MINCS講義


「心機能の見方、考え方」

岡山大学医学部生理学第二講座 教授 菅 弘之(すが ひろゆき)

平成10年 6月16日 14:30〜16:30

キーワード:心臓、心室、可変弾性、収縮性、収縮期末圧容積関係Emax、心筋酸素消費量、収縮期総機械的エネルギーPVA、収縮効率、Emaxの酸素コスト、PVAの酸素コスト、Caハンドリングエネルギー、興奮収縮連関Ca総量

要旨:

 心臓のポンプ機能の生理、病態生理学的理解は、生体内ホメオスターシスの原動力である心臓の医学・医療にとって必須である。例え、遺伝子異常であっても、不整脈であっても、心筋梗塞であっても、最終的には心機能異常となり、循環不全となり、直接生命を脅かす。

 心機能学は、百年前のドイツのFrankのカエルの心室機能研究に始まり、1920年代イギリスのStarlingらのイヌ心肺標本を用いての心臓法則の発見、1950年代のアメリカのSarnoffらの心機能曲線の提案、1960年代アメリカのSonnenblickらの心筋張力速度双曲線と収縮性指標Vmaxの提案、1970年代の菅(本演者)の心室収縮期末圧容積関係の勾配Emax、引き続く心室総機械的エネルギーを表す収縮期圧容積面積PVAの発見に至っている。心筋、心収縮要素への要素還元も著しい進歩を遂げている。

 心室丸ごとのポンプ機能は圧容積変化、圧容積関係、圧容積軌跡、圧容積面積など圧容積図の中に情報が凝集されている。その理由は、一般的に圧容積図が、袋(心室でも心房でも)の弾性特性、機械的仕事、機械的ポテンシャルエネルギーの情報を持つからである。このような特徴は、圧容積図が袋の壁の応力ー歪み関係を記述するからである。従って、心臓の圧容積関係を解析することによって、心臓内での幾何学やエネルギー保存則によって、要素とシステムとの対応(ミクロ・マクロ連関)が可能となり、心臓の統合的性質が科学的客観性をもって表現できる特徴が出てくる。

 心室の収縮が可変弾性モデルで良く記述されることを私が1960年代後半に見い出したことから新しい心機能研究の展開のが始まった。心機能研究におけるBig bangともいえよう。このモデルから、収縮期末圧容積関係の勾配Emaxが、心室最大弾性率を表し、それが変力作用程度を定量する事から、物理・工学的に健全な心室の収縮性指標としての地位を確立してきた(Suga et al: Circ Res 1973, 1974)。幾つかの問題点があるものの、Emaxを超える心室の収縮性の指標はその後も提案されてはいない。

 同じ可変弾性モデルに基づき、心室収縮によって産生される総機械的エネルギーが特定の圧容積面積(PVA)で定量されることを発見した。しかも、PVAが心筋酸素消費量(Vo2)と非常に良く直線相関する事が明らかになった。この事実は、生理学的には画期的なことであって、過去の様々な心臓酸素消費量の規定因子を包括してしまうほどのものである。さらに、このVo2-PVA関係が、先のEmaxの変化によって平行移動することも明らかになった(Suga: Physiol Rev 1990)。これらの新知見は、すでに内外の生理学や心臓病学の教科書に取り入れられている。

 このようにして誕生したVo2-PVA-Emax枠組みを用いて、すでに様々な病的心(スタン心、アシドーシス心、虚血心、など)の心機能を評価し、強心薬の薬理学的効果を評価する事が出来た。それらの内容は纏められて、上記の米国生理学会総説誌(Physiol Rev 1990)にSuga: Ventricular energeticsと題して掲載され、また菅 弘之、後藤葉一(編著):心臓エネルギー、生理と病態。中外医学社、東京、1994にも纏められている。

 その後さらにVo2-PVA-Emax枠組みを用いて、PVAやEmaxの増分に伴う酸素コストの意味付けを行い、心室収縮中のクロスブリッジ動員量の推定や総カルシウム移動量の推定など、これまでの要素分析法では不可能であった丸ごと心臓の機能評価法を開発している。

 (最後に、これまでの多くの協同研究者に深謝する)

さらに論文など詳細は、我々の教室のホーム頁 http://www.okayama-u.ac.jp/user/med/phy2/home.html をご覧下さい。