X 大学病院への期待に応えてー現状と当面の課題
1 教育・研修について
- 医師、歯科医師の卒前の実習についてはクリニカル・クラークシップの導入等の改革が求められている。また、卒後の臨床研修についても、基本的な幅広い診療能力を修得させるため、ローテイト方式を導入するなど内容を改善し、病院全体としてのプログラムを作成し公開すること、プライマリー・ケア、救急医療、介護等の分野では学外の多様な施設とも適切に連携すること、病院内の研修実施体制や評価体制を整備することなどが課題となっている。なお、医師の卒後臨床研修のあり方については、現在、関係者の協議会において検討が進められており、その検討状況を踏まえ、本懇談会でも検討が必要である。また、歯科医師の卒後臨床研修については、努力義務化に対応した受入数の増加が進められており、引き続き対応する必要がある。
- コ・メディカル・スタッフの卒前の実習関係では、大学病院では、本院1病院当たり、看護婦を目指す学生289人、薬剤師を目指す学生28人、診療放射線技師を目指す学生19人、理学療法士を目指す学生13人等が受託実習生として受け入れられている。今後、看護婦の養成課程においては、その養成数の増加に対応して病院実習の受入れへの対応が求められている。薬剤師の養成課程においては、薬剤師の医療現場における役割の重要性を踏まえ病院や薬局における実務実習を現在の2週間程度から当面1ヶ月程度に延長することが課題となっており、その対応が必要となっている。
- また、薬剤師や看護婦等については、卒後の研修についても病院研修生として受け入れが行われており、卒業後の実地研修、大学院学生の実践的な研究等の場を提供している。今後とも生涯学習の観点を含め、受入れの要請に応えていく必要がある。
- これらへの対応に当たっては、指導体制の充実、研修施設・設備の整備、指導に要する経費、医師・歯科医師の卒後の臨床研修にあっては研修医の処遇改善等について、条件整備が必要である。
- 学内に、コ・メディカル・スタッフの養成学部を有する場合は、その実習受入れについて附属病院との連絡・協力体制を整備するべきである。その一環として、看護学部等の教員を附属病院の教員と併任したり、看護部長等を看護学部等の教員と併任するなど両者の人事交流を進めることが有効であると考えられる。ただし、後者について、国立大学においては看護部長は技術職員のポストとされていることから、なお検討が必要である。また、一般にコ・メディカル・スタッフの職種と教員との交流に当たっては、教員選考に当たり実務経験を適切に評価することが必要である。このことは、第一次報告で提唱した「臨床教授」制度の趣旨と同様に、医療現場での豊富な経験を有する医療人に臨床教育に参加してもらう観点からも望ましいものである。
- また、実習の受入れについて円滑な調整を図るため、都道府県の保健衛生担当部局の仲介により、大学病院や地域の医療機関等とコ・メディカル・スタッフの養成大学等の間で連絡協議を行う場を設けることなどが考えられる。
- コ・メディカル・スタッフを養成する大学の側が自ら附属病院を設置することも一部で例があるが、一層検討されてよいと考える。
- また、地域の中核となる最先端の医療機関として医療人に生涯学習の機会を提供することも期待されており、研修登録医制度の活用等によりこれに対応する必要がある。
- 教育研修の場として質の高い医療を行うためには剖検を実施することが重要であり、実施体制の充実を図る必要がある。
2 研究について
- 大学病院では、疾患の原因解明、新しい診断法と治療法の開発を中心に活発な研究活動が行われている。診断の面では、感染症等の診断の迅速化、ME機器の利用による患者負担を軽減した検査方法、診断法の精度改良、病態の解明のための検査、治療方針決定のための診断法等の分野で研究が進められている。治療の面では、より安全・確実な手術方法や患者のQOLを改善する内視鏡的手術等の新しい手術法の開発、移植医療、新しい薬物療法等の分野で研究が進められている。医用工学やバイオテクノロジ−を応用した先端的な医療技術の研究も進み、人工臓器、放射線治療、遺伝子診断・治療等の面で進展が見られる。
- 今後も引き続き、疾患の原因解明、新しい診断・治療方法の開発など臨床研究を進める必要がある。この場合、基礎医学的な研究方法によるもののみでなく、診断・治療方法の有効性に関する比較研究や、新しい医療技術のもたらす生命倫理的な観点なども重視する必要がある。
- 臨床研究の推進のためには研究費の充実が必要であることは言うまでもないが、特に先端的な医療研究の推進のため、高度先進医療として承認されるまでの研究費の措置が必要とされており、国立大学における高度先進医療開発経費の充実や科学研究費補助金の配分等における配慮が望まれる。また、受託研究費に係る税制等の改善も必要である。
- 医薬品等の臨床研究については、前述の趣旨に基づき、一層適正な実施に努めるとともに、円滑な実施のためにも、その意義につき社会的な理解を得られるよう周知を図る必要がある。
3 医療について
(1) 患者本位の医療の推進
- 患者本位の医療を実現するため、診療科の体制を見直し、従来のナンバーを付して細分化された診療科から、内科系、外科系等の系統別あるいは臓器・疾患別に再編成したり、初診患者等への対応を担当する総合的な診療部門を設ける例がみられる。このような試みは、患者の受診を容易にし、関係医師の協力により質の高い医療を提供できるものであり、教育面での大講座化や施設の再開発とあわせて、積極的に推進すべきである。
- 医療に関する情報の管理・提供の面でも、病院が患者側と情報を共有することが求められており、診療の場におけるインフォームド・コンセントや、服薬指導・相談の場での医薬品情報の提供による適正な薬剤使用についての助言等について引き続き充実に努める必要がある。このような配慮は、患者に対する心理的、社会的、倫理的アプローチを推進する観点からも重要である。
- 医療に関する情報技術の進展も患者に対する医療サービスの向上に大きく貢献している。医療情報システムの充実により病院業務の合理化、効率化、正確化が進んでおり、きめ細かな診療予約の導入や投薬や検査等のオーダーリング・システムの導入による各部門での待ち時間の短縮、検査結果の迅速な還元などにより、「3時間待ちの3分間診療」といわれた状況は解消しつつある。診療や服薬指導等にも情報システムが活用されている。
- 大学病院が他の医療機関との間で患者の病状等に応じて適切に紹介患者を受け入れ、また、逆紹介を行うなど連携を図っていくことも重要である。このような連携を円滑に進めるために、情報技術を活用して、大学病院と関係の医療機関の間で医療情報を共有するような体制づくりを進めることが望まれる。
- 病院の再開発などの施設整備に当たっても、患者アメニティーの改善に配慮した外来、病棟の環境改善等整備が進められている。
- その他、初診患者等に対応した医師・看護婦等による相談体制やボランティアの参加も得た案内体制の整備、教育委員会とのタイアップによる長期入院児童に対する院内学級の設置、入院患者への図書サービス、研修による職員の接遇の改善など様々な試みが行われており、今後ともこのような努力が続けられるべきである。
(2) 高度医療の提供と先端医療の導入
- 地域医療の中核として、先端的医療技術を開発し提供していくこと、そのほか高度の医療提供に引き続き努めるべきことはいうまでもない。特に大学病院は従来から難病対策の主要な拠点としての役割を担ってきたが、近年でもエイズ拠点病院の指定を受けるなど、この面での期待が強いことに留意するべきである。
(3) 地域医療への対応
- 情報通信技術を活用して地域の医療機関とのネットワークを形成するなどにより、医療や教育の面での協力を深めることが望まれる。このようなネットワークの活用により災害時の協力体制を整備することも重要である。また、大学の救急センターや救急部は地域の救急体制の中核として引き続き重要な役割を果たしていく必要がある。
- 地域の中核的医療機関としての大学病院の役割は、高度医療の提供に限られるわけではなく、今後は、各大学病院の判断により、附属の老人保健施設や特別養護老人ホームを設置して長期療養者や要介護者のケアを行ったり、終末期患者に対して緩和ケアに取り組むなど、新しい分野を開拓することも重要であり、学生等に幅広い教育・研修の機会を与えるためにも有意義でもあるので、今後このような多様な在り方が検討されてよいと考えられる。
4 大学病院の運営について
- 以上のように近年一層多様化・複雑化しつつある病院業務を円滑に実施するための管理運営の在り方については、なお十分な検討が必要である。当面病院長の任期の長期化や専任化を検討すること等により、そのリーダーシップの強化を図ること、教育・研修、管理等の機能ごとに分担した副病院長や病院長補佐を置き、多様な人材を登用するなどにより運営体制を充実すること、医療技術職員の業務について検討すること、病院経営の専門的職員の養成方策を検討すること、最新のマルチメディアを活用した病院管理システムを構築することなどの課題がある。
5 条件の整備
- すでに個別に言及したが、大学病院に対する期待に応えるため人員、施設、経費面での配慮が必要である。特に医療人育成に関する実習・研修機能については、大学病院の機能のひとつの柱として今後充実を図っていく必要があり、所要の指導者、施設・設備、経費について格段の配慮が求められる。
Y おわりに
- 本報告では、大学病院の今後の在り方について次のような提言を行った。
- @ 大学病院を「教育病院」と位置付け、広く医療人の育成のための研修 や実習について大学病院の機能のひとつの柱として充実を図っていく 必要があること。
- A 研究面では、我が国の医療をリードする先端的・先進的研究を一層 進めるとともに、既存の診断・治療方法の科学性・有効性について検証する研究も重視すべきこと。
- B 医療提供の面では、患者本位の医療のため大学病院は様々な改善の努 力をしているが、今後とも患者の受診しやすい診療体制の整備などを一 層推進すべきこと。
- このように大学病院は、医療の場であるとともに、医療人の教育や臨床医学の研究の場でもあるという特性を有しており、この面で患者の協力を得る必要がある。このため、教育・研究の機能は将来のよき医療人の育成や我が国の医学・医療の進歩のため不可欠のものとして大学病院で行う必要があること、及び学生、研修医等が診療に参加したり、新たな医療技術を臨床に適用するなどの場合でも患者の人権や安全に十分配慮して行っていることなどについて、個々の患者にも十分説明するとともに、広く国民に対しても理解が得られるようマルチメディアの活用を含め様々な広報活動に努める必要がある。
- また、本報告で提言した事項を含め大学病院としての自己点検・評価を行うなど、適切な評価を行い運営の改善に活用していくことが望まれる。
21世紀医学・医療懇談会協力者名簿