3 [解説]医薬品の適正使用のために
 肝動脈塞栓療法とショック等について
 
 現在、肝動脈塞栓療法(TAE;transcatheter arterial embolization)での使用に
ついて承認を受けている医薬品は、ジノスタチンスチマラマーのみである。本品は平
成5年10月に承認され、添付の懸濁用剤(ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル)
に懸濁して用いられる。
 ジノスタチンスチマラマーとその懸濁用剤については、既にショックや消化器、肝
臓、血液、泌尿器、呼吸器、精神神経系等の副作用が知られ、添付文書の使用上の注
意に記載がなされている。最近これらに加え、黄疸、肝不全、肝膿瘍、間質性肺炎、
急性腎不全等の重篤な副作用症例が報告されたことから、平成7年8月31日付で使
用上の注意の改訂を指示した。
 なお、本品による肝動脈塞栓療法で副作用が疑われ報告された症例は、平成7年度
内で31症例となっており、本品の施行にあたっては十分な注意が必要である。
 
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
| 成分名             | 該当商品名            |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|(抗癌剤)            |                  |
|ジノスタチンスチマラマー     |スマンクス動注用(山之内製薬)   |
|(懸濁用剤)           |                  |
|ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル|スマンクス動注用懸濁用液(山之内  |
|                 |               製薬)|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用:黄疸、肝不全、肝膿瘍、(アナフィラキシー様)ショック 等    |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
(1)ジノスタチンスチマラマーの肝動脈塞栓療法による副作用について
 本品の肝動脈塞栓療法により、黄疸、肝不全、肝膿瘍等の肝機能障害、アナフィラ
キシー様ショック等を起こしたとする症例が報告されている。肝機能障害については
原疾患である肝細胞癌の自然経過と推定される症例もあるが、薬剤との因果関係も否
定できない症例(アナフィラキシー様ショック等)がある。一方、本療法の懸濁用剤
として用いているヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルは、リンパ系撮影や子宮卵管
撮影の造影剤としても用いられている。なお、このヨード化ケシ油脂肪酸エチルエス
テルはショックを起こすことが知られており、肝動脈塞栓療法に使用した場合でもシ
ョックを起こす可能性がある。
 平成7年度に報告されたジノスタチンスチマラマーを使用した肝動脈塞栓療法によ
る副作用症例は全体で31例(原疾患の経過によると思われる症例を含む)あり、黄疸、
肝不全、肝膿瘍等の肝機能障害の症例が11例、血圧低下を含むショック、アナフィラ
キシー様症状等の症例が8例(うち、ゼラチンスポンジ使用症例は4例)となってい
る。
 報告された症例の一部を紹介する(表1)。
 なお、塞栓物質として用いられたゼラチンスポンジには、肝動脈塞栓療法の適応は
ない((2)参照)。
 
表1−1 症例の概要
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.1                             企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性          男                      |
|   年齢         48                     |
|   使用理由(合併症)  肝細胞癌(慢性C型肝炎、肝硬変)       |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|投与量:ジノスタチンスチマラマー 4mg                 |
|    ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル 4ml            |
|    吸収性ゼラチンスポンジ使用                    |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過及び処置                           |
|36歳時に急性肝炎、同年C型肝炎と診断される。10年後、9月に径5cm大の|
|腫瘍が確認され、12月にTAE(塩酸エピルビシン、ヨード化ケシ油脂肪酸エチ|
|ルエステル、吸収性ゼラチンスポンジ)を施行、以後外来にてフォローしていた。|
|翌年7月にAFP上昇のため再入院、再度TAE(ジノスタチンスチマラマー、ヨ|
|ード化ケシ油脂肪酸エチルエステル、吸収性ゼラチンスポンジ)を施行、同月退 |
|院。翌年1月、腹部膨満感、腹痛、呼吸困難が発現し緊急入院した。CTにて腹水|
|(+)を確認。血管造影を施行し肝動脈と門脈の短絡を確認するとともに門脈のS|
|7、8腫瘍塞栓が疑われた。同日再度TAE(前回同様)を施行した後、右肝全体に|
|びまん性のリピオドールの集積を確認した。                 |
|4日後、腫瘍塞栓に対し右肝門脈部に放射線治療(リニアック)を開始(11日 |
|間、合計14.4Gy照射)。                       |
|3日後、総ビリルビンの上昇を認めた。                   |
|6日後、ビリルビンの吸着を施行、総ビリルビン値は若干改善した。翌日、再び総|
|ビリルビン値が上昇した。                         |
|2日後、尿量減少、フロセミドを投与するが反応しなかった。翌日、死亡。   |
|(死因:急性肝不全)                           |
|                                     |
|臨床検査値                                |
|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|
|検査項目   投与  7  11  14     17日後      18  20 |
|       前   日  日  日  −−−−−−−−−−− 日  日 |
|       (当日) 後  後  後  ビリルビン ビリルビン 後  後 |
|                    吸着施行前 吸着施行後      |
|−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−|
|総ビリルビ   2.5  6.8 18.3 30.5   33.5    22.2  29.1 38.3 |
|ン(mg/dl)                                |
|直接ビリル   1.2  3.8 11.1 20.5   24.3    12.8  −  26.9 |
|ビン(mg/dl)                               |
|GOT(IU/l)   133  150  146 168    −     −   −   711 |
|GPT(IU/l)   46   45  31  28    −     −   −   150 |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:なし                               |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
(2)適応のない医薬品による肝動脈塞栓療法で、有害な反応が起きたことが疑われ
 る症例について
 ジノスタチンスチマラマー以外の下記の医薬品(表2)を用いて肝動脈塞栓療法を
試み、有害な反応が起こったとする症例が報告されている。〔これらの抗癌剤の中に
は、動脈内投与の適応を有する医薬品もあるが、溶剤かつ塞栓物質として使用される
ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル(リピオドール)や、塞栓物質のゼラチンには
動脈内投与の適応がない。〕
 報告された症例の一部を紹介する(表3)。
 
表1−2 症例の概要
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.2                             企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性          男                      |
|   年齢         54                     |
|   使用理由(合併症)  肝細胞癌(肝硬変)              |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|投与量:ジノスタチンスチマラマー 2.5mg               |
|    ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル 2.5ml          |
|    吸収性ゼラチンスポンジ使用                    |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過及び処置                           |
|52歳時より肝硬変、肝細胞癌の治療を行っており、TAE(塩酸ドキソルビシ |
|ン、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル)を4回施行。これまでに本治療法に伴|
|う副作用は肝機能障害、嘔吐、発熱等であった。               |
|翌年、5回目のTAEでジノスタチンスチマラマーを併用した。副作用は前回と同|
|様であった。                               |
|翌年、腹腔動脈、上腸間膜動脈に血管造影のためにイオメプロールを注入後、6回|
|目のTAE(吸収性ゼラチンスポンジ使用)を右下横隔動脈に施行し、この後、肝|
|動脈造影を行い、ジノスタチンスチマラマーを注入したが4分後に嘔吐、血圧低下|
|(65/30mmHg)が発現した。ショックと判断し直ちに処置を行い、血圧は|
|75〜77mmHgまで回復。その後、コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウムを5|
|00mg静注したが改善せず、このため、更に塩酸ドパミンを1μg/kg/分で|
|投与し120/80mmHgまで回復した。                 |
|ショック発現後約3時間、塩酸ドパミンを中止すると血圧は100mmHgを切る|
|ような状態であった。その後、塩酸ドパミンを3〜4μg/kg/分で投与し、2|
|4時間投与後に血圧は改善した。                      |
|特に重篤な肝機能障害はみられなかった。(プリックテスト結果:ジノスタチンス|
|チマラマー 陰性)                            |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:塩酸ドキソルビシン、イオメプロール                |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
(3)安全対策
 ジノスタチンスチマラマーと懸濁用剤(ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル)に
ついては、平成7年8月31日付で使用上の注意改訂を指示しているが、より一層の注
意喚起をするために再度改訂内容を紹介する。
 
<<使用上の注意(下線部追加改訂部分)>>
<ジノスタチンスチマラマー、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル(懸濁用剤)>
 
表2 肝動脈塞栓療法に用いられる医薬品
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
| 成分名             | 該当商品名            |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|(抗癌剤)            |                  |
|マイトマイシンC         |マイトマイシンS注(協和発酵)   |
|フルオロウラシル         |5−FU注(協和発酵)他      |
|塩酸ドキソルビシン(動注:なし) |アドリアシン注(協和発酵)     |
|シスプラチン(動注:なし)   等|ブリプラチン注(ブリストル・マイヤー|
|                 |  ズスクイブ)他        等|
|(塞栓物質)           |                  |
|ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル|リピオドールウルトラフルイド    |
|  (動注:なし)        |  (マリオン・メレル・ダウ)   |
|ゼラチン(動注:なし)     等|スポンゼル(山之内製薬)他    等|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
表3 症例の概要
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|No.1                             企業報告|
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|患者 性          男                      |
|   年齢         69                     |
|   使用理由(合併症)  肝細胞癌(肝硬変)              |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|投与量:マイトマイシンC 20mg                    |
|    塩酸エピルビシン 40mg                    |
|    ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル 7ml            |
|    ゼラチン使用                           |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|副作用−経過及び処置                           |
|69歳時、肝細胞癌に対して、TAE(マイトマイシンC、塩酸エピルビシン、ヨ|
|ード化ケシ油脂肪酸エチルエステル、ゼラチン)を施行した。翌日、悪心、嘔吐、|
|腹痛、発熱が出現したためにメトクロプラミド、ペンタゾシン等により対症療法を|
|行った。2日後、腹痛は改善傾向を示すが、発熱は持続したためにジクロフェナク|
|ナトリウム坐剤を投与した。6日後、軽度の腹痛と発熱は持続。同日、上部消化管|
|内視鏡により、出血性びらん性胃炎が確認されたため、シメチジンを6日間投与し|
|た。10日後、吐血したために内視鏡検査を行い、出血性十二指腸潰瘍を認めた。|
|保存的治療を開始した。11日後、内視鏡にて十二指腸潰瘍、びらん性胃炎の治癒|
|を確認した。                               |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
|併用薬:ジクロフェナクナトリウム                     |
+−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 
一般的注意
 肝不全、肝膿瘍、間質性肺炎、急性腎不全等の重篤な副作用があらわれることがあ
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 るので、頻回に臨床検査(肝機能・腎機能等)を行うなど、患者の状態を十分に観
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 察し、異常が認められた場合には、適切な処置を行うこと。
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 標的とする部位以外への流入により、重篤な胃・十二指腸潰瘍や脳梗塞、肺梗塞、
 肺塞栓等が起こることがあるので、投与に際しては以下の点に注意すること。
 〜〜〜
 
副作用
(1)重大な副作用
  肝不全:肝不全があらわれることがあるので、観察を十分に行い、黄疸、腹水等
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  があらわれた場合には適切な処置を行うこと。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  肝膿瘍:肝膿瘍があらわれることがあるので、発熱の遷延、腹痛、右季肋部痛等
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  が認められた場合には、速やかに腹部超音波検査等を実施し、適切な処置を行う
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  こと。
  〜〜
  間質性肺炎:発熱、咳嗽、呼吸困難、胸部X線異常、好酸球増多等を伴う間質性
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  肺炎があらわれることがあるので、このような症状があらわれた場合には投与を
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  中止し、副腎皮質ホルモン剤の投与等の適切な処置を行うこと。
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  急性腎不全:急性腎不全等があらわれることがあるので、定期的に血清クレアチ
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  ニン、BUN等の検査を行うなど観察を十分に行い、異常が認められた場合には
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  適切な処置を行うこと。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(2)その他の副作用
  肝臓:黄疸、ビリルビンの上昇、GOT、GPT、Al−P、LDHの上昇、赤
     〜〜〜
  沈の亢進、総タンパク、アルブミンの低下、また、ときにICGR15の上昇、
  A/G、コレステロールの低下、ウロビリン尿、腹水があらわれることがある。