はじめに


1. 経緯

教育部会においては,懇談会から第1次報告に盛り込むべき具体的な提言事項を検討するよう依頼を受け,4回にわたり検討を行った。本報告は,教育部会における検討結果を,21世紀に向けた医療人育成のあるべき姿を提示しつつ,早急に行政及び各大学等において取り組むべき課題についてとりまとめたものである。

2. 基本的な考え方

(1) 医学・医療については,生命の尊厳と個人の尊重の保持を基本として,患者中心,患者本位の立場に立って進めることが重要である。教育部会においては,@患者中心の医学・医療をキーワードとしつつ,健康人も含め,国民が望む人間中心の医学・医療を推進する必要があること,A生命の尊厳が第一に尊重される必要があり,医療人は生涯にわたり倫理観と責任感を持つことが求められること,の2点を強調する必要があると考える。

(2) 一方,現在の医療人育成の状況は,@いわゆる「受験学力」のみに基づいて,将来の医療人になるべき人材を大学入学時点で選抜する状況があること,A学部教育においては医学等に関する教育が中心であり,実習をはじめ医療に関する教育が不十分なこと,B医療人育成の観点からみると不十分な教育指導体制になっていること,など国民の期待に応える医療人の育成の観点に立っていない状況がみられるところであり,抜本的な見直しが必要であると考える。

(3) 本報告は,以上の視点から,21世紀に向けた医学・医療のあり方を見据えつつ,国民の命と健康を守る重要な責務を担っている医療人の育成方策について,今後改善すべき点をとりまとめたものである。

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T. 21世紀に向けた医学・医療のあり方を考える上での視点


1. 医学・医療を取り巻く環境の変化

(1) 近年における医学・医療の進歩は,バイオサイエンスやニューロサイエンスを始め,めざましいものがあり,様々な疾病の克服に貢献している一方,脳死,臓器移植,体外受精,遺伝子治療など生命倫理の問題,さらには生命の尊厳との調和の問題を投げかけている。今後,先端医療の進歩とその制御とのバランスをどう考えるのかがますます大きな課題になるものと考えられる。

(2) 我が国の高齢化は急速に進展しており,今後65歳以上の老年人口割合は,平成19年(2008年)には20%を超え,さらに同30年(2019年)には25%を超えるなど,これまでどの国も経験したことのない超高齢化社会を迎えることが予測されている。このため,疾病構造も慢性疾患中心型になるとともに,高齢者を中心に要介護者の大幅な増加が予想されている。さらに国民負担や公費負担の限界をめぐる問題など医療経済の視点がますます重要になるものと考えられる。

(3) 医学・医療に対する最近の社会的ニーズは,疾病の治療だけでなく,人が健康で幸せな一生を送るためにどうするのかという視点を含んでおり,疾病の予防からリハビリテーション,介護までを一貫して考えることが求められている。その際,患者のクオリティ・オブ・ライフ(生活と人生の質)を重視する視点,治療(cure)だけでなくケア(care)を重視する視点,が重要であり,さらに医療に加え福祉まで見据えた取り組みが求められている。

(4) 医療を提供する場としては,従来,病院や診療所が中心的役割を果たしてきたが,近年,老人保健施設が増加傾向にあるのに加え,療養型病床群や在宅医療の重要性が指摘されている。基本的な考え方として,一人の医師,一つの病院で自己完結型の医療を提供するのではなく,プライマリケアから高度医療まで,あるいは医療だけでなく介護や福祉まで,地域において関係する施設が相互の協力体制を作りつつ国民のニーズに対応していくことが必要である。

(5) 患者は,病者であると同時に一人の生活者であり,人権の主体であることを踏まえた医療や社会環境の整備が必要であり,ノーマライゼーションの発想が重要である。

(6) 国際化の進展に伴い,疾病構造も地球的規模で考えることが必要になっているとともに医療や医療人の質については国際的に通用するレベルを確保することが求められている。

2. 期待される医療人像

(1) 医療人の在り方には,豊かな人間性など基本的に不変なものがあり,例えば 医師,歯科医師,看護婦(士)については,すでに別添にあるような指摘がなされているところである。最近の医療人をめぐる状況を踏まえると,特に豊かな人間性,深い教養及び医療人としての倫理性については,改めてその重要性を強調する必要があると考える。

(2) しかしながら,一方で上記のような医学・医療を取り巻く環境の変化の中で,医療人の在り方についても,次のような新しい視点が求められるようになってきている。

@医師の判断と能力に基づき選択した医療を提供するという医療の在り方は,患者の意思を無視した医療が行われる危険があり,近時「医師のパターナリズム」として批判されるようになっている。これに対し,医療に関する患者の意思と自由を尊重し,患者の人権を守れるような医療を提供できるように,医療人と医療を受ける者との関係が変わることが求められており,その中心となる視点としてインフォームド・コンセントの重要性が指摘されている。このことは,患者が医療情報あるいは医療の選択肢へアクセスできることを意味しており,また一方で,患者にとっても選択する責任が生じることを認識することが重要である。

A医療は,医師又は歯科医師だけで提供するのではなく,薬剤師や看護婦(士)など他の医療人を含めたチーム医療,地域医療の様々な担い手を含めたチーム医療,として行うことがますます重要になっている。また,医学・医療に対する社会的ニーズの変化や医療の場の多様化に伴い,従来にもまして,医療人それぞれの役割及び専門性を重視した医療のあり方が求められるようになってきている。

B医療人は,人間性への深い洞察力を持ち,医学・医療に関する幅広い専門知識を有するとともに,医学・医療を取り巻く環境の変化に適切に対応できるよう,倫理的・法的な知識や医療経済を含めた社会問題に関する知識についても修得するよう努めることが求められている。また,当然のことながら,知識だけにとどまることなく,臨床面での対応を適切に行いうる能力や態度を修得することが不可欠である。

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U. 期待される医療人の育成方策


(1) 医療人は,様々なバックグラウンドを持つ患者を対象とすることが多いが,その対応にあたっては,患者一人一人のバックグラウンドについての理解を含めた全人的な医療が求められている。また,個々の疾病の中に新しい発見があると言われるように,常に疑問を持ち問題を解決していくことが必要である。このため,医療人には,幅広い教養を持った感性豊かな人間性,人間性への深い洞察力,社会ルールについての理解,論理的思考力,コミュニケーション能力,自己問題提起能力や自己問題解決能力などを持つことが求められている。このような資質を育てることは医療人育成を考えるにあたっての根本である。

(2) このため,医療人を育成するためには,人間的な成熟を促し,幅広い教養を身に付けさせるための教育を行った後に,医療に関する専門的な学習を行うことが望まれる。また,様々な学習経験,社会経験を有する者が相互に切磋琢磨する環境を作り上げる中で,協調性を持ちつつ人間理解に富んだ医療人が育成されるものと考えられる。したがって,21世紀においては,例えば医師育成について言えば,米国にみられるように,大学の学部4年において幅広い教養教育及び生物,化学等の分野の学習を修了した者が,4年制のメディカル・スクールに進学し基礎医学及び臨床医学を集中的に学習する教育制度を設けることが望まれる。

(3) 期待される医療人像を踏まえた育成方策については,上記に述べたような新しい制度を設けることが最も効果的であると考えるが,その実施にあたっては引き続き検討すべき課題も多くあるものと思われる。したがって,本項においては,期待される医療人の育成に向けて,現行制度下において当面すぐにでも対応できる方策について下記のとおりとりまとめた。

1. 医療人として適性のある者の選考

(1) 現在,医師,歯科医師,薬剤師の育成は大学においてなされ,看護婦(士)等についても大学・短期大学における育成が増えてきている。これらの医療関係職種の場合,大学・短期大学の医療関係学部への進学は,卒業後の進路として医療関係職種を選択することに直結しているのが現状である。したがって,高等学校から医療関係学部に進学する際には,単に学力成績のみによることなく,医療関係職種に対する適切な理解の上に立った進路選択が行われることが大切である。このため,子供の時期から医療や福祉の現場に触れることができる機会を増やすことが重要である。さらに,中学校や高等学校における進路指導において,医療関係学部への体験入学や医療施設の見学などの機会を提供したり,学校・学部の選択について本人の目的意識や適性等を尊重した指導を進めることが求められる。

(2) 大学入学者選抜については,近年,受験生の能力・適性等を多面的に判定するために,学力検査ばかりでなく,小論文,面接,実技検査などを実施したり,推薦入学や社会人等を対象とした特別選抜を実施する大学が増加してきている。臨床を担う医療人になるために求められる適性は,学力のみで判定できるわけではなく,学力検査とは異なる評価方法も積極的に活用することが必要である。例えば,ある大学の医学部では,知力に偏重した入試ではなく,医師としての資質・適性を持った学生の選抜を目的に,大学が独自に作成した調書にボランティア活動やスポーツ活動等を記載させ,入学志願者の高校時代の学力以外の種々の活動を評価する選抜を実施している。このように,医療関係学部についても各大学において大学入学者選抜方法の改善に取り組んでいるが,医療人としての適性に疑問がある者を排するためだけではなく,今後さらに,医療人になるための適性や明確な目的意識を持っている者を積極的に受け入れるよう,面接にかける時間をもっと長くしたり,調査書や適性検査(MCAT(Medical College Admission Test) Skills Analysis法等)の活用を検討することが望まれる。なお,十分な面接等を実施するために,大学入試日程との関係も含め検討する必要がある。

(3) また,大学入学者選抜において,専門高校や総合学科など高等学校における学習歴を評価するよう,その工夫改善が求められる。

  衛生看護科は,高等学校段階で医療関係の学習を行う学科であり,その教育 内容は医療の現場に対する理解と経験を深める上で貴重なものである。学校基 本調査によれば,平成7年度においては,全国で141校,生徒数は23,575人となっている。卒業生の多くは,大学,短大,専門学校,高等学校専攻科へ進学し,看護婦資格を取得しているが,各大学等では,衛生看護科を卒業後,看護学部等に進学を希望する生徒に対して,推薦入学枠の拡大や専門高校卒業生選抜等を積極的に進めることが必要である。

  さらに近年,高等学校において介護福祉士の資格取得等を目指して福祉に関 する学科の設置が急激に増加しており,平成7年度においては全国で47校と なっている。超高齢化社会を迎え,医療と福祉の混在が進む中,福祉に関する 学科の存在はますます重要になっており,各大学では大学入学者選抜において 福祉に関する学科の卒業生に対しても同様の取り組みがなされることが望まし い。

  最後に,平成6年度に生徒一人一人の豊かな個性に適切に対応するために,格段に自由で柔軟に学習できる学科として,高等学校に総合学科が新たに制度として設けられ,以来全国的に特色ある総合学科の設置が進められている(平成8年度においては全国で45校設置)。総合学科においては,さまざまな個性をもった生徒が自己の将来に向かって,各個人の学習計画を立てており,各大学では,そのような個性や学習歴を評価するような選抜方法の工夫が期待される。

(4) 現在は,原則として18歳時点で医療関係学部への進路選択がなされているが,社会の複雑化等に伴い,18歳時点で明確な目的意識を持たずに,他学部に入学後あるいは社会人になってから,医療人になりたいという明確な目的意識を有するに至る場合がみられる。このような場合に医療人への道を開くために,社会人等を対象とした特別選抜の実施や医療関係学部の編入学枠の拡大を図る必要がある。このことは,社会人等に医療人への道を開くのみならず,多様な学習経験,社会経験を有する者が相互に切磋琢磨する環境を育てる上でも有意義と考えられる。また逆に,医療関係学部に入学したものの,他の道を歩みたいと考えた者には,他学部への転学部等が容易に行えるようにすることも必要である。

2. 学部教育の改善

(1) 期待される医療人育成の上で,適性のある者の選考に加え,如何に充実した学部教育を提供できるかが最も重要である。平成3年7月の大学設置基準の大綱化を受けて,各大学・学部においては,それぞれの理念・目的に基づいたカリキュラム編成の取り組みが進められているところである。今後さらに学部教育の改善を進めるにあたり,各大学・学部では,医学・医療の環境の変化を受けて,どのような理念・目的の下に学部教育を進めていくのかについて十分な検討を行うとともに,その実現のために多様なカリキュラム編成やコースの設置(例えば,良医の育成に重点を置いたコース,研究の推進に重点を置いたコースなど)を積極的に進めることが期待される。

(2) 医療を考えるに当たって,医療人が生命の尊厳について深い認識を持っていることは極めて重要である。学部教育において,生命の尊厳についての教育,死についての教育,患者の立場に立った体験学習などを推進することが強く求められているところであり,老人保健施設や介護・福祉施設等での体験実習,患者として病院等へ体験入院を行うなど,体験学習の推進を図ることが必要である。また,超高齢化社会を迎える観点から,老年医学や老人保健施設の重要性を踏まえた教育を進めることが求められる。

(3)医学・医療の進歩と情報量の増大を受けて,医療人は患者のために,生涯にわたって学習を継続していくことが義務になっていると考えられるところであり,学部教育においては,自己学習力や自己問題提起・解決能力など生涯学習の態度・習慣を修得させることが必要である。このようなことを踏まえ,今後教養教育を含め学部教育の改善を進めていくにあたっては,次のような点の改善・充実を図ることが必要である。

@専門分野ごとに分化された教育内容を寄せ集めたカリキュラムではなく,各大学・学部の理念・目的に基づいた統合カリキュラムの作成を推進する。各大学・学部でのカリキュラム改革に資するよう,平成8年度から予算計上されたコア・カリキュラム開発推進経費を活用して,モデルカリキュラムの作成や学部内コースの検討を進めることが望まれる。また,カリキュラムの作成にあたっては,プライマリ・ケアや救急医療などを含めた基本的な内容を重視するよう留意する必要がある。

A現在,教養教育と専門教育との有機的な連携に配慮した一貫教育に向けたカリキュラム改革が進められているが,その中で専門教育のみが重視され教養教育が軽視されているのではないかとの指摘がある。医療人育成の上で,教養教育の目的である幅広い知識と豊かな人間性の涵養は極めて重要であり,教養教育に十分配慮したカリキュラム編成に努めるとともに,例えば専門教育担当の教員が教養教育を担当するなどの工夫が必要である。さらに,幅広い教養や豊かな人間性は,カリキュラム区分としての教養教育のみならず,専門教育も含めた大学教育全体を通じて培われるべきものである。また,自然の生命への畏敬の念を養い,生命の尊厳を身をもって体得させつつ人間性の陶冶を図るために,豊かな自然環境の中で学生と教官が合宿生活を過ごすことも効果的であると考える。

B現在は,主として学力成績に力点が置かれて,将来の医療人になるべき人材を大学入学時点で選抜している状況にある。しかしながら今後は,学部在学中に医療人としての適性を判断すること,教養教育を含めた学部教育に学生が意欲を持って学習する環境を育てることなどの観点から,2年次修了時点で進級のための選抜を行うことも検討されるべきである。

C大教室での講義形式ではなく,学生の自主的な学習態度を育てることができるよう,少人数教育やチュートリアル教育を積極的に導入するとともに,マルチメディアの活用を図る。そのためには,医学教育に関する教育方法の研究開発を進めるとともに,指導体制の充実を図るためにティーチング・アシスタント制度の活用や後述の「臨床教授」(仮称)制度の創設を進める必要がある。

D現在の系統的な知識伝授型講義や見学中心の臨床実習を抜本的に変えるために,クリニカル・クラークシップ(例えば,医学生が病棟に所属し,医療チームの一員として患者の医療に携わる臨床実習の形態を言う。)の積極的な導入を図る。そのためには,「臨床実習検討委員会最終報告」(平成3年5月13日,厚生省)を踏まえつつ,また指導教官の責任においてフレキシビリティをもたせ,クリニカル・クラークシップの実施に関するモデル例を作成したり,研修医などの若い医療人も指導者として参加する体制を取ることが望まれる。また,患者の信頼を得られるよう,事前に参加する医学生を十分教育し,その学力をチェックしたり,実施する診療科の重点を決めることが必要である。さらに,大学病院において学生や研修医等が臨床実習を効果的に行えるよう,必要なスタッフの確保や大学病院における教育施設・宿泊施設などの施設の整備を図ることが必要である。また,大学病院においては,国民に教育病院としての意義,役割を理解してもらうよう引き続き努力することが必要である。

Eチーム医療の進展やインフォームド・コンセントの重要性の高まりを踏まえ,人間性への洞察力や他人との協調性を涵養し,さらに患者や家族とのコミュニケーション能力を育成することが必要である。このため,ビデオ実習システムなど基本的な面接・診療技法の修得を目指した実習方法の工夫や合宿研修施設の活用などが望まれる。

F遠隔医療診断の発展などの医療情報の進展がみられるとともに,学生の自主的な学習の上でも効果的なことから,マルチメディア機器の積極的な導入やソフト開発の推進が必要である。また,急速な技術開発が進む医療機器の適切な管理,使用についても理解を深めることが必要である。

Gクリニカル・クラークシップも含め,我が国においては教育を評価するシステムが不十分であり,各大学における評価組織の充実を含め,教育評価のシステムを構築する必要がある。

(4) 医療人の育成を図る上で,臨床実習を含む臨床教育の充実を図ることは極めて重要である。そのために新たに「臨床教授(臨床助教授・講師を含む。)」(仮称)制度を設け,大学の教員とともに,大学以外の医療機関等の優れた人材が医療現場での豊かな経験を踏まえ,医療人育成に参加,協力できる方策を立てることが強く望まれる。また,このことにより大学内に競争原理が導入され,教育研究の活性化につながることも期待される。すなわち,医学・医療を取り巻く環境が変化し,医療の場及び内容が多様化している中で,臨床現場における豊富な経験を有する優れた医療人に対し,各大学において一定の基準に基づいて「臨床教授」の称号を付与し,大学における臨床教育の指導体制の充実を図ることが考えられる。また,臨床実習の充実を図るためには,学生が多くの症例を経験する必要があり,そのためには,関連病院など地域の医療機関等との連携をさらに深め,臨床実習を大学病院を中心とした施設群で実施する体制を整備する必要がある。「臨床教授」制度の創設は,大学病院以外の医療機関等における指導体制の充実にも有益であると考えられる。「臨床教授」制度の創設にあたっては,「臨床教授」が継続的に学習できる環境を維持できるように,例えば研究費申請の便宜を与えたり,ある程度の経済的裏付けを確保することを検討する必要がある。

(5) 学部教育の改善を図る上で教員の果たす役割は極めて大きい。基本的な視点として,学生本位の教育がなされているのかとの問いかけが重要である。しかしながら,教員選考も含め教員の評価は,もっぱら研究業績を中心になされることが多いとの指摘がなされているところであり,今後,教員選考にあたって教育能力や診療能力等を今まで以上に積極的に評価したり,「臨床教授」制度の活用などにより,教員の指導体制の充実を図ることが必要である。さらに,現在の講座制を見直し,例えば大講座化するなどにより教育研究体制を改革することも効果的であると思われる。なお,研究能力に加え,教育能力や診療能力が医療人間で適切に評価される環境を作る上で,大学卒業後において教員等の大学間交流を積極的に進めることが有益である。また,大学・学部の教育・研究の活性化を図るためには,他校出身者を積極的に教員に採用することや大学審議会の審議の結果を踏まえて,任期制が導入された際には,任期制を活用して教育研究の活性化を図ることも望まれる。
  さらに,学部教育の改善を図るためには,教員の教授法に関する研究開発と能力の向上を図ることが必要である。現在,医学教育に関しては「医学教育者のためのワークショップ」が行われ成果を上げているところであるが,今後その拡充を図るとともに,他の分野についても同様な研修を行うことを検討する必要がある。

(6) 医療関係職種の国家試験は,それぞれの医療関係職種として持つべき態度・ 技能・知識を判定するものであるが,現在は筆記試験により行われており,必ずしも態度・技能を的確に評価する試験方法が取られていない。これまでも試験方法の改善の努力はなされているが,実際上,国家試験の試験方法が学部教 育に対して与えている影響は大きく,今後,態度・技能を評価する試験(例えば,Behavioral Scienceに関する試験)を導入すべく検討がなされることを強く要望するものである。また一方で,各大学・学部においては,卒業時点において,各学生が必要な態度・技能・知識を修得しているがどうかについて厳しく評価する責任があることを改めて自覚することも求められている。

(7) 以上においては,医療関係学部に共通した課題について考え方をとりまとめたが,本項においては,個別分野について特に強調すべき課題について考え方 をとりまとめた。

 @近時,医薬品を取り巻く問題が大きな関心を呼んでいるが,医療における医薬品の適正使用,高度な医薬品や医療機器の研究開発などの点で,医師や薬剤師の役割は非常に重要である。このため,医師育成における臨床薬理学教育及び薬剤師育成における医療薬学教育の充実に努める必要がある。また,薬剤師育成における医療薬学の実務実習の充実の観点から,実務実習受け入れ施設の確保,医療機関や薬局の体制整備を進めることが重要である。

 A近年の医学・医療の急激な進歩,人口の高齢化,保健医療を取り巻く環境の変化等に伴い,看護に対するニーズは多様化・複雑化しており,また,ケアの視点が医療の中でますます重視されてきている中で,これらに十分対応し得る資質の高い看護婦(士)等の育成が強く求められている。現在,大学等における看護婦(士)等の育成が進められているが,今後さらに積極的に進める必要がある。なお,このためには,大学等における看護系教員の確保が喫緊の課題になっており,看護系教員の育成についての対応が望まれる。

 B看護婦(士)等医療技術者の育成について,各大学等においてそれぞれの理念・目的に基づいた多様で特色あるカリキュラムを編成するには,各職種ごとに国家試験の受験資格を得られる養成学校の指定基準等を定めた指定規則の弾力化等を図ることが不可欠である。平成6年2月に閣議決定された「今後における行政改革の推進方策について」において,「既に大綱化が行われた大学設置基準等との整合性を図る観点から,看護婦等医療技術者に係る看護婦学校養成所指定規則等について,適切な臨床能力を有する医療技術者の育成という基本を踏まえつつ,一層の弾力化等その見直しを行う。」とされている。看護婦(士)育成については,既にこの趣旨に沿った取り組みが進められているが,今後,他の医療技術者の育成に関しても積極的に検討を進める必要がある。さらに,前述の閣議決定において,「多様性のある資質の高い人材の確保の観点から,医師等と同様に必要な課程を修めて卒業した者については国家試験受験資格を付与することなどを検討する。」とされており,大学・短期大学にあっては,指定規則の適用除外等を含め検討する必要がある。

3. 医療人の生涯学習の充実

 医学・医療を取り巻く環境が大きく変化する中,従前にも増して,医療人が生涯にわたり絶えず最新の知識・技術を修得するよう努めることが求められている。既に各学会や日本医師会などにおいて数多くの生涯学習の場が提供され,大きな成果を上げている。
 大学においても,研修登録医制度を通じて生涯学習が推進されているが,今後,大学が地域の医療機関と絶えず連携しつつ,医療人を対象とした公開講座の充実など,医療人の生涯学習により一層積極的な役割を果たすことが期待される。
なお,医師及び歯科医師については,卒後臨床研修が行われているが,それぞれの職責を遂行するための基本的診療能力を身につける大事な時期である。今後,良きフレキシブルな研修プログラムの作成,質・量ともに良き指導医の 確保,研修医の経済的基盤の確立などにより,卒後臨床研修の改善・充実に努 める必要がある。

4. 医療人育成支援のための条件整備

(1) 医療人育成を充実させるにあたっては,必要なスタッフの確保,施設・設備の整備,財政的支援の充実が不可欠であり,現場にゆとりが必要である。我が国の現状は米国と比べると,スタッフ数や研修医等のための宿泊施設の整備を始め,かなり低いレベルにある。これらの整備は,医療人育成や創造的基礎研究の推進の上で非常に重要なものである。今後他に例をみないスピードで高齢化が進むにあたり,社会の活力の基盤となる国民の健康を支える医療人育成に対し,国民の幅広いコンセンサスを得つつ,保険制度での配慮も含め必要な投資がなされることを強く期待したい。

(2) 医学・医療について施策を進めるに当たっては,文部省・厚生省等の行政機関,医療関係団体,学会,大学などの関係者が,国民の意見を十分に聞きつつ,相互に緊密な連携をとりながら進めることが望まれる。

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V. さらに検討すべき課題


本項においては,期待される医療人の育成方策のうち,引き続きさらに検討すべき方策について下記のとおりとりまとめた。

1. 医療関係学部の制度の見直し

(1) 現在,大学の医療関係学部は,基本的に高等学校卒業段階,すなわち18歳 時点で進学する制度になっている。しかしながら,@18歳時点で明確な目的意識をもって医療関係学部に進学することは難しいのではないか,A医療人には人間的な成熟が必要であり,学部卒業後に医療関係学部に進学するような制度を考える必要があるのではないか,B多様な学習経験や社会経験を経た者が混ざって相互に切磋琢磨する環境を作ることが必要ではないか,C臨床に従事する医療人を目指す者と医学・医療に関する研究者を目指す者とは異なる育成コースがあってもいいのではないか,などの指摘がある。

これらの指摘に対する対応策の一つとしては,前述のように,大学の学部4年を修了した後に進学する4年制のメディカル・スクールのような制度を設けることが考えられる。また,医師資格を持ちつつ基礎医学分野等の研究者の道を歩む者を育成するために,MD・PhDコースの創設も考えられる。
一方で,我が国の現状では,リベラルアーツ型の学部教育が十分に実施されている大学や学部が少ないなど,米国とは異なる状況にあるのも事実である。しかしながら,医療人育成のあるべき姿を念頭におきつつ,近年,大学・短期大学進学率が高まり,平成7年度においては45.2%になっている状況も踏まえると,上記のような新しい制度の創設も含め,医療関係学部及び大学院の在り方について引き続き検討を行う必要があると考える。

(2) 現在,多くの学会において専門医・認定医の認定を行っており,医師の専門研修の充実の上で重要な役割を果たしている。専門医・認定医制は,臨床系大学院や卒後臨床研修と密接な関連があり,今後その関係を検討する必要がある。

(3) 医師と歯科医師との間における口腔外科や麻酔科の例にみられるような医療関係職種間の境界領域については,このような境界領域を専門とする医療人の育成方策を検討する必要がある。

2. コ・メディカルスタッフの育成方策

(1) 医学・医療を取り巻く環境の変化に伴い,医療の場におけるコ・メディカルスタッフの役割はますます重要になるとともに,ソーシャル・ワーカーなど医療の場に求められるコ・メディカルスタッフの職種が拡大する傾向にある。今後,新しい分野も見据え,コ・メディカルスタッフの育成方策を検討することは重要な課題である。

(2) 近年,資質の高い看護婦(士)等の育成のために急速に大学・短期大学の設置が進められてきている。平成8年度現在,看護系大学でみると,国立21校,公立10校,私立16校となっている。看護婦(士)等医療技術者の育成は,地域医療のニーズに応じて進めることが必要であると考えられるが,今後どのような方針で育成を進めていくかについて検討する必要があると考える。

3. 「臨床教授」(仮称)と医療行為

上記において,臨床教育の充実を図るために新たに「臨床教授」(仮称)制度を設けることを提言した。大学における臨床教育の指導者として「臨床教授」(仮称)の活用を図ることが期待されるが,さらに大学病院において医療行為まで行うかどうかについては,大学病院の診療体制や責任体制の問題も含め,今後さらに検討する必要があると考える。

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