベロ毒素に対する生体の域値を超えるために、病状をかえって悪化させるという説の二つである。HUS等に進行したときには、 血液透析療法を始め様々な専門的治療が必要になる。HUSに進行するか否かは尿中のβ2 ミクログロブリン(βMG)やN−アセチルグルコサミニダーゼ(NAG)値がある程度目安になる。

(4)感染予防策

一般的には、食中毒の予防の基本を守ることが大切で、逆に基本を 守ればこの菌による食中毒は必ず予防できる。簡単に述べると、(1)できるだけ加熱調理すること。この場合、菌を死滅させる温度の目安は最低75度1分間以上の処理であるが、常に温度をモニターして調理する わけでないので、100度を目指して調理するのが無難である。(2)加熱直後に食べること。調理で大部分が死んだとしても一部の菌が生き残っていることも考えられるので、保管中にこれが再増殖して食中毒を起こすことが有り得るからである。(3)まな板、ふきん、手などを介した2次汚染の可能性にも注意が必要である。肉など食品材料にはふつう注意がはらわれるが、原材料中の食中毒菌がまな板や手を介して調理済み食品を汚染することで食中毒を起こしたケースも多いので、注意が必要で ある。(4)岐阜でのO−157食中毒の原因食品として、おかかサラダが疑われている。また、堺市での集団食中毒では、十分警戒していた中での発生であるので、加熱調理すべき食品には十分注意して調理されたと想像されるので、非加熱のまま食べる食材(サラダなど)も原因食品として疑う必要がある。サラダを加熱調理するわけにいかないので、生食用の野菜は流水でよく洗い、できるだけ汚染している菌を洗い流すこと。こうすることで、発病に至る菌数以下にすることができる。

しかし、この菌は食中毒菌の中でも感染力が特に強い。一般の食中毒原因菌の場合は10万〜100万個以上の菌を食べないと食中毒は 発症しないが、この菌の場合は数100〜1,000個で発症すると 考えられている。このためふつう食中毒は人から人へ伝染することは ないが、この菌は伝染する可能性があるので注意が必要である。特に、O−157感染者の下痢便中には多量で高濃度の菌が含まれているので、排便の後始末には注意が必要である。子供の場合は手洗いも不十分に なりやすく、二次感染の原因となりやすいので注意を要する。家庭で 患児の看護をする場合には一般的な手洗いの他に消毒剤の使用も勧め たい。汚染が考えられる下着も患者の物は、消毒剤(数分間の煮沸)で処理した後に洗濯するのがよい。

食中毒の予防のためには日頃の健康管理が重要である。健康な体を保つと強い酸性の胃液が十分分泌され、口から入る多くの食中毒原因菌は殺される(従って発病しない)からである。また、食中毒はO−157だけで起こるのではないことも忘れてはならない。16種類もの菌が 食中毒を起こすことが分かっており、食中毒予防のためには、正しい、しかも幅広い知識を身につけることが大切である。


(参 考)

病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)O−157による

下痢症に対する治療上の留意点

1)抗菌剤療法

あらゆる病気にも通用することであるが、本症の場合も早期診断が 望まれる。特に本症の場合、早期の抗生剤投与が有効なので、早期診断を心がける。ある程度進行した病態での抗生(菌)剤の投与は、かえって病態を悪化させるとの意見もある。その理由は、普通大腸菌は外毒素(この場合はベロ毒素)の多くをペリプラズム中に貯蔵しており、この菌が抗菌剤で殺されることに伴って毒素が一度に放出され、病状を悪化させるからと考えられる。また、ベロ毒素に内毒素が加わり、相乗的に毒性を発揮する可能性もいわれている。さらに、不完全な抗菌剤投与が、

ベロ毒素の産生を増やすという考えもある。これらを考慮すると、有効な抗菌剤の常用量(多量ではなく)を投与すべきであろう。ただし、 本菌感染症に対する厳密な対照をおいた効果判定に関する研究はまだ ない。したがって、抗菌剤が本症に有効か無効か(あるいはかえって 害があるか)は、今後十分検討される必要がある。しかし、本人の治療とともに2次感染防止のためにも、抗菌剤の投与を避ける積極的な理由は現在のところない。

原因菌の分離ができない症例や抗菌剤感受性試験が実施できないことも多いと思われる。この際はエムペリック(経験的)治療をせざるを えないが、この目的のためにはテトラサイクリン(ミノマイシンなど)やニューキノロン(ノフロキサシン、スパルフロキサシンなど)系抗生剤が選択されることが多い。本来なら、現在流行中のO−157の抗菌剤感受性の傾向を参考にすべきであるが、残念ながら今年問題になっているO−157菌株の抗菌剤感受性結果に関する情報は現在のところ ない。

2)補助療法

抗菌剤を除いて本症に対する特異的な治療はなく、対症療法的な補助療法を必要とすることが多い。補助療法の基本は、下痢に伴う脱水症 の是正である。この際、電解質バランスの調整も重要である。また、 激しい血便を伴う場合は、輸血も考えなければならない。止痢剤の使用は、害のほうが多いので、使用を避ける。

3)合併症に対する治療

約10%のケースで Hemolytic uremic syndrome(溶血性尿毒症症候群−HUS:まれにThrombotic thrombocytopenic purpura)を合併 することがある。病状はさまざまに展開する可能性があるので、すべてのケースを論じることは不可能に近い。病状に応じた対症療法を行う こと。最も重要な事は、血漿交換(血中のベロ毒素の除去効果も期待 される)と共に透析療法(人工腎、腹膜透析)の導入時期を誤らない ことである。ヒト型グロブリン製剤投与が、ある程度HUS患者の病態を改善させたという報告があるが、厳密な対照をおいた研究結果はまだない。

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(別表)

腸管病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)の種類と特徴




腸管病原性大腸菌(狭義)

enteropathogenic E.coli

(EPEC)





腸管組織侵入性大腸菌

enteroinvasive E.coli

(EIEC)






毒素原性大腸菌

enterotoxigenic E.coli

(ETEC)












腸管出血性大腸菌

enterohemorrhagic E.coli

(EHEC=VTEC)






腸管凝集付着性大腸菌

enteroaggregative E.coli

(EAggEC)


BFP,Intimin:Hep-2 細胞付着性

→ミオシン・アクチンのリン酸化

(attaching and effacing付着)






侵入因子→上皮細胞への侵入・

細胞破裂








毒素:
LT→アデニル酸

シクラーゼの活性化

ST→グアニル酸

シクラーゼの活性化

定着因子:CFA/I-IVなど








毒素:VT1,VT2→タンパク質

合成阻害作用

定着因子:eae

(attaching and effacing付着)



AAF/1:Hep-2 細胞付着性

ST様毒素(EAST1)




下痢,発熱,腹痛,悪心,

嘔吐(非特異症状)






下痢(粘血便),発熱,

嘔気,腹痛,嘔吐










下痢(水様性),腹痛,

発熱,嘔気












血便,腹痛,嘔気

嘔吐,発熱











EPECの症状に類似

(遅延性下痢が多い)



26,44,55,86,111,

114,119,125,127,

128,142,158

28ac,112,121,124,

136,143,144,152,

164














6,8,11,15,25,27,

29,63,73,78,85,

114,115,128,139,

148,149,159,166,

169





26,103,111,128,

145,157










44,127,128