目 次 はじめに ・・・・・ 1 第1章 高齢者介護をめぐる問題点 ・・・・・ 3 1.問題の所在 ・・・・・ 4 2.現行システムによる対応 ・・・・・ 8 第2章 新介護システムの基本理念 ・・・・・13 ー高齢者の自立支援ー 1.予防とリハビリテーションの重視 ・・・・・15 2.高齢者自身による選択 ・・・・・16 3.在宅ケアの推進 ・・・・・17 4.利用者本位のサービス提供 ・・・・・18 5.社会連帯による支え合い ・・・・・20 6.介護基盤の整備 ・・・・・21 7.重層的で効率的なシステム ・・・・・24 第3章 新介護システムのあり方 ・・・・・25 1.介護サービスの展開 ・・・・・26 2.介護費用の保障 ・・・・・31 おわりに ・・・・・37 (参考) 高齢者介護・自立支援システム研究会の開催経過 ・・・・・38 高齢者介護・自立支援システム研究会委員名簿 ・・・・・40 は じ め に 我が国は急速に高齢化しつつある。既に高齢化率は14%を超え、来たるべき21世 紀には4人に1人が65歳以上という社会を迎えることが予測されている。このような 高齢化の進展は、国民生活の様々な分野に影響を与え、家族や地域のあり方を含め我 が国の社会経済全体を大きく変えることとなるが、その中で、高齢社会にふさわしい 社会システムを如何に構築していくかは、全ての国民にとって最も重要な課題である。 なかでも、高齢者介護は喫緊の課題となっている。現在介護を要する高齢者は約 200万人にのぼっており、今後ますます増加することが見込まれている。今や介護問 題は、老後生活における最大の不安要因であると言って過言ではない。このため、高 齢者保健福祉推進十ヶ年戦略(ゴールドプラン)等に基づき、国、地方自治体そして 保険医療福祉関係者が一体となって介護サービスの基盤整備を進めているが、こうし た関係者の努力を踏まえ、さらに「国民誰もが、身近に、必要な介護サービスがスム ーズに手に入れられるようなシステム」を構築していくことが求められている状況に ある。 本研究会は、このような観点から、21世紀に向けた高齢者介護システムのあり方 について様々な角度から分析を行い、その基本的な論点や考え方を整理、検討する目 的で設置されたものである。7月に開催以来、内外の学識経験者からのヒアリングを 含め12回にわたり会議を重ねてきたが、その検討結果をとりまとめたので、ここに公 表する。 この報告書では、介護の基本理念として、高齢者が自らの意思に基づき、自立した 質の高い生活を送ることができるように支援すること、すなわち「高齢者の自立支援」 を掲げ、そして、新たな基本理念の下で介護に関連する既存制度を再編成し、「新介 護システム」の創設を目指すべきことを提案している。 我が国の高齢化のスピードは極めて速く、高齢社会に対する準備に充てることがで きる時間は限られている。残された貴重な期間内に、長寿社会へ向けて今後進むべき 方向を明らかにし、その実現のための施策を着実に講じていくことは、高齢社会の前 夜とも言うべき時代に生きる我々に課せられた責務である。また、高齢者介護の問題 は、高齢者だけでなく、現役世代にとっても、老親に対する介護ということのみなら ず、いずれ自らも高齢期を迎えるという意味で、自分自身の問題でもあることを十分 に銘記する必要がある。 この報告書が一つの契機となって、高齢者介護をめぐる問題について、国民各層に おいて幅広い議論が積み重ねられ、新介護システムの早期実現によって、全ての世代 の介護に対する不安が一刻も早く解消されることを期待したい。 第1章 高齢者介護をめぐる問題点 1.問題の所在 2.現行システムによる対応 1.問題の所在 ・ 今日、高齢者介護の問題は、個人の人生にとってはもちろんのこと、その家族、 さらには我が国社会全体にとって大きな課題となっている。 (1)高齢社会における介護問題 ・ 高齢者介護は、まさに現代が抱える課題である。 かつて、多くの高齢者は在宅で家族に看取られながら死を迎えたが、その時代 は高齢者の数は少なく、しかも介護の期間は今とは比較にならないほど短かった。 言わば、高齢者の「最期を看取る介護」であった。 今日、生活水準の向上や医学の進歩等により、国民の半数以上が80歳を迎える 高齢社会が到来し、80歳を超えた高齢者の少なくとも5分の1は何らかの形で介 護を必要としている状況にある。介護を要する高齢者数は激増し、介護期間も長 期化しており、その意味で今日の介護は、「生活を支える介護」であり、かつて 家族が担ってきた介護とは量的にも質ts期にも大きく異なるものであると言えよ う。 このような高齢社会における介護システムを如何に構築してゆくかが、今我々 に問われている課題である。 (2)「個人の人生」にとっての介護問題 (老後生活の不安要因) ・ 老後においても、自ら望む環境で生活を続け、長い間培った人格と経験を活用 して社会に参加し、生きがいのある人生を送りたいというのは、高齢者の切実な 願いである。介護の問題は、高齢者にとって、こうした心豊かな老後生活の可能 性を喪失させる、大きな不安要因として受け止められている。 ・ 健康を損ない、何らかの介護が必要となった時には、誰がどこで介護してくれ るのか、どこに相談に行けばよいのか、日常生活を支えてくれるサービスが受け られるのかなど、高齢者が抱いている不安は多い。また、介護が必要な高齢者は、 日常生活の不自由、精神的な苦痛とともに、孤立感、自尊心や生きがいの喪失と いった状態に追い込まれる場合が多く、経済的に特別の出費を要することもある。 そして、介護サービスの整備の立ち遅れに加え、家族介護をめぐる状況や地域 社会の変貌により、できる限り住み慣れた家庭、地域で暮らしたいという高齢者 の願いはかなえられにくい状況にある。 こうしたことが、「長生きし過ぎた」、「ポックリ死にたい」といった言葉を 生むこととなっていることを、我々は直視しなければならない。 (将来設計としての問題) ・ 介護の問題は、高齢者にとどまらず、いずれ高齢期を迎える現役世代にとって も重要な課題である。家族形態の変化に伴い、今後は老後生活は一人暮らしや夫 婦のみの世帯がより一般的となることが予想される。そうした中で、多くの国民 は、将来介護が必要となった時にどのような形で生活を続けられるか、確固たる 見通しが立てられない状況にある。現役世代にとっても、介護の問題は、老後生 活の将来設計を描く上で大きな不安要因となっている。 少子化の進展により、いわゆる「1・2・4現象」という言葉に表わされるよ うに、1人の子供が2人の両親、さらに4人の祖父母を持つという状況も多く見 られるようになり、介護問題は、適切な社会的支援の施策が講じられなければ将 来一層深刻化するおそれが強い。 (3)家族にとっての介護問題 (家族の重い負担) ・ 我が国の高齢者介護は、家族による介護に大きく依存しており、介護にかかる 社会的コストは半分以上は家族が担っていると見込まれている。 そうした中で、心温まる介護を続け高齢者を支えている家族は多いが、同時に、 家族の心身の負担は非常に重くなってきている。介護の必要な高齢者数の増加、 介護内容の困難化、介護期間の長期化、介護者自身の高齢化などのいずれをとっ ても、昔とは比較にならないほど事態は深刻化している。 ・ 例えば、食事、入浴、排泄の世話による疲労や睡眠不足、時間的拘束などから、 家族が身体的にも精神的にも大きな負担を負っている場合がしばしば見られ、家 族はまさに「介護疲れ」の状態にある。経済面を見ても、施設入所に比べ重い負 担となっている。こうしたことにより、家族間の人間関係そのものが損なわれる ような状況も見られる。 (介護サービスの立ち遅れ) ・ このような問題が生じている最も大きな要因は、介護の必要な高齢者の増加に 比べ、高齢者やその家族を支援する社会的なサービスが大きく立ち遅れているこ とである。介護が必要とされる時に、近くに頼れる介護施設や在宅サービスが存 在しない、あっても手続きが面倒で時間がかかる、介護の方法など身近の問題を 相談できる相手がいない、介護に関する総合的な相談窓口がない、といった数多 くの問題点が指摘されている。 ・ また、我が国の場合には、「福祉のお世話になる」という言葉に表わされるよ うに、国民が公的福祉サービスに対し心理的な抵抗感を抱いている状況もある。 このため、限界ギリギリまで家族だけで支え、その結果家族は心身ともに疲れ 果てて、その後やっと福祉サービスに辿り着くケースが往々にして見られる。こ のようなことは、高齢者本人のためにも決して好ましいことではない。介護サー ビスをスムーズに利用できるようなシステムづくりを求める声は強い。 (高齢者と家族の関係) ・ 一方、長寿化は高齢者と家族の関係について、新たな問題を提起しつつある。 家族による介護放棄や虐待の問題が指摘されてきているほか、さらに、高齢者の 人権擁護の観点から、痴呆症に伴う財産保護や身上監護はどうあるべきかといっ た課題が提起されている。 (4)社会にとっての介護問題 (家族介護に伴う問題) ・ 高齢者介護が家族介護に大きく依存している状況は、社会経済にも大きな問題 を提起している。今日家族介護のために、働き盛りの人達が、退職、転職、休職 等を余儀なくされ、それまでの社会生活から離脱せざるを得ないような人が増え ている。このようなケースは中高年層を対象に生じることが多く、本人や家族は もちろんのこと、企業や社会全体にとっても大きな損失となっている。 ・ しかも、今日の高齢者は、家族が全て担えるような水準を超えており、高齢者 の「生活の質(QOL)」の改善の点でも、家族のみの介護には限界がある。また、 社会全体から見ると、家族による介護は、専門職が行う介護に比較して効率的と は言えない面がある。 (女性問題としての介護問題) ・ どのような統計調査の結果を見ても、家族介護の主な担い手は女性である。 介護を主婦労働に依存することは主婦にとって大きな負担となっており、特に 介護者自身が高齢化しつつある状況において、高齢女性にかかる負担は過重であ る。 また、職業を持っている女性が介護のために離職を余儀なくされているような 場合も見られるが、こうしたことは女性の職業上のキャリア蓄積の阻害要因とな るとともに、年金制度においても基礎年金の受給権は確保されるものの、厚生年 金等の受給額が低下するという現象をもたらすことになる。 さらに、介護を女性に依存することは、女性就業の促進にブレーキをかける可 能性もあり、今後労働力人口の減少が予想される中で、将来の労働市場に大きな 制約要因となってくるおそれがある。 (国民経済的に見た介護問題) ・ このように社会全体が負担している介護コストは、国民経済計算上、社会保障 給付費に計上されているものだけでなく、目に見えない形で家族や企業、さらに は高齢者本人が負っている負担も含んで考える必要がある。現在公的に負担して いる介護コストは約1.5兆円と見込まれるが、これに家族による介護コストを加 えると、全体で約3.5兆円にのぼると推計される。 このように家族介護に大きく依存している我が国の現状は、社会的な介護コス トの規模という観点からも、また、国民経済的な資源の適正配分や負担の公平の 観点からも大きな問題を有していると言える。 2.現行システムによる対応 ・ 高齢者介護については、これまで福祉、医療などの現行システムがそれぞれ個 別に対応してきた。しかし、介護問題が深刻化する中で、こうした対応について 様々な問題点や矛盾が生じてきている。 (1)福祉 ・ 今日に至るまで、高齢者介護に関する公的制度として中心的な役割を担ってき たのは、「措置制度」を基本とする老人福祉制度である。 老人福祉に係る措置制度は、特別擁護老人ホーム入所やホームヘルパー利用な どのサービスの実施に関して、行政機関である市町村が各人の必要性を判断し、 サービス提供を決定する仕組みである。その本質は行政処分であり、その費用は 公費によって賄われるほか、利用者については所得に応じた費用徴収が行われて いる。 ・ このシステムは、資金やサービスが著しく不足した時代にあっては、サービス 利用の優先順位の決定や緊急的保護など大きな役割を果たし、福祉の充実に寄与 してきた。また、近年は、ニーズの多様化等を踏まえ、契約入所のモデル実施や 利用券方式の導入、事務承認制の検討が進められるなど、時代の要請に合った制 度運営の弾力化に向け関係者の努力が払われてきている。 ・ しかし、今日では、高齢者を「措置する」、「措置される」といった言葉その ものに対して違和感が感じられるように、高齢者をめぐる状況が大きく変化する 中で、措置制度をめぐり種々の問題点が生じている。 利用者にとっては、自らの意思によってサービスを選択できないほか、所得審 査や家族関係などの調査を伴うといった問題がある。被保険者がサービスを積極 的に受ける権利を持つ社会保険に比べると、国民のサービス受給に関する権利性 について大きな違いがある。 さらに、その財源は基本的に租税を財源とする一般会計に依存しているため、 財政的なコントロールが強くなりがちで、結果として予算の伸びは抑制される傾 向が強い。 我が国においては、社会保障給付費で見ても、医療と年金が9割を占め、福祉 分野は低いシェアにとどまっているが、その背景の一つには、このような福祉制 度自体の制度的な限界をあげることができる。 (2)医療 ・ 国民皆保険及び自由開業医制を基本とする我が国の医療制度は、国民の健康の 維持・増進に大きな成果を上げてきた。 その中で医療保険は、本来的には「疾病」という、全ての年齢層に確率的に発 生し得る非日常的なリスクを対象とする「短期保険」であるにもかかわらず、高 齢化等に伴い、「社会的入院」という形で介護に必要な高齢化をカバーしてきた 実態がある。我が国の場合は、福祉サービスの整備が相対的に立ち遅れてきたた め、病院などの医療施設が、これに代わる形で実質的に大きな役割を果たしてき たという背景があげられる。 ・ 介護サービスは、高齢者の残存能力の維持・向上を図るとともに、その生活全 体を支援するサービスであり、基本的に疾病の治療を目的とする医療サービスと は種々異なる面がある。このため、医療の枠組みの中での対応には、ケアのあり 方や日常的な生活に対する配慮などの面で限界があると言わざるを得ない。 また、医療保険という観点からは、入院治療を必要としない高齢者をこのよう な形でカバーすることは、医療本来の機能を歪めかねないし、高齢者介護によっ て医療保険制度が実質的に変容し、本来予定していない分野にまで医療資源が投 下されているとすれば問題がある。 (3)年金 ・ 年金制度は、基本的には高齢者の稼得能力の減少や喪失といった事態に対応死、 老後生活に要する基本的な費用を、現金給付としてカバーしようとするものであ り、国民皆年金の下で老後の所得保障に重要な役割を果たしている。しかし、一 方で介護の不安から年金等の収入が貯蓄に回り、老後生活の確保の上で有効に活 用されず、年金制度の本来機能が阻害されているとする指摘もある。 さらに、年金は、高齢者が病院や施設などに入院・入所し、医療保険や福祉な どの公的制度によって日常生活費用のかなりの部分がカバーされている場合にも、 在宅の場合と同様に支給されており、年金等によりもたらされる高齢者の購買力 が有効に介護サービスに結びついていないといった面もある。 (4)各制度の不整合 ・ このように高齢者介護については、これまで福祉、医療、年金など各制度が相 互に十分な関連をもたないままに、個別に対応してきたため、「介護」という面 からみると制度間で不整合が生じている。 (施設ケアにおける制度間の差) ・ 施設ケアにおいては、実態的には同程度の介護が必要な高齢者が、特別養護老 人ホーム、老人保険施設、老人病院といったように、本来異なる機能を有する施 設に入所している状況が見られる。そして、これらの施設は、利用手続きや利用 者負担もそれぞれ異なっている。 ┌─────────┬───────┬──────┬──────────┐ │ │ 機能 │ 利用手続 │ 利用者負担 │ │ │ │ │ (平成6年度) │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │特別養護老人ホーム│ 介護 │ 措置 │ 月額0〜24万円 │ │ │ │ │(平均約4万円) │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │老人保険施設 │ 療養・介護 │ 直接契約 │ 月額約6万円 │ ├─────────┼───────┼──────┼──────────┤ │老人病院 │ 治療・療養 │ 直接契約 │ 月額2.1万円 │ │ │ │ │(他に食費1.8万円)│ └─────────┴───────┴──────┴──────────┘ (注)特別養護老人ホームの場合は所得に応じて費用徴収が行われる。 (各サービス間の連携の欠如) ・ 現状では、在宅ケアのサービスの内容や利用方法等が国民の間で必ずしも十分 に知られている状況にない。また、それらのサービスは保険、医療、福祉それぞ れの制度にまたがっており、高齢者のニーズに即した総合的なサービスの提供に 欠ける面がある。このため、在宅介護支援センター等の設置が進められているが、 今後、サービスを総合的にコーディネイトするための取組みをなお一層推進して いくことが求められている。 (5)私的保険による対応 ・ 私的保険としての介護保険は昭和63年から平成元年にかけて導入されたもので あり、保険商品としては比較的新しいものである。導入当初は販売実績も急速に 拡大したが、最近は安定傾向にある。 ・ これらの私的介護保険については、1.現金給付であるため、介護サービスに直 接結びつかない、2.保険金がリスク(年齢)に応じて設定されているため、中高 年層の場合には保険料が高額となる、3.保険会社側においても要介護認定などの 面で体制に限界があるといった指摘がある。 このため、大きな役割を期待されつつも、その普及は一定規模にとどまってい るのが現状であり、私的保険による対応も十分とは言い難い。 (6)高齢者の財産管理 ・ 高齢者の財産管理の問題については、民法では無能力者保護制度として、禁治 産・準禁治産制度が設けられており、裁判所の宣告によりそれぞれ後見人や保佐 人が指定されることとなっている。しかし、こうした制度は、裁判所が不足して いることや費用が高くつくことなどから、利用しにくいのが実情である。このた め、財産管理能力が衰えていく高齢者を実効的に保護する制度として、西欧諸国 のような「成年後見人」創設を求める意見が強い。 第2章 新介護システムの基本理念 ー高齢者の自立支援ー 1.予防とリハビリテーションの重視 2.高齢者自身による選択 3.在宅ケアの推進 4.利用者本位のサービス提供 5.社会連帯による支え合い 6.介護基盤の整備 7.重層的で効率的なシステム 【新介護システムの基本理念ー高齢者の自立支援】 (新介護システムの創設) ・ かつてのように高齢者が限られた存在であった時代とは異なり、今や国民の半 数以上が80歳を迎える社会となっている。しかも、年金制度は成熟化が進み、高 齢者の経済的な自立への支えとして機能しつつある。このような中にあって、高 齢者が自らの有する能力を最大限活かし、自ら望む環境で、人生を尊厳を持って 過ごすことができるような長寿社会の実現が強く求められている。 そのためには、これまで述べてきたように、介護に関連する既存制度の枠組み の中での対応では限界があることから、新たな基本理念の下で関連制度を再編成 し、21世紀に向けた「新介護システム」の創設を目指すことが適当である。 (高齢者の自立支援) ・ 今後の高齢者介護の基本理念は、高齢者が自らの意思に基づき、自立した質の 高い生活を送ることができるように支援すること、つまり『高齢者の自立支援』 である。 従来の高齢者介護は、どちらかと言えば、高齢者の身体を清潔に保ち、食事や 入浴等の面倒をみるといった「お世話」の面にとどまりがちであった。今後は、 重度の障害を有する高齢者であっても、例えば、車椅子で外出し、好きな買い物 ができ、友人に会い、地域社会の一員として様々な活動に参加するなど、自分の 生活を楽しむことができるような、自立した生活の実現を積極的に支援すること が、介護の基本理念として置かれるべきである。 ・ したがって、新介護システムは、こうした基本理念を踏まえ、1.予防とリハビ リテーションの重視、2.高齢者自身による選択、3.在宅ケアの推進、4.利用社本 位のサービス提供、5.社会連帯による支え合い、6.介護基盤の整備、7.重層的で 効率的なシステム、を基本的な考え方とすることが求められる。 1.予防とリハビリテーションの重視 (予防重視の考え方) ・ まず第一に、寝たきり等の防止に最大の力を注ぎ、若い頃から日常生活におけ る健康管理や健康づくりを進めるとともに、脳血管障害や骨粗しょう症、更には 老人制痴呆などの原因疾患の予防や治療に関する研究を推進していく必要がある。 ・ 予防重視の考え方は、介護サービスの提供においても貫かれる必要がある。従 来の制度においては、例えば、福祉用具にしても、高齢者本人の障害が固定して からようやく貸与されるケースも見られたが、このようなことがいわゆる寝たき りを招き、かえって社会的費用の増加をもたらした面があることも否定できない。 新介護システムにおいては、サービスが必要な場合には、迅速かつ簡単な手続き によりサービス利用が行われるような体制が求められる。 ・ また、介護を必要とする状態になった高齢者は、二次障害や三次障害を次々と 引き起こす場合が多い。したがって、実際のケアにあたっても、次に起こり得る 事態を予測し、それを防ぐための予防的な対処を行うことが重要である。既に発 生した障害に対応するだけという後手後手のケアは、高齢者の「生活の質」の向 上につながらないばかりか、予防的なケアに比べ結果として多くの労力と社会的 費用を必要とすることになる。 (地域リハビリテーションの推進) ・ そして、心身の機能が低下したことにっよって万一介護を必要とするような状 態になった場合には、できる限り早い段階から適切なリハビリテーションを提供 する必要がある。また、高齢者の社会参加を支えるためには、リハビリテーショ ンの概念を大きく広げていくことが重要である。従来の施設や病院等における医 学的、機能回復的なリハビリテーションだけでなく、高齢者本人の意思によって 地域社会の様々な活動に積極的に参加できるように、日常生活の中にリハビリテ ーションの要素を取り入れ、地域全体で高齢者を支える取組みを推進していくこ とが求められる。 2.高齢者自身による選択 (「与えられる福祉」から「選ぶ福祉」へ) ・ 高齢者は社会的にも、経済的にも自立した存在であることが望まれる。社会の 中心的担い手として行動し、発言し、自己決定してきた市民が、ある一定年齢を 過ぎると、制度的には行政処分の対象とされ、その反射的利益(行政処分の結果 として受ける利益)を受けるに過ぎなくなるというのは、成熟社会にふさわしい 姿とは言えない。 社会環境の変化を踏まえ、介護が必要となった場合には、高齢者が自らの意思 に基づいて、利用するサービスや生活する環境を選択し、決定することを基本に 据えたシステムを構築すべきである。 (選択を可能とする条件) ・ こうしたシステムを構築するにあたっては、高齢者の選択に基づく自己決定を 実効あるものとする観点から、次のような点に配慮する必要がある。 1. 所得の多寡や家族形態等に関わりなく、サービスを必要とする全ての高齢者 が利用できること(サービスの普遍性) 2. サービスを受ける場所やその種類・内容によって、利用手続きや利用者負担 に不合理な格差がなく、公平であること(サービスの公平性) 3. サービスの内容や質が社会的に妥当な標準に沿うものであり、かつそれが適 切に評価されること(サービスの妥当性) 4. 利用者側に十分な情報が提供されるとともに、専門家が高齢者や家族を支援 するような体制が整備されていること(サービスの専門性) (緊急的な保護措置) ・ サービス利用の必要性が高いにもかかわらず、放置されていたり、時には虐待 されていたり、あるいは本人や家族が利用を拒否しているようなケースなどにお いては、本人の自己決定にも限界がある。 このような自己決定に馴染まないような場合については、緊急性があって、高 齢者本人の福祉のために必要であることが明らかな時には、例外的に、行政機関 が適切なサービス利用を確保できるような仕組みが必要である。 3.在宅ケアの推進 (在宅ケアの重視) ・ 高齢者は、それぞれ長い人生経験の中で培い、形成してきた人間関係や価値観、 ライフスタイルを有しており、高齢者の自立した生活は、そうした「人生の継続 性」の上に成り立つものである。 言うまでもなく、家族は生活の基盤であり、高齢者の多くは、できる限り住み 慣れた家庭や地域で老後生活を送ることを願っている。このような希望に応え、 まず第一に、高齢者が無理なく在宅ケアを選択できるような環境整備を進めるこ とが不可欠である。 (家族による介護) ・ 高齢者にとって一番大切なものは何か、という問いに対しては、ほとんどは 「家族」という答が返ってくる。それ程高齢者にとって、家族の存在は大きい。 在宅ケアにおいて家族が果たす役割は極めて大きく、実際に、家族が両親や配 偶者を愛情を込めて懸命に介護している家庭が数多く見られる。こうした家族に よる介護については、制度的にも適切に評価されるべきである。 ・ しかし、一方で、家族による介護に過度に依存し、家族が過重な負担を負うよ うなことがあってはならない。在宅ケアにおける家族の最大の役割は、高齢者を 精神的に支えることであり、そのためには高齢者と家族との間で良好な人間関係 が維持されていることが当然必要となる。家族が心身ともに介護に疲れ果て、高 齢者にとってそれが精神的な負担となるような状況では、在宅ケアを成り立たせ ることは困難である。 (在宅サービスの拡充) ・ したがって、現在大きく立ち遅れている在宅サービスを大幅に拡充し、在宅の 高齢者が必要な時に必要なサービスを適切に利用できる体制作りを早急に進めて いく必要がある。そして、一人暮らしや高齢者のみの世帯であっても、希望に応 じ可能な限り在宅生活ができるよう支援していくべきである。特に、重度の障害 を持つような高齢者や一人暮らしで介護が必要な高齢者については、24時間対応 を基本としたサービス体制の整備が求められる。 4.利用者本位のサービス提供 (高齢者の「生活の質」の向上) ・ 介護サービスは、何よりも利用者側の立場に立ってサービスが提供されなけら ばならない。しかし、現実には、「縦割り」とか「お役所仕事」といった言葉に 表現されるように、提供者側の事情や法令・行政制度の論理が優先しているよう に感じられる場面に出会うことがある。あくまでも高齢者の「生活の質」の維持・ 向上を目指す観点から、利用者本位の姿勢が貫かれる必要がある。 ・ そのためには、まず、高齢者の個別性が尊重される必要がある。高齢者は、長 年にわたる生活習慣や環境の違いが年輪のように重なって、心身の状態に様々な 影響を与えており、若い人に比べても個人差が大きい存在である。高齢であるこ とだけを属性として捉え、高齢者を「一つの同質のグループ」と考えるのではな く、高齢者一人ひとりの個性を尊重し、サービスを提供していくことが重要であ る。 (ケアチーム) ・ 高齢者の生活を支えるという観点からは、個々の症状だけでなく、心身の状態 や日常生活の全体像を踏まえたニーズの把握、すなわち「全人的な評価」が必要 である。その結果必要とされる介護サービスは、保険、医療、福祉なとといった 従来の行政の枠組みにとらわれることなく、相互に連携して総合的に提供されな なければならない。このためには、かくサービスを「一つのパッケージ」(サー ビス・パッケージ)として提供していくことが求められる。 この基本的な考え方は、それぞれのサービス関係者が一つの「ケアチーム」と なって、必要なサービスを組み合わせ、それを継続的に提供していくということ である。介護を必要とする高齢者の生活状態やニーズは一様でなく、しかも、時 間の推移によって大きく変化する。この「ケアチーム」は、個々の高齢者の状況 に応じて、必要なメンバーが随時参加し得るような柔軟なものでなければならな い。 (ケアマネジメント) ・ そこで問題となるのは、介護サービスに関係する人数が多く、しかもその職種 が多岐にわたっている上に、それぞれ異なる組織に属していることである。この ため、往々にして関係者の調整に時間がかかったり、相互の連携が十分でなかっ たりすることとなる。 こうした問題を克服していくためには、ケア担当者が利用者側の立場に立って、 本人や家族のニーズを的確に把握し、その結果を踏まえ「ケアチーム」を構成す る関係者が一緒になって、ケアの基本方針である「ケアプラン」を策定し、実行 してシステム、すなわち「ケアマネジメント」を確立することが重要である。 (地域ケア体制の整備) ・ 各地域においては、このような「ケアマネジメント」の考え方を基本に、サー ビス連携の拠点やネットワークづくりを進め、関係者が有機的に連携した地域ケ ア体制を整備していくことが求められる。この場合、従来の在宅と施設という区 分けではなく、在宅ケアと施設ケアの連続性の視点を基本に据え、地域全体が高 齢者や家族を支えていく施策の展開が望まれる。これによって、在宅ケアにあた る家族の安心感が高まり、在宅ケアの推進に大きく資することにもなる。 ・ なお、当然のことであるが、高齢者をめぐる状況、サービス提供の基盤となる 関係施設などの整備状況、必要とされるサービスのメニュー、連携拠点、社会資 源の状況、公的部門と民間部門の役割などは地域によって大きく異なる。したがっ て、地域性を重視し、画一的な枠にはめるようなことがないよう留意する必要が ある。また、地域住民やボランティアの幅広い参加を進めていくことが重要であ る。 (多元的なサービス提供主体と市場メカニズムの意義) ・ 利用者にとっては、多様で良質なサービスが豊富に提供されることが望ましい が、そのためには地域の非営利組織による活動やボランティアグループ、シルバ ービジネスといった多様な主体が、それぞれの特性に合ったサービスを提供して いくことが望まれる。 そして、多様な事業主体が介護の現場に参加し、利用者のニーズを汲み上げな がら、サービスの質の向上やコストの合理化をめぐって健全な競争を展開してい く方向を目指すことが適切である。市場メカニズムを活用したシステムは、多様 な資金調達の途を開き、サービス基盤調整を促進することにもつながるものと期 待される。 ・ ただし、介護サービスの特性を踏まえ、市場メカニズムを補完する仕組みを整 備する必要がある。介護に関する高齢者のニーズを客観的に評価する体制を整備 するとともに、サービスに関する情報の提供やサービス内容とその質に関する第 三者による評価、高齢者が不利益を被った場合に気軽に苦情を申し立てることが できる仕組みの整備が求められる。 5.社会連帯による支え合い (介護リスクの普遍性) ・ 現在、介護の必要な高齢者は約200万人にのぼっており、これが平成12年( 2000年)には280万人、平成37年(2025年)には520万人に増加することが予測さ れている。また、亡くなる前に4割近くの人が6ヶ月以上床についているとの調 査も報告されている。このように介護の問題は決して特別のことでも、限られた 人の問題でもなく、長寿化に伴って国民誰にでも起こり得るリスクとなってきて いると言える。 しかも、介護が必要な状態となった場合には、その期間や症状はまちまちで、 介護に要する費用の予測も不確実である。なかには介護期間が長期化し、介護費 用も高額にのぼるケースもあるため、各人が自助努力であらかじめ備えることは 一般的には期待できない。 ・ このような普遍的なリスクである介護問題を社会的に解決していくためには、 個人の自立と尊厳を基本にしながら、社会全体で介護リスクを支え合うという 「リスクの共同化」の視点が必要である。 その意味で、本格的な高齢化社会における介護リスクは、社会連帯を基本とし た相互扶助である「社会保険方式」に基礎を置いたシステムによってカバーされ ることが望ましい。このようなシステムを制度化し、その適切な運営を図ってい くことがすなわち公的責任を新たな形で具現化することになるのである。 (社会保険の意義) ・ 社会保険システムにより、高齢者は社会全体によって支えられることとなる。 しかも、その利益を享受するのは、現在の高齢者だけでなく、現役世代も自らの 老親の介護に対する不安が軽減され、安定的な日常生活を営むことが可能となる。 更に、将来高齢期を迎え、介護が必要となった時には直接利益を受けることとな る。 また、企業にとっても、家族介護の必要性から予測し難い時期に従業員が離職 することに伴う損失を防ぐことができるというメリットがある。このように高齢 者介護について社会保険システムを導入することは、国民それぞれにとって、大 きな意義が認められるものである。 (私的保険の役割) ・ 保険システムには、社会保険のほか、個人の自助を基本とした私的保険がある。 私的保険の場合には、年齢に応じた保険料負担の増加といった問題のほか、現在 介護を必要とする高齢者には利用できないという限界がある。 このため、強制加入を基本とする社会保険によって、必要にして適切な水準の 介護サービスを保障することとし、私的保険は、多様なニーズにへの対応として、 社会保険を補完することが期待される。なお、社会保険の導入に伴い要介護認定 等の事務体制が整備されることによって、私的保険においても効率的な事業運営 が可能となり、事業展開のための基盤づくりにつながることが期待できる。 6.介護基盤の整備 (介護基盤の重要性) ・ 高齢者によるサービスの自己決定も、選択し得るだけの量のサービスが確保さ れて始めて可能となる。必要な介護サービスを支える人材や施設の確保は、あら ゆる施策の基盤をなすものである。しかし、現状では、在宅サービス・施設サー ビス双方ともに、サービスの絶対量が不足しているほか、市町村間では大きな格 差があり、さらに、都市部では施設整備の立ち遅れ、過疎地では専門的な人材の 不足等の問題がみられる。 平成2年から「高齢者保健福祉推進十ヶ年戦略(ゴールドプラン)」に基づき 在宅及び施設における介護基盤の整備が進められているが、市町村における老人 保健福祉計画の策定や新規事業の実施など、その後の動向を踏まえ、なお一層の 基盤整備に取り組むことが強く望まれる。 また、社会保険方式に基礎を置いた新介護システムの実現により、サービス提 供体制の急速な進展が図られ、全ての高齢者にとってサービス利用の公平性が確 保されるようになることが期待される。 (社会資本としての介護基盤) ・ 社会資本とは、私的な動機(利潤の追求や私生活の向上)による投資のみに委 ねているときには、国民経済社会の必要性から見て、その存在量が著しく不足す るが、著しく不均衡になるなどの好ましくない状況に置かれると考えられる性質 を有する資本とされている。道路や港湾、下水道整備、治山治水などといった公 共事業分野は、社会資本整備の観点から、従来から長期計画に基づき総事業量を 明示しつつ、計画的な整備が進められている。 ・ これに対し、老人福祉施設などは社会資本の範疇にはふくまれてはいるが、上 記のような事業分野に比べ、これまでの投資配分は必ずしも十分であったとは言 い難い。介護施設の整備や、介護の重要な基盤である人材確保、住宅対策とまち づくりは、高齢者を含めた全ての人々が地域や家庭の中で共に自立した生活を送 ることができる社会の基本的要素、言わば「福祉インフラストラクチュア」とし て位置づけられるべきものであり、介護基盤の整備が社会全体の介護コストを最 適化するという意味において、国民経済的にも大きな意義を有するものである。 新たな公共投資基本計画においても、生活・福祉分野への投資配分の拡充が提 示されているところであり、本格的な高齢社会に向け、社会資本整備という観点 からも、総合的な介護基盤の整備に積極的に取り組むことが強く望まれる。 (人材の確保) ・ 介護基盤整備の上で最も重要となるのが、介護サービスを担う人材確保の問題 である。若年労働人口の減少が予測される中で、介護サービスの中核を担う看護・ 介護・リハビリテーションなどの人材確保は最重要課題である。 このため、これら専門職員の養成体制の強化を図るとともに、勤務条件の改善 や魅力ある職場づくり、社会的評価の向上を積極的に進めていくことが求められ る。また、民間セクターへの業務委託についても、介護の現場で働く従事者の勤 務条件に対する十分な配慮がのぞまれる。 (資質と能力の向上) ・ 量的な確保だけでなく、良質なサービスを得るため、介護サービスを担う専門 職としての資質と能力の向上に力を入れなければならない。 高齢者のニーズを総合的に把握する能力、適切なサービス提供を裏づけるケア 技術、多様な社会資源の活用を可能とする幅広い知識、そして、介護サービスの 基本であるところの「やさしさ」と「高い倫理観」を兼ね備えた人材の育成に努 めていくことが求められる。特に、ケアマネジメントを支える人材の養成やチー ムによるケアの提供のための実践的な教育・研修を重視する必要がある。 こうした人材の養成・確保については、新介護システムにおいてしっかりとし た財政面のバックアップを行うべきである。 (幅広い参加) ・ 高齢者介護を進めるには、こうした専門職だけでなく、地域住民やボランティ アがお互いの役割を分担し合いながら、積極的に参加していくことが望まれる。 また、高齢社会においては、高齢者自らが様々なボランティア活動等を通じて自 己実現を図りつつ、虚弱な高齢者を心身両面にわたって支援していくことなどが ますます重要となる。 このため、各種ボランティア活動を支援していくとともに、家庭で介護に当た る家族や住民が、男女を問わず積極的に介護方法等に関する研修や交流の機会を 持てるようにすることが重要である。既に多くの主婦等がホームヘルパーの研修 に参加している状況にあるが、こうした機会は一層増やしていくべきである。介 護のレベルアップにつながるとともに、家族の孤立化を防ぐ効果も期待できる。 さらに、家庭介護を経験した人が、その知識と経験を活かし、介護サービスに参 加できるシステムづくりも検討すべきである。 (関連技術の開発と活用) ・ 車椅子や入浴補助具、ベットなどの福祉用具の開発普及は、介護を必要とする 高齢者が自立した生活を送り、社会参加する上でも、また、介護者の身体的・精 神的負担を軽減する上でも有用である。このため、関連分野における技術革新を 活かし、利用者の特性やその置かれた環境等を踏まえた福祉用具の研究開発を進 めるとともに、福祉用具の展示・普及の地域における拠点づくりや適切な流通市 場の整備により、その普及を積極的に図ることが望まれる。 また、介護は、性格上労働集約的な面が強いとされるが、機械化・情報化等に より業務効率を向上させ、介護サービスを効率的に提供する体制を目指すことが 重要である。 (住宅対策とまちづくり) ・ 我が国の住宅は、高齢者が在宅生活を行う上で、段差が多い、トイレが使いに くい、廊下が狭く車椅子では通れないなど、安全性や利便性等について問題が指 摘されている。また、介護を必要とする高齢者の在宅ケアを進める上で、段差等 の障害のないバリアフリーの住宅等の方が介護コストの軽減につながるとの報告 もある。こうしたことから、高齢者が住み慣れた地や家庭で生活を続けていくた めの基盤として、住宅、住環境の整備を進めていく必要がある。 ・ このため、バリアフリーの住宅やヘルプステーション、デイサービス・デイケ アセンター等の生活支援機能が付与されたケアハウスやシルバーハウジングなど の整備を進めることが重要である。このような観点から、既存住宅の改造を推進 するとともに、高齢者に配慮した公的住宅の整備、融資制度や税制を通じた民間 住宅の整備促進等により、高齢者への対応を視野に入れた住宅ストックを形成し ていく必要がある。 ・ また、建築物、交通ターミナル、道路、公共交通機関等における物理的障害の 除去など、高齢者を取り巻く生活環境の改善を進め、高齢者が自立し、スムーズ に社会参加ができるような「まちづくり」を行うべきである。さらに、利便のよ い場所に高齢者関連施設を設置するなど都市計画の観点からの取り組みも望まれ る。一部の地方自治体では、高齢者や障害者が暮らしやすいまちづくりを目指し た条例の制定などが行われているが、今後更にこうした積極的な取り組みが推進 されることが期待される。 7.重層的で効率的なシステム (重層的なシステム) ・ 高齢者自身の自立を基本としつつ、社会連帯という視点に立って、家族や行政 機関、サービス提供機関、地域、企業などといった様々な主体が、高齢者を支え ていくことが重要である。 行政機関は、地域のニーズに応じた介護サービスの基盤整備と提供システムづ くり、サービスの質の確保、人材の育成、それらに要する費用に対する財政支援 などの役割と責任を担うこととなる。サービス提供機関は良質なサービスを提供 し、また、地域や企業も高齢者を様々な角度から支援していくことが求められる。 新たな介護システムが適切に機能するためには、このように各主体が役割を分 担し合い、高齢者を重層的に支えていく体制が必要となる。 (行政の責任と役割) ・ 市町村は、地域住民に最も身近な行政主体として、高齢者のニーズを的確に把 握するとともに、老人保健福祉計画に基づく介護サービスの整備目標の策定と地 域のサービス体制づくり、サービスに要する人材や施設の確保整備など、主とし て介護サービス提供の役割と責任を負うことが考えられる。 都道府県については、人材育成、サービス体制の広域的な調整、財政面におけ る市町村の支援を行うことが、また、国は、制度の法政化や全国民に共通するサ ービスや負担についての標準の設定、財政面の支援など、制度の維持・運営に関 する役割と責任を負うことが考えられる。 (効率的なシステム) ・ 新たなシステムは、規制緩和や行政簡素化の方向に沿ったものでなければなら ない。その点で、保健、医療、福祉の連携の強化や利用者によるサービス利用の 決定などは、行政改革の観点からも大きな意義を有するものと言えよう。さらに、 事業運営にあたっては、ICカードシステムなど情報処理通信システムの活用をは じめ事務処理の機械化、効率化を積極的に推進すべきである。 ・ また、実際の制度・事業運営にあたっては、行政の直営のみにこだわることな く、地域の特性に応じて、様々な関係機関や組織の事業参加を求め、住民により 近い場で専門家による事業が遂行される体制が最も望ましい。 (研究会報告書・参考資料) (1) 高齢化の進展が急速かつ高水準 (2) 介護を必要とする高齢者が急増 (3) 90%の人が高齢期に不安を感じている (4) 誰でも一生のうちには必ず床につく (5) 高齢になるほど介護を要する確率が高くなる (6) 寝たきり者の半数は寝たきり期間が3年以上 (7) 介護者の85%は女性 (8) 介護者の約50%が60歳以上 (9) 家族介護者の心身両面の負担が大きい (10) ゴールドプランの目標とその達成状況 (11) 約9割の人が公的介護保険制度に賛成 高齢者介護の社会的コストに推計 第3章 新介護システムのあり方 1.介護サービスの展開 2.介護費用の保障 1.介護サービスの展開 (1)介護サービス体系 ア.在宅サービス (在宅サービスの整備) ・ 高齢者の生活の質の維持・向上を目指す観点から、高齢者が必要とする介護 サービスを、必要な日に、必要な時間帯に、スムーズに受けられ、一人暮らし や高者のみ世帯の場合であっても、希望に応じ、可能な限り在宅生活が続けら れるような生活支援を行っていく必要がある。特に、重度の障害を持つような 高齢者や一人暮らしで介護が必要な高齢者の場合には、24時間対応を基本とし た在宅サービス体制を整備する必要がある。 (在宅サービスの内容) ・ 在宅ケアに必要とされるサービスは多岐にわたっており、例えば、ホームヘ ルプサービス、デイサービス、デイケア、ショートステイ、配食サービス、訪 問看護・リハビリサービス、医学的管理サービス、福祉用具利用や住宅改造の 援助などの様々なサービスが考えられる。こうした在宅サービスが総合的、一 体的に提供されるシステムを整備する必要がある。 (在宅・地域サービスの新たな展開) ・ 介護の必要な高齢者の増加やそのニーズの多様化を踏まえ、新たな観点に立っ たサービス内容の充実が求められる。 24時間対応の観点から、ホームヘルパー、訪問看護婦等の夜間巡回やナイト ケア、緊急通報システムの拡充が求められるほか、痴呆性高齢者のための小規 模な共同生活の場(グループホーム)や小規模デイサービスなどの整備が望ま れる。 さらに、デイサービスやデイケアといった在宅ケアのみならず、施設入所者 も対象としたリハビリテーションを通じて、地域における在宅と施設、医療と 福祉の連携を推進するような地域リハビリテーションの拠点づくりを進めるべ きである。 (家族介護の評価) ・ 家族による介護に対しては、外部サービスを利用しているケースとの公平性 の観点、介護に伴う支出増などといった経済面を考慮し、一定の現金支給が検 討されるべきである。これは、介護に関する本人や家族の選択の幅を広げると いう観点からも意義がある。 ・ ただし、現金の支給が、実際に家族による適切な介護サービスの提供に結び つくのかどうかという問題があるほか、場合によっては家族介護を固定させた り、高齢者の状態を悪化させかねないといった懸念もあるので、制度の検討は 慎重に行われなければならない。 例えば、1.介護の経験や知識に乏しい家族には研修を受けてもらうとともに 2.専門家がケアプランに基づき全体を管理し、3.必要な場合には直ちに外部サ ービスへの切り換えが行えるようなバックアップ体制がとられていることなど に十分留意する必要がある。また、このような現金支給の対象者は、被保険者 である介護の必要な高齢者本人なのか、それとも家族なのかといった点につい ても、さらに議論を進めていく必要がある。 イ.施設サービス (施設の整備) ・ 施設ケアの充実を図るため、老人保健福祉計画の着実な実施により、地域の 事情に応じた施設整備を進め、少なくとも現在のような入所待機状態を速やか に解消することが求められる。この場合、広域的な視点から適正な施設配置を 推進するとともに、広く医療や福祉の関係者の理解と協力を求め、相互の連携・ 接続のとれた効率的なサービス提供体制の構築を目指すことが重要である。 (施設のあり方) ・ 今後の施設ケアは、高齢者の生活の質の維持・向上を図ることを基本目標に、 高齢者の個別性に配慮し、全人的なニーズを踏まえたケアプランに基づき、質 の高いケアを提供することが求められる。 また、高齢者の生活の継続性の尊重という観点からは、施設における生活は、 できる限り在宅での生活に近いものであることが望まれる。その意味において も、施設ケアにおける快適性(アメニティ)の向上を図っていく必要 がある。 さらに、施設は施設ケアの枠にとどまることなく、在宅ケアを支えていく地 域の拠点としての機能を積極的に果たすとともに、継続的なケアの現実を目指 すことが望まれる。在宅ケアの継続に不安をもつ多くの家族の存在を考えると、 在宅ケアを支援する機能を併せ持つ方向で施設の整備を進めることは、その不 安の解消に大きな役割を果たすものと考えられる。 ・ 介護を必要とする高齢者に対する施設としては、特別擁護老人ホーム、老人 保健施設、療養型病床群、老人病院(入院医療管理病院)が主なものとしてあ げられる。これらの施設については、高齢者ケアを担う施設として機能を強化 する一方、利用手続や利用料における不合理な格差の解消を図るべきである。 特に、それぞれの施設に入っている高齢者が心身の状態に応じたケアを受け られるよう、施設に対する適切な費用支払方式の検討が行われる必 要がある。 ・ 新システムの下で、将来的にはこれらの施設は高齢者ケア施設として一元化 する方向を目指すことが望まれる。ただし、その場合にも、これまでの経緯や 実態、機能面の特性を十分踏まえ、多様性を幅広く認めるとともに、段階的な 移行措置に配慮することが望ましい。 ウ・サービス提供主体 ・ 高齢者や家族に対しニーズに応じた多様で良質な介護サービスが十分に提供 されるよう、多様な事業主体の参加を求め、市場における適切な競争を通じて、 サービスの供給量の拡大と質の向上が図られる必要がある。特に、現状におい てサービス量が絶対的に不足している都市部は、その必要性が高い。配食サー ビスやホームヘルプサービスなどの介護サービスに関しては、質の確保や利用 者保護が十分なされている限り、営利法人についても、サービス提供主体とし て一層の活用を検討すべきである。 ・ 医療機関を運営する主体として医療法人が、また、社会福祉事業を運営する 主体として社会福祉法人が制度化されているが、介護サービスの面での事業内 容は同質化しつつある。したがって、介護サービスについては、相互の垣根は できる限り低くし、同じサービス分野を担うものとして、それぞれの特色を生 かしながら連携しつつ共に努力していくことが期待される。将来的には、介護 サービスを担う新たな法人制度の創設の検討が望まれる。また、現在はサービ ス提供主体の事業規模がおおむね小さくであるが、今後は適切な規模の事業を 多面的に展開し得るように配慮すべきで ある。なお、制度の見直しに当たっ ては、従来から運営されてきた施設においてサービス提供に支障が生ずること のないよう、十分配慮すべきことは言うまでもない。 エ.サービス内容と質 ・ 介護サービスを提供する機関は、そのサービス体制や施設設備などについて、 組織の内容と外部の双方から、定期的にテェックを受ける必要がある。特に、 自らが提供するサービス内容についての自主的な評価とともに、第三者的な機 関による客観的な評価の活用が望まれる。 (2)サービスの利用システム ア.サービスの利用形態 (契約方式の原則) ・ 高齢者に対する介護サービスは、その特製からみて、高齢者自らの選択に基 づいて提供される必要がある。このため、介護サービスの提供は、高齢者とサ ービス提供機関の間の契約によることが適当である。 ・ このような契約によるサービス利用については、利用者保護の観点から、サ ービス提供機関から利用者への適切かつ分かりやすい情報の提供、高齢者や家 族に対する専門的な立場からの支援体制の整備、ニーズの発見とそれをサービ スに結びつける仕組み、利用者から申し込みがあった場合の速やかなサービス の提供開始が求められる。 (緊急的な保護措置) ・ また、家族による介護放棄や虐待、本人の利用拒絶などのケースにおいて、 本人の福祉のためにサービス利用の必要性が明確な場合には、契約帆牛久を補 充するものとして、行政機関の責任による緊急入所などが考えられるべきであ る。 イ.ケアマネジメント (ケアマネジメントの機能) ・ 新たな介護システムにおいては、高齢者や家族を専門的な観点から支援する 仕組みである「ケアマネジメント」が、次のような機能を果たすことが期待さ れる。 1. サービス利用に際して、高齢者や家族の相談に応じ専門的な立場から助 言すること 2. 介護の必要な高齢者や家族のニーズを把握し、そのニーズや介護の必要 度に応じ、関係者が一緒になってケアの基本方針とケア内容を定めたケア プランを作成すること 3. そのケアプランを踏まえ、実際のサービス利用に結びつけること 4. 高齢者のニーズやサービス提供状況を把握しながら、適切なサービス利 用を継続的に確保すること (ケアマネジメント体制のあり方) ・ このようなケアケアマネジメントは、介護に関し専門的知識と経験を有する 保健、医療、福祉関係者をメンバーとする「ケアチーム」によって進められる ことが適切である。その場合、高齢者の心身の状態についての医師の専門的な 判断は十分尊重される必要がある。 高齢者に対し総合的かつ継続的なサービスを提供する観点からみて、このよ うに関係者が一体となって、高齢者介護に取り組むことの意義は大きい。 (ア) ケアマネジメントにおいては、地域のサービス提供機関と十分な連携を 確保することが求められる、したがって、ケアマネジメントを担当する機関 (ケアマネジメント機関)は、地域に開かれたものであることが望まれる。 また、利用者が複数のケアマネジメント機関の中から選択できるようなもの であることが適当である。 (イ) また、ケアマネジメント機関は、サービスの即応性や「ケアチーム」の 設定、効率的な体制という観点から、ヘルパーステーションや訪問看護ステ ーション、デイサービス・デイケアなどのサービス供給機能を併せ持つこと も重要である。 (ウ) ケアマネジメント体制のあり方は、地域によって異なってくる。各地域 において、その特性や実情を踏まえた上で、最も適切な体制を確立すること が可能となるような柔軟性のある取組みが重要である。 2.介護費用の保障 (1)社会保険方式の意義 ・ 介護に要する費用は、現在でもかなりの規模に達しているが、今後介護を必 要とする高齢者の増加や介護サービスの整備のため、さらに増大することが見 込まれる。このため、介護費用を将来にわたって安定的に確保し、高齢者や家 族の適切なサービス利用を保障していく必要がある。 ・ そのための方策としては、租税を基礎とした公費方式、現行の医療保険制度 や老人保健制度などを活用した方式、新たな独立した社会保険方式など多様な 考え方探り得るが、第2章で述べたように、介護サービスの利用と費用負担と いう両面で、次けたシステムが最も適切であると考えられる。 なお、社会保険方式をとった場合においても、介護サービス保障についての 公的責任や高齢者介護に関わる現行施策との関連等からも、制度上一定の公費 (国、都道府県、市町村)の組み入れが検討される必要がある。 ア.介護サービス利用の面 (高齢者による選択) ・ まず、サービス利用の面でみると、社会保険方式は、高齢者自身によるサー ビスの選択に資するものであると言える。 公費(措置)方式の場合は、行政処分として、ニーズや所得等の審査に基づ き行政機関がサービス利用を決定する。これに対し、社会保険方式では、サー ビス利用は利用者とサービス提供機関の間の契約に基盤が置かれるため、高齢 者の選択という観点からみてよりふさわしいシステムであると言える。 ・ なお、サービス利用を当事者間の契約に委ねる結果、弱い立場にある利用者 側が不利益に扱われるケースも生ずるのではないかとの不安もある。こうした 懸念を解消するため、サービスの利用手続等について公的なルールづくり援体 制の充実や緊急的 (サービス受給の権利性) ・ また、社会保険方式は、措置制度と比べると、保険料負担の見返りとしてサ ービス受給が位置づけられているため、利用者の権利的正確が強く、利用にあ たっての心理的な抵抗が少ない。このため、マクロ的には、ニーズに応じてサ ービス供給を拡大させる方向に機能していくことが期待される。 一方、こうした権利的な正確は、保険給付に関して保険者の裁量の余地が少 ないこと等から、過剰・不当利用(モラルハザード)を招くことも懸念される ので、専門家による適切な関与や制度の適正な運営が重要となる。 イ.費用負担の面 (保険料負担とサービスの対応関係) ・ 租税財源の配分という形になる公費方式に比べ、社会保険方式では、保険料 の使途が介護費用に限定されているため、保険料負担とサービス受益の権利の 対応関係が明確である。このため、介護サービスの拡充に伴う負担の増加につ いても、保険料という形をとっていることにより、国民の理解を得とことにつ ながりやすいと考えられる。 ・ なお、現行制度の下でも介護に要する費用のかなりの部分が医療保険料で賄 われている事実を踏まえると、介護サービスとして一元化された上での保険料 の負担は、必ずしもすべてが新たな追加的負担ではないということにも留意す る必要がある。 (利用者負担のあり方) ・ 利用者負担の面については、公費方式では現行の措置制度にみられるように 所得に応じた負担(応能負担型の費用徴収システム)であるのに対し、社会保 険方式では受益に見合っ他負担(応益負担)となる。高齢者は自らの意思に基 づき多様なサービスを選択することとなるので、応益負担の観点から、その利 用したサービスの費用の一定率又は一定額を負担することが適当と考えられる。 ・ 応益負担とすることにより、サービスの利用者および提供者の両者がサービ スの内容により一層関心を払うようになることが期待される。 さらに、年金の成熟に伴い高齢者に所得水準が向上していく状況からみて、 中間所得層にとって過重な負担になるおそれがある応能負担よりは、サービス の受益に応じた応益負担を基本とすることが適当である。 また、利用者負担を応益負担に統一することによって、現在のように施設や サービスの種別によって負担が異なるという、制度間の不整合の問題が解消さ れることの意義は大きい。 ・ なお、応益負担の場合には、低所得者に対して配慮する必要があることは言 うまでもない。この場合、公平の観点から、減免した利用者負担相当額につい てはいったん市町村が肩代わりし、本人の遺産に対して優先的にその支払を求 めることができることとする、といった仕組みについても検討されるべきであ ろう。また、利用料の徴収については、その確実性、利用者の利便等も考慮し、 年金給付からの徴収等の方法についても検討する必要がある。 (2)社会保険に関する主な論点 ・ 社会保険方式を検討する場合の主な論点としては、1.保険者、2.被保険者・ 受給者、3.費用負担、4.保険給付、5.利用料のあり方があげられる。 これらの論点は、新介護システムにおける重要事項であるので、前途したよ うな基本的な考え方に沿って、総合的な検討を進めていくことが求められる。 ア.保険者 ・ どのような主体を保険者とするかは、新介護システムとしての社会保険の全 体像にも関わる。介護サービスの地域性等を考慮すると、市町村を保険者とす る「地域保険」としての構成が考えられるが、一方、保険財政の安定性等の観 点からは、より規模の大きな主体が保険者となることも考えられる。 ・ 仮に市町村を保険者にした場合には、財政基盤や事務処理体制に問題を有す る小規模な市町村が多くみられること、広域的な保健・医療・福祉の圏域との 整合性といった観点から、広域的な調整や事務体制などの面にも配慮する必要 がある。 ・ また、1.市町村は、住民の身近な地方公共団体として、介護サービスに関す る面を主に担い、2.都道府県は、広域的な見地からの支援と調整を、3.国は、 制度の設計・運営の観点から基本的な枠組みづくり等を行う、というように機 能分担をして保険運営を行う仕組みとすることも考えられる。 ・ こうしたシステムが実現されすと、平成2年の老人福祉法等の改正以来進め られてきた市町村を中心とする老人保健福祉行政の流れに、より明確な財源的 な裏打ちがなされ、その一層の推進が図られることになるものとおもわれる。 イ.被保険者・受給者 ・ 費用の負担と給付の関係が明確な社会保険方式では、誰が保険料を負担する 被保険者や保険給付の受給者となるのか、システム全体の費用負担の姿がどう なるかが重要な問題となるが、これらについても今後の具体的な検討が求めら れる。 介護のリスクが高まる65歳以上の高齢者を被保険者かつ受給者とすることが 基本と考えられるが、現役世代についても、世代間連帯や将来における受給者 になるための資格取得要件として、被保険者として位置付けることも考えてい る。 ・ なお、高齢者以外の障害者については、障害者基本法の趣旨に沿って、障害 の態様に応じた、教育、授産、就労、更生援助、住宅などの総合的な障害者施 策を計画的に推進し、適切に対応していくことが望まれるところであるが、そ の中で介護サービスを取り出して社会保険の対象にすることが適当かどうか、 慎重な検討が必要である。 ウ.費用負担 ・ 社会保険における費用負担については、国民全てが公平に高齢者介護費用を 負担し合うという観点から、次のような点に留意し十分な検討を行う必要があ る。 1. 高齢者自身の生活を支える費用として、年金給付の意義をどのように考 えるべきか。年金給付から、その一部を高齢者の保険料として支払うこと を検討すべきではないか。 2. 現行制度の下で介護に要する費用の一部を負担している医療保険の保険 者、「世代間連帯」を基本に高齢者に年金給付を行っている年金保険者に ついて、どのような役割を期待するか。 3. 公費(国、都道府県、市町村)による負担については、 (ア)現行の高齢者福祉制度や医療保険制度(老人保健制度)においても、 高率の公費負担が組み込まれていること、 (イ)公的主体は各々の立場から国民の介護サービス保障について責任と役 割を有しており、新介護システムは社会連帯を基本とした国民の相互扶 助システムであると同時に、介護サービス保障に対する公的主体の責任 の具現化でもあること、 等を考え合わせれば、保健料等と並んで、公費負担を制度的に組み込むことを 基本に考えるべきである。 エ.保健給付 ・ サービス利用希望者が適切なサービスを受けられるようにするためには、要 介護状態の判定やケアマネジメントが適切に行われる必要がある。この給付プ ロセスについては今後さらに具体的な検討を進める必要がある、この場合、リ ハビリテーションの重要性を考えると、様々なサービスの利用に先立って、あ るいはサービス利用と並行して、リハビリテーションの受療が適切に行われる よう十分配慮する必要がある。 また、要介護状態の判定に際しては、高齢者の心身の状態を客観的に評価 (アセスメント)することが求められるが、このような判定は、利用者の身近 で専門的な観点から行われるとともに、ケアプランの策定にも結びつくような ものであることが望ましい。なお、判定基準については、外国における事例な ど各種の方法があるが、わが国の事情を踏まえ、専門的な観点からそのあり方 を検討していくことが望まれる。 ・ 保健給付は、利用者の利便等からみて、事後的な償還払いによる方式ではな く、サービスそのもが提供され、利用者は利用料のみを支払う仕組みを基本と することが考えられる。しかし、緊急時における利用など一定の場合にサービ ス利用にかかった費用を事後的に償還する途も残すことが適当である。 また、それぞれのサービスに対する保健給付の額は、基本的には高齢者の要 介護度と受けたサービス内容に応じて、段階別に設定することが考えられる。 オ.利用料 ・ 利用者は、サービスを選択して受ける人と受けない人との公平、コスト意識 の喚起、サービスの質の向上、施設入所と在宅の負担の公平等の観点から、受 けたサービスの内容に応じて一定率又は定額の利用料の支払いを行うことが適 当である。その水準等については、次のような点に留意して検討する必要があ る。 (ア)選択されたサービスの提供に必要とされるコスト (イ)施設入所者については、在宅サービス利用者であれば自ら負担している 食費や光熱費など日常的な生活費にあたる部分の位置付け (ウ)在宅サービス利用者については、利用するサービスの種類と利用量、日 常生活費を踏まえた公平な負担 (エ)高齢者自身の生活を支える年金給付の現在および将来の水準 (オ)低所得者に対する適切な配慮 お わ り に 高齢者介護をめぐる問題は、我が国のみならず、高齢化の進む欧米諸国においても 重要な制作課題となっており、最近ではスウェーデンのエーデル改革やイギリスのコ ミュニティ・ケア改革、ドイツにおける公的介護保健制度の創設など、各国において も高齢社会を展望した様々な改革が進められている。 本報告書が提言した新介護システムは、社会連帯を基礎とした高齢者の自立支援と いう点で、そうした大きな流れと基本的に同じ方向を目ざすものであると言うことが できる。高齢者が自らの知識と経験を活かして社会に積極的に参加し、たとえ介護が 必要となっても、できる限り自立し、自分の生活を楽しむことができるような長寿社 会の実現は、世界に共通する願いである。 新介護システムは、社会保健方式を導入することにより、高齢者自身がサービスを 選択するシステムを確立し、広範なサービス利用を図るとともに、ケアマネジメント の導入等により、在宅及び施設サービスの質的な向上を目指すものである。最近の各 方面においても、公的介護保健に対する関心が高まっていることがうかがえる。 また、こうしたシステムが円滑に機能するためには、それを支えるだけの介護サー ビスが量的に整備されていることが必要であることは言うまでもない。このため、新 介護システムの創設へ向けての検討と併せて、高齢者介護サービス基盤の一層の整備 促進に取り組むことが強く望まれる。 新介護システムの創設は、既存制度の再編成を通じて、制度分立に伴う不整合や弊 害を是正し、我が国社会保障制度全体の機能強化と効率化を推進するようなものでな ければならない。なかでも、これまで介護費用の大きな部分を担ってきた医療保険制 度や老人保健制度について、本格的な高齢社会における役割と在り方についての新た な途を開くものであることが期待される。 この報告書を契機に、新介護システムの創設へ向けて本格的な検討が開始されるこ とを切に望むものである。 高齢者介護・自立支援システム研究会の開催経過 第1回 7月1日 ・高齢者介護をめぐる現状について 第2回 7月13日 ・老人保健福祉サービスの現状について ・諸外国の高齢者保健福祉システムについて 第3回 7月25日 ・地域における先駆的な取組について ・これからの介護サービス体系のあり方について 第4回 8月1日 ・現状制度の機能と限界について ・費用保障制度のあり方について 第5回 8月23日 ・基本理念及びこれまでの議論の整理について ・サービス利用の基本的仕組み等について 第6回 9月21日 ・高齢者の住宅問題、マンパワー問題について (建設省住宅局住宅政策課、厚生省老人保健福祉局老人福祉振興課、社会・ 援護局施設人材課からヒアリング) ・要介護認定基準について 第7回 10月6日 ・ドイツの介護保険制度について マイデル教授(マックス・プランク海外/国際社会研究所長) ・アメリカの介護制度について バトラー博士(マウントサイナイ医科大学老年学部長兼教授、国際長寿社 会米国リーダーシップセンター理事長) ・ストーン博士(米国厚生省次官補代理、大統領医療改革タスクフォース長期 介護部会長) 第8回 10月17日 ・家族からみた高齢者の介護と扶養義務、介護と相続の問題等について (名古屋大学法学部 水野教授からヒアリング) ・介護システムと費用負担について 第9回 11月4日 ・研究会報告書の項目立ての検討について 第10回11月14日 ・研究会報告書スケルトン(案)について 第11回 11月25日 ・研究会報告書(案)について 第12回 12月5日 ・研究会報告書(案)について 高齢者介護・自立支援システム研究会委員名簿 (座長) 大森 彌 東京大学教養学部教授 (座長代理) 山口 昇 公立みつぎ総合病院長 岡本祐三 阪南中央病院内科医長 京極高宣 日本社会事業大学教授 清家 篤 慶応義塾大学商学部教授 橋本康子 東京弘済園弘済ケアセンター所長 樋口恵子 東京家政大学教授 宮島 洋 東京大学経済学部教授 山崎摩耶 帝京平成短期大学助教授 新たな高齢者介護システムの構築を目指して(ポイント) 〈高齢者介護・自立支援システム研究会報告〉 ┏━━━━━━━━━《新介護システムの基本的な考え方》━━━━━━━━━━┓ ┃ ┃ ┃ 1.「高齢者の自立支援」を基本理念に既存制度を再編成し、新介護システ ┃ ┃ ムを創設。 ┃ ┃ 2.新介護システムの主なポイントは、1.高齢者自身による選択、2.介護サ ┃ ┃ ービスの一元化、3.ケアマネジメントの確立、4.社会保険方式の導入の ┃ ┃ 4点。 ┃ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 1.高齢者介護の基本理念 ・ 長寿比に伴い、高齢者介護は「最期を看取る介護」から、高齢者の「生活を支 える介護」へと変化。こうした状況を踏まえ、今後の高齢者介護は、「高齢者が 自らの意思に基づき、自立した質の高い生活を送ることができるように支援する こと(高齢者の自立支援)」を基本理念とすべき。 2.既存制度の再編成 ・ 高齢者介護については、これまで福祉、医療などの制度が個別に対応してきた が、様々な問題点が生じている。このため、介護に関連する制度を再編成し、 「新介護システム」を創設することが適当。 《現行制度における問題点》 1.福祉(措置)〜利用者がサービスを選択出来ない。利用にあたって心理的な抵 抗感。 2.医療〜介護の相当部分をカバーしているが、ケアのあり方や生活面の配慮で限 界。 3.年金〜年金が介護への不安から貯蓄に回り、有効に活用されていないという指 摘。 4.制度間の不整合〜同じ様な高齢者が、特養、老健施設、病院といった機能や利 用者負担が異なる施設に入所。また、各サービスが縦割で、相互の連携が十分 でない。 3.新介護システムの基本的な考え方 (1) 予防とリハビリテーションの重視 ・ 高齢者の自立支援のためには、まず予防を重視し、寝たきり防止に努めるこ とが重要。また、介護が必要となった時に、適切なリハビリテーションを提供 する体制整備が必要。 (2) 主なポイント ・ 新介護システムの主なポイントは、1.高齢者自身による選択、2.介護サービ スの一元化、3.ケアマネジメントの確立、4.社会保険方式の導入の4点。 こうした考え方は、ドイツの公的介護保険創設などの欧米諸国の動向と同一 方向。新介護システムの創設によって、我が国社会保障制度全体の機能強化と 効率化が推進。 ┌──────────────┐ │ I.高齢者自身による選択 │ └──────────────┘ 1.基本的な考え方 ・ 高齢者が自らの意思に基づいて、利用するサービスを選択し、決定することが 基本。このため、介護サービスの提供は、高齢者とサービス提供機関の間の契約 方式によることを原則とすべき。 ただし、介護放棄や虐待など高齢者の自己決定が馴染まないケースには、契約 方式を補完するものとして、行政機関が緊急的に保護する仕組が必要。 2.介護サービスに求められること ・ 高齢者の選択の実効性を確保する観点から、次の点が求められる。 (1)サービスの普遍性=所得の多寡や家族形態に関わりなく、サービスを必要と する全ての高齢者が利用できること。 (2)サービスの公平性=サービスを受ける場所(施設)や内容によって利用者負 担等に不合理な格差がないこと。 (3)サービスの妥当性=サービスの内容や質が社会的に妥当であり、かつ、それ が適切に評価されること。 (4)サービスの専門性=利用者側へ適切かつ分かりやすい情報が提供されるとと も に、専門家が利用者を支援する体制が整備されている こと 3.在宅ケアの推進 (1)在宅サービスの整備 ・ 多くの高齢者は、できる限り住み慣れた家庭や地域で生活を送ることを願っ ており、高齢者が無理なく在宅ケアを選択できるようにすることが重要。ただ し、家族介護に過度に依存し、家族が過重な負担を負うようなことがあっては ならない。 ・ したがって、在宅サービスを大幅に拡充し、次のような方向を目指すことが 重要。 1. 高齢者が必要なサービスを、必要な日に、必要な時間帯に受けられる体制。 2. 一人暮らしや高齢者のみの世帯も、可能な限り在宅生活が続けられるよう に支援 3. 重度の障害を持つ高齢者や一人暮らしの要介護高齢者は、24時間対応を基 本 (2)家族介護に対する評価 ・ 家族による介護に対しては、外部サービス利用との公平性等を考慮し、現金支 給を検討すべき。ただし、適切な介護の確保という問題や家族介護の固定化の懸 念もあるため、慎重な検討が必要。例えば、家族への介護研修や専門家によるバッ クアップ、必要に応じ外部サービスへの切り換えが可能であることを現金支給の 条件とすべき。 ┌──────────────┐ │ II.介護サービスの一元化 │ └──────────────┘ ・ これまで各制度にまたがってきた介護サービスを、新介護システムの下で一元 化。 (1) 在宅サービス ・ 保険・医療・福祉の各サービスが総合的に提供される体系を確立。また、各サ ービスが適切に組み合わされ、「サービス・パッケージ」として提供されること を目指す。 (2) 施設サービス ・ 特養、老健施設、療養型病床群、老人病院(入院医療管理病院)については、 機能を強化する一方、利用者負担等の格差を解消。これらの施設は将来的には一 元化の方向を目指すことが望まれる。ただし、多様性を認めるとともに、段階的 な移行措置が必要。 ┌───────────────┐ │ III.ケアマネジメントの確立 │ └───────────────┘ 1. ケアマネジメントの意義 ・(ア)高齢者がサービスに関して十分な知識を持っておらず、また、(イ)サー ビス提供機関も相互の連携が十分でない場合が見られる。ケアマネジメントは、 こうした問題点を克服するため、ケア担当者が高齢者や家族を支援し、適切なサ ービスに結びつける仕組み。 ・ ケアマネジメントは、次のような機能を果たすことが期待される。 1. 高齢者や家族の相談に応じ、専門的な立場から助言すること。 2. 高齢者のニーズを把握し、ケアプラン(ケアの基本方針とケア内容)を作成 すること 3. ケアプランを踏まえ、実際のサービス利用に結びつけること 4. 適切なサービス利用を継続的に確保すること 2. ケアマネジマント体制のあり方 (1)ケアチーム ・ ケアマネジメントは、保健、医療、福祉のケア担当等をメンバーとする「ケ アチーム」によって進められることが適切。ケアチームは、高齢者の状況に応 じ、ケア担当者が随時参加できる柔軟性が重要。また、高齢者の心身の状態に 関する医師の専門的な判断は十分尊重されることが必要。 (2)ケアマネジメント機関 ・ ケアマネジメント機関は、利用者が複数の中から選択できることが適当。ま た、地域のサービス提供機関と十分に連携するとともに、自らもサービス供給 機能を持つことが適切。各地域において、実情に応じたケアマネジメント体制 の確立が望まれる。 ┌─────────────┐ │ IV.社会保険方式の導入 │ └─────────────┘ 1.社会保険方式の意義 (1)介護リスクへの対応 ・ 長寿化に伴い、介護の問題は国民誰にでも起こりうる普遍的なリスクとなっ ている。しかも、介護の機関や費用の予測は難しいため、各人の自助努力で備 えることは困難。 このため、社会全体で介護リスクを支え合う観点から、社会連帯を基礎とし た「社会保険方式」によって対応すろことが最も適切。 (2)国民全体にとっての意義 ・ 社会保険方式の導入は、国民全体にとって有意義。 1. 高齢者〜介護リスク社会全体で支え合う。 2. 現役世代〜老親介護に対する不安の解消、将来の高齢期には自らも受益。 3. 企業〜従業員福祉の向上。家族介護による従業員の離職等が防げる。 ・ こうしたシステムを制度化し、運営することは、本格的な高齢社会において 公的責任を新たな形で具現化するもの。 (3)公費(措置)方式との比較 ・ 社会保険方式は、公費(措置)方式に比べ、様々な点でメリット。 1. 高齢者によるサービス選択に資すること 2. サービス受給の権利的性格が強いこと 3. ニーズに応じてサービス供給を拡大させる機能があること 4. 負担と受益の対応関係が明確で、国民の理解につながりやすいこと (4)私的保険の役割 ・ 私的保険は、社会保険を補完する役割が期待される。社会保険の導入により 事務体制が整備され、私的保険の事業展開のための基盤づくりが進むことが期 待。 2.社会保険の主な論点 (1)保険者 ・ 1.市町村とする考え方、2.より規模の大きな主体とする考え方、3.各主体が 機能分担する考え方がある。さらに、医療保険や年金保険の保険者の役割の検 討も必要。いずれにせよ、各主体が重層的に支えていくことが期待される。 (2)被保険者・受給者 ・ 65歳以上の高齢者を被保険者・受給者とするのが基本。現役世代も、世代間 連帯等の観点から被保険者に位置づけることを検討。 高齢者以外の障害者については、総合的な施策の推進が望まれるが、介護サ ービスのみを取り出して社会保険とすることは慎重な検討が必要。 (3)費用負担 ・ 国民全ての公平な負担が重要。1.高齢者に対する年金給付の意義、2.医療保 険や年金保険の保険者の役割、3.公費の組み入れ、を検討することが必要。 (4)保険給付、利用料 ・ 要介護判定やケアマネジメントの適切な実施が必要。現物支給を基本に、償 還払いも認めることが適当。利用料は、一定率または一定額の応益負担が考え られる。 【参考資料】