5.[医療用具安全性情報] 骨セメントと血圧低下について
 
 骨セメントを用いた人工骨頭置換術等においては、術中、術後に血圧低下が起こる
可能性があることが知られている。この血圧低下については、骨セメントとの関連を
指摘する報告もあるが、そのメカニズムについては明らかではない。今回、ショック
に至った症例が報告されたので、その概要を紹介するとともに、術中の血圧モニター
の必要性等について注意を喚起することとした。
 
(1)症例の紹介
 大腿骨頚部骨折や関節リウマチなど、関節に障害が起こった場合、骨頭(骨の上端
部分)を切除して人工の骨頭におきかえる人工骨頭置換術や、関節全体を人工関節に
おきかえる人工関節置換術が行われる。その際、人工関節等のインプラント材を生体
骨内に固着するため、骨セメントとよばれるアクリルセメント様物質を生体骨内に注
入する。
 人工骨頭置換術等の施行中に軽度の血圧低下が発現することは、すでにいくつかの
報告があるが(文献1〜9)、ショックに至った症例が報告されたので表1にその概
要を紹介する。人工骨頭置換術施行中の血圧低下の発症原因としては、麻酔に起因す
るものであるという説もあるが、必ずしも明らかでなく、同術中に使用される骨セメ
ントとの関係も議論され、次のようないくつかの説が考えられている。
a.骨セメントの使用部位の周囲の血管中に脂肪塊が生じ、これが心臓や肺に運ばれ
  塞栓が生じるとする説(文献10〜12)
b.骨セメントが重合する際の発熱が刺激になるとする説
c.骨セメントの成分によるものであるとする説(文献13,14)
 
(2)安全対策
 骨セメントの注入に際しては、患者の血圧等の状態変化を注意深くモニタリングす
るとともに、ショックの発現時に救急処置のとれる準備をしておく必要がある。以上
の趣旨にそって使用上の注意の改訂を行い、注意を喚起することとした。
 
表1 症例の概要
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|No.1                      モニター報告、企業報告|
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|患者 性          女                      |
|   年齢         84                     |
|   使用理由       左大腿骨頚部骨折に伴う人工骨頭置換術     |
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|副作用−経過および処置                          |
|左大腿骨頚部骨折のため、人工骨頭置換術を施行。人工骨頭を患者の左大腿骨近位|
|部髄腔内に固定させるために当該製品を使用した。              |
|ジブカインにて腰椎麻酔を施行し、25分後に手術を開始した。その70分後に骨|
|セメントをセメントガンにて左大腿骨髄腔に注入したが、7分後に気分不快を訴え|
|血圧は99/62に下がった。さらに12分後には呼名反応が低下し、チアノーゼ|
|気味となった。血圧は35/21まで低下し、人工呼吸、心マッサージおよび昇圧|
|剤の投与を試み、一時回復したが、約3時間後に急性心不全により死亡した。  |
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<参考文献>
1)Hendon,J.H.,et al.:Bone joint Surg.,52-B:732(1970)
2)久米 守他:関節外科,3:215(1970)
3)Hyland,J.:Br.Med.J.,4:176(1971)
4)Phillips,H.,et al.:Br.Med.J.,3:460(1972)
5)西岡克郎他:麻酔,24:787(1975)
6)丸野博敏他:整形外科,35:1703(1984)
7)野口隆之他:麻酔,35:1727(1986)
8)浅野茂利他:九州リュウマチ,7:15(1987)
9)井上重洋他:関節外科,11:147(1992)
10)Bleed,A.L.:Clin.Orthop.,102:227(1972)
11)辻本三郎他:臨床麻酔,6:322(1982)
12)矢野寛一他:整形外科,37:185(1986)
13)Peebles,D.J.,et al.:Br.Med.J.,1:349(1972)
14)鳥巣岳彦他:整形と災害,22:312(1973)