東京大学医学系大学院生体物理医学専攻放射線医学講座
佐々木 康人
この時間は医学部は2年生(M2)が受ける臨床放射線医学の最初の講義です。本来「放射線医学の現状と展望」と題して臨床放射線医学とはどういうものか、その現状と動向をお話する筈でした。たまたま私にとって東京大学での、そしておそらく大学教授としての最後の講義となりました。そこで最初に、2世紀目に入ったばかりの臨床放射線医学の3つの分野、放射線診断学、放射線治療学、核医学がどのように始まったかを振り返った後、本題の炭素同位体の医学応用のお話をしたいと思います。この話題は私自身は過去30年余り常に関心を持ち続け大切な研究テーマとしてきたことなのですが、正規の講義や実習の中では一度も話したことがありません。本日は私個人の貴重な経験を懐古しながらこの愛着の深いテーマについて話すことをお許し下さい。
原子番号が等しく、質量数が異なり化学的性質がほとんど変わらない元素を同位元素(同位体、Isotope)と名付けたのはフレデリック・ソディでした。自然界にある炭素(C)の同位体は12C(98.9%)と13C(1.1%)です。その他、人工的に作られる放射性同位体として14C(β−emitter)と11C(positoron−emitter)があります。
最初に私が用いることになった炭素同位体は14Cでした。14C標識化合物を投与して、簡便な呼気中炭酸ガス(CO2)補集装置を用いて呼気中14CO2を測定して診断を行ったのです。1965年のことでした。乳糖(Lactose−1−14C)を経口投与して成人の乳糖分解酵素欠損症を診断しました。次いで14Cグリココール酸を経口投与して、腸内細菌による胆汁酸脱抱含の検出を行いました。
1970年以降は安定同位体である13C化合物を用いてグリココール酸呼気テストをおこなって来ました。近年
Helicobacter Pyloriの感染と胃炎、胃潰瘍との関連が注目されていますが、13C−尿素呼気テストはピロリ菌感染を検出し、除菌を判定するのに簡便で信頼性のある検査法です。13C標識脂肪及び脂肪酸を用いて脂肪吸収障害の診断に呼気テストを応用できます。
1980年以降
急速な発展を遂げた磁気共鳴画像(MRI)は、今や画像診断の花形といえます。もともと核磁気共鳴(NMR)装置は質量分析(mass
spectro meter)と共に13C化合物の測定に使用されてきました。現在、用いられているより高い磁場のMRI装置を生体内13Cの測定に応用する可能性があります。マウスに13C−エタノールを投与した後に7テスラMR装置で測定した13Cスペクトルと13C画像を供覧します。
ポジトロン放出核種である11Cは様々な化合物に標識してポジトロン断層像(PET)の撮像に用いられます。11C−メチオニンを用いた腫瘍のPET像、11C−レセプターリガンドを用いた受容体画像とその臨床診断への応用をお示しします。血中薬物濃度を測定して患者毎に薬物治療設計をすることをTherapeutic
Drug Monitoring(TDM)と言いますが、受容体イメージはTDMの精度の向上、薬物治療効果判定、新薬の開発にも将来用いられる可能性があります。
以上のように14C,13C,11Cという炭素同位体で標識した化合物の様々な医学応用を紹介致します。