4.[解説] 塩化リゾチームとアナフィラキシー反応
 
 アナフィラキシーは1902年、イソギンチャクの毒素の極少量をイヌに注射する
実験中に発見された現象である。毒素に対する免疫(フィラキシー)を予想した実験
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で、予想に反する(アナ)反応を見た驚きがアナフィラキシーという病名に込められ
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ている。その後、毒素に対してだけではなく、本来毒とは無縁のウマ血清、ウシ血清
や卵白などの異種動物タンパクのみならず、低分子化合物製剤ですらアナフィラキシ
ーを起こしうることが判明してきている。
 医薬品にはウマ血清そのものである抗毒素製剤等の動物血清や卵白等に由来する製
剤があり、このため、これらの製剤による副作用としてアナフィラキシーが生じうる。
注意喚起が必要なこれら製剤には、すでに「使用上の注意」に記載が行われているが、
最近ではタンニン酸アルブミンについて本情報No.110(平成3年9月号)で紹
介されている。
 本稿では、卵白由来製剤の代表的製剤であるリゾチーム製剤によるアナフィラキシ
ー及びその類似反応について、最近の報告例や、現在の研究の状況について解説する。
 
1.報告例
 昭和63年(1988年)年以降、我が国及びアメリカで、鶏の卵白中のタンパク
である塩化リゾチームを主成分とする製剤(レフトーゼ(文献1〜3)、ランチーム
(文献4)、薬剤名不明の内服薬(文献5〜7)など)の経口摂取によって、あるい
は塩化リゾチーム含有製剤(リフラップ軟膏(文献8)、点眼薬(文献9)など)の
塗布や点眼によって、あるいはリゾチーム原末(文献10)の吸入によって、即時型
アレルギー反応が起こった症例が10例報告されている。
 年齢は、最低3ヵ月、最高50歳で、男女比は3対6。3歳以下のものが5例(文
献1〜3、6、8)もある。
 症状としては呼吸困難(気管支攣縮)、血管浮腫、全身性の蕁麻疹や紅潮などのア
ナフィラキシー様症状と、血圧低下や頻脈などの末梢循環不全症状が同時にあらわれ
ているもの(文献1、5、7〜9)、上記アナフィラキシー様症状のうちいくつかを
呈したもの(文献4)、全身性蕁麻疹のみのもの(文献3、8)、咽頭違和感、咳、
嘔吐などの非定形的症状群を呈したもの(文献2)、及び気管支攣縮による呼吸困難
のみのもの(文献10)などがあるが、いずれも後遺症なく回復している。
 10例のうち7例は卵アレルギーの明確な既往があった。また9例ではプリック法
又は皮内法で、当該薬物をアレルゲンとする皮膚反応が実施されており、結果はいず
れも陽性であった。また、特異的IgE抗体の検出に、主として卵白アルブミンをア
レルゲンとするradioallergosorbent test(RAST)が実施され、いずれも陽性で
あった。
 
2.発症機序
 卵由来物質の摂取あるいは接種後の即時型アレルギー反応のうち、最も恐れられた
のは、鶏卵中で培養したウイルスを材料とするワクチンによるものである。我が国で
も、卵アレルギー児へのインフルエンザワクチン接種後のアナフィラキシーショック
死亡例が、ワクチンの製法が刷新された昭和50年(1975年)以前には19例も
あったという(文献11)。リゾチームには注射用製剤はないが、死に至らないまで
も重大な即時型反応が起きている点が注目される。
 卵白のアレルゲンとして、卵白アルブミンovalbumin、オボムコイドovomucoid、コ
ンアルブミンconalbumin(ovotransferrin)、及びリゾチームlysozymeが知られている。
このうちリゾチームは、129のアミノ酸で構成され、分子量が14500と小さい
(文献2)。このため卵白のタンパクのなかでは最も抗原性が低いとされている(文
献12)が、抗原性の低さはリゾチームの卵白における含有量の少なさによる可能性
もある。リゾチーム製剤が注射によらず、すなわち、経口、経皮、経気道的に与えら
れて死亡には至らぬまでも、アナフィラキシーショックという激烈な症状・所見を起
こす前提となる感作は、大多数では食事で摂取された卵白成分に対して成立していた
と考えられる。a.上記各成分に対する特異的IgE抗体が、それぞれ作られていた
か、b.他の各成分に対する特異的IgE抗体とリゾチームとの交差反応によったか、
c.リゾチーム製剤中に他の成分が混在していたか、以上3点については確定はでき
ない。アナフィラキシーショックを起こした35歳の女性患者の血清と想定アレルゲ
ン(製剤溶液、塩化リゾチーム、卵白アルブミン)を結合させたペーパーディスクと
を反応させると高いRAST値が得られる系で、塩化リゾチームはそのRASTを阻
止したが、製剤中のトウモロコシデンプンは阻止しなかった(文献7)。リゾチーム
原末の吸入で気管支攣縮によると思われる呼吸困難を起こした26歳の男性患者の血
清と2.4mg/mlの塩化リゾチームを結合させたペーパーディスクとを反応させ
ると高いRAST値が得られる系で、塩化リゾチームはそのRASTを阻止したが、
同量の卵黄、卵白、卵白アルブミン、コンアルブミンなどは阻止しなかった(文献
10)。10倍量のコンアルブミンのみが同等の阻止を示した。
 以上の阻止試験の結果などからaの可能性が最も高い。
 なお、本稿と同趣旨ではないが、本情報No.105(平成2年11月号)では、
アナフィラキシー様症状が、臨床において続いて起こるべき事態に対して高い「警告
的意義」を有することも解説しているので併せて参考とされたい。
 
<参考文献>
1)大野秀子他:小児科臨床,41:1049(1988)
2)松平光平他:埼玉医会誌,25:408(1990)
3)山本真由美他:小児科,31:613(1990)
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5)Sugi,T., et al.:皮膚,30:25(1988)
6)中村弘典他:アレルギー,3:84(1989)
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9)相良博典他:アレルギー,39:248(1990)
10)Bernstein,J.A., et al.:Chest,103:532(1993)
11)高嶋宏哉:アレルギーの臨床,11:508(1991)
12)Kettelhut,B.V.,Metcalfe D.D.:Adverse reactions to foods. Allergy,3rd
  ed.,Vol.2(ed. by Middleton,E.Jr.,et al),The C.V.Mosby Co.,St.Louis,p1483
  (1988)
                (静岡大学保健管理センタ−教授・鈴木 修二)